運命は過去形がよく似合う

仮現運動

第1話

人の代わりはいくらでもいる。悲しくもあり、少し気が楽にもなる事実だ。あの人みたいな人はもう二度と現れない、なんて言葉もきくが、それでも世界は何事もなかったように朝を迎え、平常運転だ。


 でも、ボクにはたった一人代わりのきかない人がいた。ダジャレが好きで会話の途中に思いついたダジャレをボソッと差し込んできた人。鳩が好きで、小さい鳩、普通の鳩、太った鳩を自己基準で判断し呼び方を変えていた人。夜は怖くて一人では眠れない人。電話が苦手で、親からの電話ですら取れなかった人。いつまでも思い出にさせてくれない人。彼女は、ボクがはじめて本気で好きになった、夢中になった人だった。


 「先に彼氏、彼女ができた方にお祝いでご飯奢ろう。もし、クリスマスまでにお互い恋人ができなかったら、今年のクリスマスは一緒に過ごそう」高校2年の夏、大会帰りに誓った口約束は今でも映画のワンシーンのように鮮明に覚えている。ボクは集団行動がすこぶる苦手で、当時はかなりひどいものだった。部活は、他の部員が来る2時間前に行って先に練習し、本来の練習開始時間くらいになると帰るというあからさまに嫌な奴だった。こんな奴だったからか、ボクが怖いという理由で後輩が10人辞めるという事件もおきた。でも、ボクはその子たちと会った事もないので口実にされただけだと思う。そう思いたい。そんなボクに唯一声をかけてきたのが彼女だった。「一人だと問題になりますよ。私一人ならいても大丈夫ですか?」震える声の彼女に嫌とは言えず承諾した。二人で練習するようになってから、彼女にだけは心を開けるようになっていた。


 「クリスマスまでに、もし僕らが付き合ったらこの賭けはどうなる?というか僕らが付き合うのはルール的にはあり?」気付けばほぼ告白に近い質問を、最寄り駅のベンチで彼女にしていた。「あり、ですね。そしたらカップルとしてクリスマスを過ごすことになりますね。お祝いはお互いできますね」恥ずかしそうに、ほぼつま先に向かって彼女は答えた。はじめてだった。呑気にクリスマスを待っていたら手遅れになるかもしれないと思った。人生ではじめて好きに掻き立てられていた。


 告白の言葉は思い出せない。記憶のフィルムはここで切れてしまっている。確かなことは、あの日、日本の消費税が10%になった日、劇的ではないがささやかな幸せがそこにはあった。


 ドラマや映画、創られた恋愛には終わりがある。それがハッピーエンドでも、そうでなかったとしても人間関係はきれいに収束する。でも現実世界は案外そっけなく突然終わりを迎える。「先輩はおもしろいからだいじょうぶです」彼女がよく言っていた。その言葉がボクの生きがいだった。最後の会話は「先輩はおもしろいから、そのままでいてくださいね」だった。別れ際、彼女を見送る電車の扉が閉まる速さが、いつもより速く感じた。彼女の言葉はいつまでも膿のように、ボクの心の底に沈殿した傷を疼かせる。


 未練はない。でも、いつまでも忘れられない、思い出にさせてくれない人だった。今もボクに染み込んでいる口癖は彼女の物だ。ダジャレが好きで、鳩を見るとつい呼び分けてしまう。彼女が好きだった本は今でもボクの愛読書で、シャンプーもあの頃から変わっていない。信仰にも似た愛。それほどに彼女から受けた影響は大きかった。


 先日ラジオ番組で、「目の前の人と一生懸命一緒に過ごしたりしていると、のちに振り返った時に運命の相手だったんだなと思えたりする。だから運命って過去形がよく似合うと思う」と彼女が好きだった作家が話していた。


 人の代わりはいる。誰が欠けても世界は平常運転だ。でも唯一代わりのきかない人がいた。あれは運命だった。振り返った時そう思える人との出会いを、ボクは幸せと呼びたい。

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