第9話 明日、新しい2人、新しい関係で②

ベッドの中で、梨華とソフィアは互いに向かい合っている。


「なんだか…少し恥ずかしいですね。」


「いつも一緒に寝てたんじゃないの?」


「それはそうですが…向かい合ったことは無かったので。」


それもそうか、と頷き、梨華はソフィアとの距離もさらに縮める。


そんな梨華の様子に、ソフィアは少し驚いたような表情を見せる。


「梨華さま…どうかなさいましたか?」


「ううん。ただ……ソフィアにありがとうって伝えたくて。」


「梨華さまを守っていた事ですか?それなら、先ほども…」


「それもそうだけどさ、それだけじゃなくて。私を、見てくれていた事。」


そう言って、梨華はソフィアとの距離を更に縮める。少し傾けば触れてしまいそうな距離感に、梨華の鼓動は更に激しさを増す。


「り、りかさま?…えっと……」


困惑気味なソフィアを他所に、梨華は彼女の手をそっと、両手で包み込む。


「普通さ……いつ目が覚めるかわからないような人をさ、ずっと見て……それどころか敵から守り続けることなんて、出来ないし、しないよ。だから……ありがとう。」


「……梨華さまは、私にとって、恩人ですから。NPCという私の暗い時に、私を照らしてくれた、恩人なんです。あの時があるから、今の私があります。ですから……梨華さまを守るのは、私にとっては当たり前なんです。だから………」


ソフィアは、何か先の言葉を紡ごうとして、口を閉ざす。


そして、向かい合う梨華の視線から逃れるように、背を向けた。何かを、隠すように。


「ソフィア……あのさ………」


「梨華さま……もう、寝ませんか?いい時間ですし。」


ソフィアなりの拒絶に、梨華の胸はこれ以上なく重く、苦しくなる。


彼女の言う通りに、今日は寝てしまおうかという臆病な心が顔を出す。そんな心に喝を入れて、溢れそうな涙を必死に堪える。


梨華は後ろから、ソフィアを抱きしめる。


身長差的に、どちらかというと梨華がソフィアに抱き付いているような形になっているけれど。それを気にしている余裕など梨華には全く無かった。



「っ……寝れないんですか?そしたら………」


「ねえ、ソフィア。私、ソフィアのこと、ずっと見てきたから……分かるよ。表情は隠せても、その瞳から分かる。昔から変わらない。だから……教えて欲しい。」




「どうして、そんなに苦しそうなの?」




後ろから抱きしめていたソフィアの身体が、ぴくりと跳ねる。


強張っていたソフィアの身体が、小刻みに震えている。


「……なんのことですか?私は別に…」


「嘘だよ。サナさんは騙せても、私は騙せない。どんなにソフィアが感情を隠すのが上手かったとしても、私は見抜けるよ。だって……私だって、ソフィアを何年も見てきたんだもん。」


「………………流石ですね。そんな貴方だから、私は………」


しばらくの静寂の後、ソフィアはぽつり、ぽつりと過去と自身の想いを吐露し始める。その声色はとても苦しそうなものだった。



***



ソフィアには、梨華しかいなかった。NPCの時から、この世界に来てからも変わらず、彼女の心の中の支えは、梨華が全てだった。


この世界に来た時……ソフィアは、心細さでいっぱいだった。


目が覚めたら知らない場所。ここが何処だか分からない。いつも自分を照らしてくれた、支えてくれた彼女は、目を覚さない。いつ覚ますのか、そもそも覚ますのか確証すら無い中、ソフィアはこの世界に1人放り込まれ、生きることを強いられた。



今までの自分には、選択肢すら無かった。決められた行動にただ従い、過ごしていく毎日だった。


それが、急に変わった。未知の世界で、ただ1人生きる。自由と言えば聞こえはいいが、ソフィアにとっては、途轍もなく不安で、怖いものだった。


だから、彼女は求めた。この世界で、生きる理由を。


だから、彼女は決心した。自身の腕の中で眠る、この小さな女性を守り抜くと決めた。


これまでの恩を、返すために。彼女が目を覚ました時に、ありがとうと伝えるために。彼女が起きることをただ信じて、この世界で生き抜くことを誓った。


「あの時、私は……生きる理由が欲しかったんです。縋り付くものが、欲しかったんです。だから、また私は梨華さまに縋りました。梨華さまの為に、生きることにしたんです。」



