何だか『恋人のフリ』を頼んできた韓国の女の子
時は流れ、いつの間にか桜が散り、青々とした木々と草たちがそれぞれの個性を誇る5月が訪れた。暖かな日差しを浴びながら目を覚ましたソヨンは、寝床を整えた後、軽く伸びをして部屋を出た。
「あ、お姉ちゃん、おはよう」
「うん、おはよう」
テーブルに座ってコーヒーと一緒にパンを食べているミル。ソヨンはミルが座っているテーブルを通り過ぎ、冷蔵庫から水を取り出して飲みながら眠気を覚ました。
「そういえば、今日はバイトがあったよね?」
「うん。でも今日は早く終わるからね。私はバイトが終わったらすぐスーパーに行くから、ミルもちゃんと用意してきてね?」
「はーい」
今日は鴛野川兄妹と一緒に買い物の約束をした日。この日を心待ちにしていたソヨンは、とりあえずバイトに行くために忙しく準備を進めていた。
「お姉ちゃん、今日はなんかご機嫌だね」
「そう?別にそんなことないけど。ヒヒッ」
「うん、やっぱりご機嫌だよ」
鼻歌を口ずさみながら、ソヨンは家を出る準備を整えた。すべての準備を終えたソヨンは玄関でスリッパを靴に履き替えた後、ドアを開けて外へ出た。
「行って来まーす!」
「まって!姉ちゃんケータイ忘れたよ!」
ミルはドアを閉めようとするソヨンを呼び止め、急いで駆け寄りながらソヨンに携帯を渡した。ソヨンは片目を閉じて、少し舌を出しながら手で自分の頭を「コン」と軽く叩いた。そんなソヨンの仕草から「てへっ」という効果音が聞こえてくるかのようだった。ソヨンはミルから携帯を受け取り、軽やかな足取りでアルバイト先へ向かった。
【おはよう~!】
【うん……おはよう……】
元気な声で勢いよくドアを開けてカフェに入ってきたソヨン。ミソはそんな元気いっぱいのソヨンとは対照的に、目の下にはクマができていて、ほとんど死にかけたような声で答えた。
【今日は元気ないけど、大丈夫?】
【うん……いや、実は大丈夫じゃない】
【どうしたの?手伝えることなら手伝うよ】
【ありがとう……実はもう小説のネタが思いつかなくて……】
ミソは他の人と何ら変わりない大学生でありながら、立派な小説家でもある。彼女はミステリー小説でデビューし、さまざまなジャンルの作品を経て、現在は恋愛小説を連載していた。彼女の作品は感情の描写が優れていて、刺激的ではないが読者を引きつける力があると高く評価されていた。そんなプロ作家であるミソが困っている様子を見たソヨンは、彼女に尋ねた。
【ネタがなくなったか……ネタって、日常の出来事すべてがネタになれるよね?】
【うん……一応そうだね】
ソヨンは目を閉じてしばらく考えた後、すぐに誰かにメッセージを送り始めた。メッセージを送ったソヨンは、携帯を見守りながら返信が来たのを確認し、ミソに声をかけた。
【私がネタを作ってあげるよ!代わりに、今日のバイトが終わったら私についてきて!」
【あ、うん……】
ミソは少し怪訝に思いながらも、ソヨンの提案を受け入れることにした。どうせ今日はバイトが終われば暇だったし、ネタが尽きた今、小説を書こうとしても進展はなさそうだと思ったからだ。
【まあ、今回、紹介してあげたい人もいるしね~】
(紹介してあげたい人?)
今までソヨンがミソにそんなことを言ったことはなかったため、ミソはその人が誰なのか気になった。
(まさか……彼氏?)
