EP.3 ふみの想い

窓から夕日が差し込み部室がオレンジに染まる。何も喋れずにいる俺に、ふみは言葉を続けた。


「私は、自分が良いと思ったものを自分でダメにしちゃうのが嫌いだから」


「うーん、なんでそう思うわけ?」


「だって、自分で諦めたら夢はそこで終わるじゃない」


ふみの言葉に俺はなぜだか少し重みを感じた。それは多分、中学に入って挫折を味わってからずっと逃げ続けてきた自分に重ねてしまったからだろう。


「けいすけはイラスト好きなんでしょ?」


「…うん、まあ」


「私はね、アナウンサーになるのが夢だったの」


「だったって事は今はもう諦めたん?」


「諦めかけてた、かな」


「なんで諦めかけてたん?」


「うーん、私は小学校の頃は自分がこの世界の主人公だって信じてたんだけど、中学にあがってそれは違うんだって思っちゃった」


まるで自分のようだと思った。そして俺はそれを少し嬉しく思った。今日初めて話した相手がこんなに自分と似てるなんて思わなかった。


「俺もさ、ふみと同じで中学に入ってから挫折したんよ」


「あはは、そうだったんだ。なんかさ、魔法が溶けたみたいに感じて全部が嫌になるよね」


「そうそう、それで俺は腐っちゃってさ」


「一緒じゃん、だけどなんで放送部の部長になったの?」


「いやぁ、それがさ」


それから俺はここ数日間に起きた出来事をふみに語って聞かせた。


「あはは、けいすけの担任てめちゃくちゃ無責任じゃん」


「じゃろ?それで困って勧誘したのがふみだったんだよ」


「なるほどね、けど良かったね」


「何で?」


「だってたまたま放送部に勧誘した相手の夢がアナウンサーだなんて出来すぎてると思わない?」


「あはは、確かに」


なんだかこうしてふみと話していると、今日出会った人とは思えないくらい親近感を感じる。友達の居ない俺にはどんな言葉で表現すればいいか分からないけれど、仲の良い兄弟のような温かさを感じた。


「もうこんな時間か」


時計の針は18時半を少し過ぎた所で、オレンジに染まっていた部室は薄暗くなっている。他の部活ももう終わったのか、校庭から響いていた笑い声も聞こえなくなっている。


「じゃあそろそろ帰ろっか」


「うん、帰ったら言い訳考えねーとな」


「あはは、門限過ぎてんだっけ?」


「そそ。ああ、そうだ」


「ん?」


「これから先の放送部をどうして行きたいか、お互いに考えて明日話し合おう」


「そだね、賛成。そしたらまた明日ね」


「おう」


俺は一足先に部室を去るふみを見送ってから、窓を閉め部室に鍵をかけて学校を出た。一月の空はすっかり夜空になっていて、こんな時間に一人で歩くのなんて初めてだなと、俺は少しだけ大人になったような気分になった。

家に帰ると両親はカンカンだったが、自分が放送部の部長になった事を正直に話すと「あまり遅くならないように」と言って許してくれた。小学生の頃から門限が16時半だった俺にとってそれはとても大きな出来事で、とても嬉しく思った。

夕飯と風呂を済ませた俺は、早速自室に篭ってこれからの放送部について計画を練ることにした。ルーズリーフを何枚か取り出して、書いては丸めて捨てを繰り返しながら少しずつ自分のやりたい事を形にしていく。色々な考えが浮かんでは消え、それと同時にゴミ箱を満たしていく。そうして何とか一枚のルーズリーフを文字で埋めつくした所で眠気の限界が訪れ、俺は倒れ込むようにベッドで眠った。

翌朝、いつもより30分近く早く起きた俺はそそくさと支度を済ませて家を出た。いつもと変わらない通学路が心做しか鮮やかに見える気がする。そうしていつもより早めに学校に到着した俺は、放送部の部室へと向かった。


「おはよう」


部室の前には昨日別れた時と変わらぬ笑顔でふみが立っている。そうだったら良いなと密かに思っていたシチュエーションがそっくりそのまま現実になった。怖いものなど何も無かった小学生の頃のような感覚がそこにはあった。


「いつもこの時間に学校来てんのか?」


「いいや、いつもはもっとギリギリだよ」


「あはは、俺も同じ」


「放送部っぽくはないかもだけど、朝練だね」


とは言え朝の時間は限られている為、昼休憩に流すCDを決めた後は昨日の続きの掃除をして過ごすことにした。校内に予鈴が鳴り響き、だんだんと校庭が騒がしくなってくる。そろそろ掃除を切り上げて教室に向かおうかと思っていると、見るからに眠そうな顔をした山下が部室へ入ってきた。


「あ、おはようございます先生」


「おはようございます!」


「…おぉ、おはよう。良いねぇ、やる気満々じゃないの」


そう言いながら山下はジャージのポケットから、これまたくしゃくしゃになった紙を2枚取り出した。


「これ、機材の使い方。まあ適当にしか書いてないけど、後は自分らで使いながら覚えるって事で、よろしく」


それだけ言うと長机の上に紙を置き、山下は部室を出ていった。俺とふみは揃って紙を拡げて見る。


「…えぇ、これだけ?」


「…なんと言うか、必要最低限だね」


「スイッチの入れ方とボリュームの調整の仕方しか書いてないじゃん…」


「…小学生でももっとマシな説明書書くよ」


あまりの情報の少なさに2人して唖然とする。


「…とりあえずHR始まるしまた休憩に集まろっか」


「…だね、それじゃまた後で」


こうして大きな不安を抱えたまま、俺とふみの放送部初日がスタートした。

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