そうして、時は過ぎ……。


ソフィアの心が大きく揺れるある出来事が、訪れた。


「あれは………私があの貴族から逃げて、ある街についた時でした。」


貴族から逃れ、帝国領から離れたリビアの街についたソフィアは、宿に梨華を寝かして、街を散策することにした。


目的は情報収集。具体的には、帝国と非友好的な国、ここからさらに遠い国を求めていた。


「そしたら、ある2人の女性がいたんです。種族は獣人種でした。その2人は本当に仲睦まじそうで、ただ、単に仲のいいだけではないような気がして……何を思ったか、私はその2人に声をかけたんです。」


急に声を掛けられたその二人の女性は、驚き、どこか警戒した様子でソフィアと向かい合っていた。


そんな2人に、ソフィアは尋ねた。


ーあなたたち2人は、どんな関係なんですかと。


「彼女たちと話し、私の身の上事情を話したりしたうちに、私は2人と仲良くなりました。それで、色々な話をしました。その時に……教えてもらいました。男女のものだけではない、女性同士の恋愛を、初めて知りました。」


「……アーカディアにも結婚システムはあったけど、男女限定だったもんね。」


「はい。なので私は今まで知りませんでした。いや、概念としては知っていましたが……目の前で2人の女性が愛を紡ぎ、生きていく様を、互いを想いあい、手を取り合っている様を間近で見ることはありませんでした。なので2、3日ほどの短い間でしたが私は彼女たちに多くのことを聞き、学びました。そんな時でした……。」


ベッドの上、後ろから抱きしめているソフィアの身体の震えが大きくなるのを梨華は感じ、無意識に抱きしめる力を強める。


ソフィアは涙を堪えながら、苦しそうに言った。


「あれは、私がそろそろリビアの街を移動しようとした時でした。不意に嫌な予感がして、直ぐに宿へ戻りました。」



ソフィアの予感は、的中していた。ソフィアが宿へ着いた時には、既に遅かった。


部屋の壁には大きな穴が空いていて、中は荒らされており……ベッドで寝かしていた梨華も姿を消していた。


ドアや窓にも侵入しようとした痕跡があったが、ソフィアの掛けていた魔法によって断念した結果、壁を突き破っての犯行だった。


「私は、激しく後悔しました。ここまで執念深いとは知らずに、梨華さまを置いて出掛けたことを。激しい怒り、憎ましさと共に、梨華さまを失ったことで、私は目の前が真っ暗になりました。」


「……それで……どうなったの?」


「……私が茫然としている間、後から追いかけてきていた彼女たちが状況を理解して、手伝うと言ってくれたんです。獣人種は鼻が利くから、今ならまだ追えると言ってくれて…………。私は彼女たちと直ぐに梨華さまを探して…………2台の馬車を見つけ出しました。」


森の中、梨華の眠る馬車を発見した瞬間、ソフィアの頭は真っ白になった。馬車の後ろ、キャビンにいる梨華の周りには複数の男が居て……ちょうど梨華の服に手をかけていた。


その光景を見た直後、ソフィアは怒りや憎しみといった感情のままに、二人の静止を押し切り、馬車に直接飛び乗った。


「馬車にいたのは護衛を含めて10人ほどでした。私は…………憎しみのままに…………全員を殺しました。何人かは命乞いをしていたような気がしますが…………もう、覚えていません。全てが終わった時………私は彼女たちには嫌われたと思っていました。私はもう……人殺しですから。多くの人を殺した重罪人です。」


梨華を抱きかかえ、荒れ果て血に塗れた馬車を後に、せめてこれまでの感謝を伝えて去ろうと、2人の元へ向かったソフィアだったが、2人の反応は予想よりも違っていた。


「彼女たちは血まみれの私に構わず、抱き着いてきました。彼女たちは獣人という理由で差別を受けてきて………わたしよりもよっぽど暗い世界を見てきたんです。私はこの時初めて、自身の手で人の命を奪いましたが、彼女たちは何度もあったそうです。」


二人は抱擁から離れ、ソフィアの目をまっすぐ見て言った。


「ここは、明るい所もあれば、暗いところもある。むしろ、暗いところの方が多いかもしれない。だから…………”愛するもの”が出来たなら、守る覚悟をしないといけない。…………そう、彼女たちは言っていました。その時、私はようやく気が付いたんです。私にとって梨華さまは……単なる恩人ではないと。NPCの10年の月日と、この世界での時を経て………私が梨華さまに向けていたこの気持ちは、単なる恩でも、好意でも、なかった。」



ー”重い、愛”だと。

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