一瞬そんな考えがミソの頭をよぎったが、ミソはすぐにその考えをやめることにした。今までソヨンは彼氏について話すのを避けてきたし、そもそも彼女の周りに男性がいるのかどうかも疑わしかったからだ。ミソは深い考えは置いておくことにし、ソヨンに「楽しみにするね」と答えて、再び仕事の準備に取りかかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【今日も頑張ったね~】
【そうだね。それで、今からどこ行くの?】
伸びをして一日の疲れを取り払うソヨンに、ミソが尋ねた。ソヨンはミソの方に振り向き、決然とした声で言った。
【私の彼氏に会いに行くの】
瞬間、ミソの脳内はソヨンの爆弾発言で一時停止した。周りに男の影など全くなかったソヨンが、彼氏の話になるとどんな言い訳をしてでも避けてきたソヨンが、彼氏だなんて。ミソは腕を組んで堂々と笑みを浮かべているソヨンをぼんやりと見つめた。そんなミソのぼんやりとした表情を見て、ソヨンはいたずらっぽく笑ってカフェを出た。
「あ、
ミソと一緒に前日に決めておいた集合場所へ向かうソヨンは、信号を渡った先のスーパーの前で携帯を見ている暖人を見つけ、大きく手を振りながら挨拶をした。暖人もそんなソヨンに気づき、彼女たちの方へ体を向けた。
【初めまして。パク・ミソと申します】
【あ、は、初めまして。鴛野川暖人と申します】
暖人はたどたどしい韓国語でミソに自己紹介をした。暖人のぎこちない韓国語が可愛らしかったのか、ソヨンは口元を手で隠しながらクスクスと笑った。
「おい、なに笑ってんだよ」
「ごめんごめん、暖人の韓国語は初めてだなーって」
「恥ずかしいから笑うなよ」
「はーいっ!あれ?
「あいつは『お花摘みに行って来ますねー』って。それより、弟さんは?」
「ミルは一人で来るって言ったけど、まだかな?」
ソヨンが話し終えた直後、ミルが横断歩道の向こう側に姿を現した。信号が青に変わると、ミルはソヨンのいる方へ歩いてきた。そして同時に、スーパーのドアが開き、優芽が出てきた。
「あ!皆さん、もう集まっていましたね。優芽さんもこんばんわ」
「は、はい。こんばんわ……」
ミルの声を聞いた優芽は、体をビクッと震わせ、顔を赤らめる。優芽は深呼吸をした後、一歩踏み出して暖人の隣に立った。
「それじゃ、みんな集まったから改めて紹介するね!こっちは私の友達のミソちゃん!日本語は全然話せないけど、私がなんとか頑張ってみるから!」
ミソはソヨンが何を言っているのか理解できなかったが、とりあえずソヨンの雰囲気に合わせて頭を軽く下げて挨拶をした。
「そして、こっちは私の弟のミル!優芽ちゃんとはもう会ったことあるけど、暖人くんとミソちゃんは初めてだよね?」
「初めまして。ミルと申します。いつも姉がお世話になっております。よろしくお願いします」
ミルは言い終えると、ミソと暖人に向かって頭を下げて挨拶をした。
【最後に、こっちは暖人くんと優芽ちゃん!】
「初めまして。
「初めまして。妹の
暖人と優芽も丁寧にミルとミソに挨拶を交わした。すると、ソヨンが数日前ののことを思い出して話した。
「そういえば、優芽ちゃんはミソちゃんに会ったことあるよね?ほら、前の遊園地で……」
「あ、そうだね。えっと、
ソヨンの話を聞いて遊園地での出来事を思い出した優芽は、ミソに向かって丁寧に頭を下げて感謝の意を伝えた。優芽の挨拶を受け、その時の記憶を思い出したミソは、優芽に優しく微笑みかけた。
「それじゃ、自己紹介も終わったからそろそろ入ろっか!」
こうして全員が揃った暖人たちは、先をピョンピョンと歩くソヨンの後に続いて、スーパーの中へ足を踏み入れた。
店内は混み合う人々と大音量で流れるアナウンスのせいで騒がしかった。暖人たちはスーパーの隅にあるカート置き場からカートを取り、食材コーナーへ向かった。
ソヨンと優芽は、さまざまな食材や試食コーナーで作られている料理を見て、思わずよだれを垂らしそうになっていた。一方、暖人とミルはカートを押しながら、お互いの共通点を探して会話をしていた。ミソはそんな彼らの後をついていきながら、暖人とソヨンを疑わしげな表情で見つめていた。
(なんかおかしい……あの人って本当に彼氏なのかな?)
恋人だからといって、キスや手をつなぐような行動を人前で見せる必要はないが、どう見ても二人からは恋人らしい振る舞いや気配が全く感じられなかった。二人の関係を疑ったミソは、そっとソヨンを呼び寄せ、彼女にしか聞こえない小さな声で尋ねた。
【あのさ……本当に暖人さんと付き合ってるの?】
ミソの質問を受けたソヨンは、自分が疑われていることに気づき、心の中で「しまった!」と叫ぶ。ミソにアイデアを提供するために彼氏を紹介するという嘘までついて連れてきたくせに、食べ物に気を取られてすっかり忘れていたからだ。ソヨンはできるだけ慌てた様子を隠しながら、ミソの質問に答えた。
【も、もちろんだよ……!ミ、ミソたら……あ、アハハ】
【ふぅん……全然そう見えないけど】
【し、しょうがないな~。ちゃ、ちゃんと見ててね?】
ソヨンは言い終えた後、少し迷ったが、覚悟を決めたような足取りで暖人の方へ歩いていった。
「ねね、暖人くん!」
「うん?どうし……えっ?!」
自分を呼ぶ声に振り返った暖人は、その場で固まってしまった。無理もなかった。ソヨンが顔を真っ赤に染め、凄く固まった表情で体を小刻みに震わせながら立っていたからだ。暖人が状況を理解しようとしつつ、何を言えばいいか迷っている間に、ソヨンは深く息を吸い込み、暖人の胸に飛び込んだ。
「暖人くん!大好き!」
その瞬間、ソヨンの胸は激しく鼓動し始めた。頭の中はぐちゃぐちゃになり、顔は今にも破裂しそうなほど熱くなった。足から力が抜け、息は荒くなっていく。そして何より、恥ずかしさのあまり暖人の顔を直視することができなかった。
(あ、固い……男の子の体ってこんなに固いんだ)
自分の小さな体とは比べ物にならないほど大きくてしっかりとした彼の体。顔を埋めた胸は想像以上に硬く、彼の存在がどれほど頼もしいかを改めて感じさせた。抱きしめた彼の腰には適度な肉付きと筋肉が伝わってきた。耳元で聞こえる彼の心臓の音は、自分の鼓動をさらに速くさせ、胸の中で高鳴る感情がどんどん大きくなっていく。そして、彼から漂うほのかで心地よいムスクの香りが、彼女の頭をクラクラさせ、何も考えられなくしてしまった。
「な、なにしてんだよ!」
暖人も彼女の突然行動に汗を垂らしながら、小さな声でソヨンに訊いた。
「ご、ごめん!本当にごめん!後で説明するから、今はこのままいて」
ソヨンは顔を暖人の胸に埋めたまま、彼の質問に答えた。暖人は彼女がなぜこんな行動をしているのか分からなかったが、彼女が自分の腰をしっかりと掴んで離さなかったため、とりあえず彼女の言葉に従うことにした。
(あ、いい香り……)
自分の胸に抱かれたソヨンから、甘く柔らかな香りがほのかに漂ってきた。それはまるで桃色のチューリップが咲いたような、爽やかで穏やかなフローラルの香りだった。それに加え、彼女の柔らかな肌から伝わる温もりが確かに感じられた。今、自分の胸から聞こえる心臓の鼓動が自分のものなのか、それともソヨンのものなのか区別がつかない。ただ、こんなに小さくて愛らしい存在が自分の胸に抱かれているという事実だけが、はっきりと伝わってきた。
「ぷわぁ……」
時間が少し経った後、ソヨンは暖人の胸から顔を離し、一歩後ろに下がった。彼女の顔はまだ真っ赤に染まっており、胸の鼓動は依然として激しく鳴り響いていた。
暖人の胸には、まだ彼女の香りと温もりが色濃く残っていた。暖人もソヨンに負けないほど胸が高鳴っていたが、今にも倒れそうなソヨンの様子を見て、まずは彼女の状態を確認することにした。
「だ、大丈夫……?」
「う、うん。大丈夫。いきなりごめんね?」
「い、いや。だ、大丈夫だよ」
(やっぱり何かおかしい。全然恋人には見えない)
彼女のスキンシップにおかしいほど慌てる彼氏。スキンシップが終わった後も、二人の間には微妙な距離感と不自然な空気が漂っていた。その様子をミソはただ無言で眺めていた。
時間が経ち、先に落ち着きを取り戻した暖人が周りを見回した。すると、少し離れた場所で優芽とミルが、まるで漫画に出てくるように頭の先から足の先まで真っ白になり、呆然と立ち尽くしていた。
「お兄ちゃんを……ソヨンニーに取られた……」
優芽は信じられないという表情をして、呆然と空を見ながら小さく独り言をつぶやいた。
「取られてないよ!」
「お姉ちゃん……暖人さんって彼氏だったの?」
優芽と同様に、ミルも信じられないという顔つきでソヨンに近づき、彼女の耳元でささやいた。
「違う!これは事情があってね……」
ソヨンは呆然と立ち尽くしている優芽と焦って話している暖人に手招きした。二人が彼女のそばに来ると、ソヨンは身をかがめて事情を説明し始めた。
時は今日の午前、ソヨンとミソがアルバイトを始める前に
「暖人くん、後で買い物に行くとき、もう一人連れて行ってもいい?」
「うん?別にいいけど。どうした?」
「いや~、実はね、私の友達が恋愛小説を書いてるんだけど、全然ネタが浮かばないって言うから、今日の買い物でネタを作ってあげようかなって」
「まあ、それならいいけど。っていうか、恋愛小説のネタとか作れそうにはないけどな」
「それはそうだね……」
ソヨンは片手で顎を撫でながらしばらく考えた後、再びキーボードを打ってメッセージを送った。
「じゃあ、私と暖人くんが恋人のフリをしたら……?」
「はあ?とんでもないこと言うな」
「いいじゃん、どうせ彼女もないくせに~」
「しない」
「ごめんごめん、冗談だから!暖人くんには本当に申し訳ないけど、このまま友達を見捨てるわけにはいかないんだよね~。それに、暖人くん、この子に恩があるでしょ?」
「恩があるって?」
「ほら、遊園地で優芽ちゃんを見失ったとき、この子が優芽ちゃんをカフェに連れてきてくれたんだよ?これなら暖人くんは恩をいいし、私は友達を助けられていいし、一石二鳥ってわけ!」
「はあ、しょうがないね。わかったよ」
「暖人くんなら手伝ってくれると思った!ありがとう!まあ、恋人のフリって言っても
「はいはい、それはありがたいですね。それより、お前遅れるなよ」
「はーいっ!」
再びスーパーの場面に戻り、みんなに事情を説明し終えたソヨンは、暖人に両手を合わせてお願いした。
「本当にごめん!さっきミソに疑われちゃって……悪いけどこれからはもっと恋人らしくしてもらうから!」
突然、ソヨンがなぜそんな行動をしたのか理解した暖人は、額に手を当てて深いため息をついた後、立ち上がった。そして、しゃがんでいるソヨンに手を差し伸べながら言った。
「そ、それじゃ行ってみようか!ハ、ハニー💓」
暖人が言葉を終えると、彼の周囲はまるで時空が止まったかのように全員が凍りついた。その光景はまるで吹雪が吹き荒れるような冷たさを感じさせた。暖人自身も自分の放った言葉に、とてつもない恥ずかしさを覚え、顔が熱くなるのを感じた。ソヨンは一瞬戸惑ったが、すぐに暖人の意図を察し、彼の手を取って立ち上がりながら言った。
「う、うん!ありがとう!ダーリン!」
ソヨンと暖人が手をつないで歩いていく姿を、呆けた表情で見つめる優芽とミル。二人はお互いに顔を見合わせながら、ひそひそと話を交わした。
「これって、あたしたちは黙っている方がいいよね……?」
「うん……そうだね……」
優芽とミルも立ち上がり、暖人とソヨンの後を追った。その様子を後ろから見つめていたミソは、疑いを晴らすことなく、二人を観察することにした。
こうして暖人とソヨンは手をつないだまま、ぎこちない演技を続けていた。二人が水産コーナーに足を踏み入れたとき、ソヨンが口を開いて話し始めた。
「ダ、ダーリン!こ、これ見て!ろ、ロブスターだよ!」
「う、うわ!す、すごい~!ハ、ハニー、詳しいね!」
((ロブスター知らない人いる?!))
「ダ、ダーリン!そ、それ!私、たべたーい!」
「も、もちろん!ハニーのためなら、俺が何でも買ってあげるよ!」
「い、いや~ん、うちのダーリン!優しい~ん!」
「「アハ、アハハ」」
((それ、ドッグフード!!))
暖人とソヨンの呆けた行動に、優芽とミルが見事にツッコミを入れる。二人の様子を後ろから見つめていたミソは、深いため息をつき、ハンドバックらメモ帳を取り出して何かを書き始めた。
暖人とソヨンがぎこちない恋人の演技をしながら買い物を終えた後、彼らは帰る前に少しカフェに寄って休憩することにした。暖人はトイレに行くため席を外し、一人でぼんやりと座っているソヨンの元に、優芽とミルが近づいて小声で囁いた。
「ソヨンニー!何してんだよ!」
「いや……私も頑張ったけど……」
「お姉ちゃん、これは絶対バレたと思う」
「だって、どうすればいいか分かんないんだもん」
「それもそうだね。お姉ちゃんって恋愛経験少ないしね」
「急に痛いとこ突くな……」
「ソヨンニー!ここは最後まで気を張っていくんだよ!」
「そうそう!最後まで頑張って!」
最後までソヨンを励ます優芽とミル。ミソは、ミルと優芽がソヨンに小声で何かを囁いているのを見て、ため息をつきながら考えた。
(まあ、ソヨンとしては頑張ったはずだよね)
ソヨンが自分のために無理をしていることに気づいたのだろうか。ミソは自分を騙そうとしたソヨンを心の中で許し、ポケットからメモ帳を取り出して再び何かを書き始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「えっと、お米も買えたし、後は何を買えばいいっけ?」
制服を着て黄色に染めた髪をサイドテールに結び、黄色と茶色の間の瞳で周囲を見渡しながらカートを押してスーパーを歩き回る
「あっ、ベーコン買ってないじゃん!えーと、ベーコンってどこだっけ」
彼女は足を止めて、ベーコンを探すために周りを見渡し始めた。
「あ、あった!そっちだね!」
冷凍食品コーナーを見つけた譲愛は、ケータイをポケットにしまい、カートを押しながらそちらに向かった。コーナーを曲がるために彼女が力を入れてカートを押した瞬間、積み上げられていた箱にぶつかり、その衝撃で彼女の頭上に箱が崩れ落ち始めた。
「あぶない!」
譲愛の頭に箱が当たる直前、誰かが後ろから彼女を抱き寄せ、落ちてくる箱を受け止めてくれた。譲愛の代わりに箱を受けた男性は、彼女が無事であることを確認して、手の力を抜きながらゆっくりと彼女を解放した。
「あ、あの……すみません。私のせいで……」
譲愛は自分の代わりに箱を受け止めてくれた男性に頭を下げ、慌てて謝った。男性は自分の背中についた埃を払いながら、周囲の箱を整理しつつ彼女に答えた。
「俺は大丈夫だよ。怪我なない?」
「あ、はい。大丈夫です……」
「それじゃ、俺はちょっと用事があってね」
周囲の整理を終えた男性は、譲愛に軽く挨拶をして彼女から離れていった。譲愛は遠ざかる彼の後ろ姿を見つめながら、高鳴る胸の鼓動を感じた。
(み、見つかった……!私の王子様……!)
譲愛の心臓が激しく鼓動しているのは、ただ驚いたからだけではなかった。危険に陥った自分を救ってくれた王子様のおかげで、初めて感じるときめきが彼女の頬を赤く染めていた。
(お礼も言ってないのに……連絡先でもらえばよかった……)
連絡先をもらいたい理由が、ただお礼をするためだけではないだろう。しかし、運命ならばきっとまたどこかで会えるはずだと自分を慰めた譲愛は、微笑みながら再びカートを押して冷凍食品コーナーへ向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「た、ただいま、ハニー!」
「お、おかえり!ダーリン!」
「も、もう買い物も終わったし、そろそろ帰ろうか?ハニー」
「そ、そうだね!帰ろう!ダーリン!」
ソヨンは話し終えると、戻ってきた暖人の手を掴む。しかし、やはり恥ずかしかったのだろうか、彼女の顔は再び赤くなり始めた。そんなソヨンの様子を見たミソは、暖人とソヨンに向かって口を開いた。
【もういいわよ。無理しなくてもいいから】
【やっぱりバレてましたか……?】
【あなたに彼氏なんているわけがないし、何より、そのぎこちない演技を見ているのももう限界だからね。】
ミソの言葉を聞いたソヨンは、オドオドと彼女の顔色を伺いながら、恐る恐る尋ねた。
【ご、ごめんなさい……やっぱり怒っちゃいましたかね……?】
【怒ってないよ。私を騙したのは許せないけど、おかげでネタも思いついたしね。でも、今度もそうやって無理したら怒るからね?】
【ミ、ミソちゃん!】
ミソの言葉を聞いたソヨンは、涙を浮かべながらミソの胸に飛び込もうとした。しかし、ミソは手を伸ばしてソヨンの顔を押さえ、抱きつかせないように彼女を制止した。そうして彼らはスーパーを出て挨拶を交わし、それぞれの家へと帰っていった。
「今日も疲れたな……」
「そうだね~、お兄ちゃん、彼女さんに連絡しなくてもいい?」
「それはもう勘弁してくれよ……」
「あたしの大切なお兄ちゃんを奪うなんて……あたし、寂しくて死ぬかも……!」
「お前、マジ怒るぞ?」
「わかった、わかったよ!それで?ソヨンニーと付き合えた感想はどうだった?」
続いてる優芽のからかいに、暖人はため息をついて応じるのをやめた。そして暖人がベッドにドサッと倒れ込みながらケータイを確認すると、ソヨンからメッセージが届いていた。
「暖人くん、家には無事に着いた?」
「うん、無事着いたよ。ソヨンたちは?」
「私も無事着いたよ!今日は本当にありがとうね!そして本当にごめん……後でご飯でもおごるから!」
彼女はどうやら今日の出来事が気になっていたのか、暖人に謝罪のメッセージを送ってきた。当時の暖人も戸惑いはしたが、彼女には事情があることを理解していたため、彼女を許すことにした。
「それならもういいよ。まあ、色々あったけど、結局なんとなくうまくいけたようだし」
「じゃあ、お互い共犯ってこどだね?ヒヒッ、暖人くん、マジでだ~いすきっ!」
(一体どこで好感度上がったんだよ!!!)
再び始まった彼女の訳が分からない謎の「好き」攻撃に、暖人は頭が痛くなる。彼が頭を抱えて絶叫すると、優芽は慌てて彼の様子を確認した。
「お兄ちゃん?!どうしたの?!ソヨンニーに振られたりしたの?!
こうして部屋の中は絶叫する暖人と慌てる優芽の声だけで満たされ、二人にとって忘れられない今夜はますます深まっていった。
めちゃくちゃ『好き好き』って言ってくる韓国の女の子 kamokamo @kamokamodazo
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