EP.2 初めての部室

「「失礼します!!」」


二人同時に声を張上げたせいで、職員室内の全教師の視線がこちらに集まった。俺は持ち前の人見知りスキルが発動して思わず顔を下に向けてしまう。こっそりと横を見ると、下山芙実も同じように真っ赤な顔で俯いていた。どうやら似た者同士だったらしい。


「おお、亀山。早速勧誘成功したんだな?おめでとう」


恥ずかしさで固まる俺に、担任の山下が無責任な言葉を発しつつ大袈裟に拍手をしてみせた。放送部が廃部寸前なのは全教師が知ってるようで、他の教室からも「よかったな」やら「頑張れよ」等と無責任な言葉が飛んでくる。ついさっきまで威勢のよかった俺たちだが、今は借りてきた猫状態である。


「そんじゃ、これ。部室の鍵な。早速明日の昼の放送から任せるから、頑張れよ」


山下はそう言って俺の手に鍵を握らせると、ポンと肩を叩いて自分の席へと戻って行った。タイミング良く昼休憩の終わりを知らせるチャイムが鳴り「失礼しました」と小さく呟いて下山芙実はそそくさと教室へと戻って行った。俺も彼女に習い小さく礼をしてそそくさと自分の教室へと戻る。午後の授業が頭に入らなかったのは言うまでもない、昨日の夜のハッピーな気分は全て吹き飛び「憂鬱」の二文字が頭の中をぐるぐると回り続けている。

どれだけ悩もうと時間はいつもと変わらない速度で進み、あっという間に放課後になった。あれだけ言い合いをしたのだからきっと彼女は部室に来ないだろう。そう考えた俺は放送部の退部と鍵の返却をしに職員室へと向かうことにした。


「山下先生なら今日はもう帰ったわよ?」


「へ?」


なんと無責任な、これで退路は完全に断たれてしまった。仕方がないので重い足取りで階段を登り、放送部の部室へと向かうことにする。沈んだ気持ちのまま床を見つめて歩いていると、少し苛立ったような声が聞こえてきた。


「おそい」


「…え?」


視線を上げると、部室の前で腕組みをして立つ下山芙実の姿が目に入った。


「…てっきり来ないのかと」


「はぁ…私は一度言ったことは曲げたくないの」


「じゃあ、これ。お前に預けるよ」


俺はそう言って部室の鍵を差し出したが、彼女はそれを払い除けた。


「…それじゃ放送部が廃部になるでしょ」


「なんでそれを?」


「アンタが自分でチラシに書いてたじゃんか」


そう言えばそんな事も書いたような気がする。イラストをバカにされた事を思い出して再び自己嫌悪に陥っていると、少しバツが悪そうに彼女が言葉を続けた。


「…あの、イラストの事バカにしたのは謝る。ごめん」


「…いや、俺もその、地味とか言って悪かった」


お互いに謝ったことで少しだけ空気が軽くなった気がした。


「えーっと、とりあえず中入らない?」


「ん?ああ、そうだな」


俺はぎこちない手つきで部室の鍵を開け、中へと入った。あまり広くない部屋にほこりを被った長机とパイプ椅子が置いてあり、壁際には様々な機材が置いてある。


「…きったねぇ」


「…とりあえず窓開けよう、このままじゃ喉やられそうだし」


「そうだな」


窓枠にもほこりが積もっていて、この部屋がほとんど使われていない事が分かる。遮光カーテンを開き窓を開けると、肌寒い風が一気に室内に入り込み部屋中にほこりが舞った。このまましばらく窓を開けておけば少しはマシになるだろう。


「私、ぞうきん取ってくるね」


「…ん?ああ、たのんだ下山」


「ふみでいいよ、苗字だと何か冷たい感じするし」


そういえば下の名前の読み方を聞きそびれていたなと思いつつ、俺はふみに向けて頷いた。数分でふみは部室に戻ってきて、二人揃って掃除を開始する。少し拭くだけですぐに真っ黒になるぞうきんを小さなバケツに充たされた冷たい水で何度も洗い流しながら掃除を続けていく。手が痛くなってきた頃には、ホコリまみれだった部室は随分と綺麗になっていた。


「はぁー…、まさか最初の仕事が掃除になるなんてね」


「だなー、結局一時間近くかかったな」


壁にかけられた時計の針は17:30を指している。


「なぁ、ふみって門限とかあんの?」


「無いよ。けいすけは?」


「もう過ぎてる」


「あはは、やばいじゃん」


「まー、なんとかなるっしょ。てか、明日からどーすっかな」


掃除に夢中で忘れかけていたが、本来の目的は明日以降の活動について決めることだ。俺らは断じて掃除部ではない。


「うーん、とりあえず明日は適当にCD流して乗り切ろうよ。そんで明日の放課後に改めて考えよ」


「んだな、あぁ、そういえば」


「なに?」


「ふみはなんで今まで部活してなかったんだ?」


俺の問いにふみは少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。もしかしたら聞いてはダメな事だったのかもしれない。


「…誰にも誘われなかったから」


「そっか、まぁ俺も似たようなもんだな」


「だから本当は放送部に誘ってもらえて嬉しかったんだよ」


「イラストの事バカにしたくせに」


「だーかーらー、あれは照れ隠しと言うかなんと言うか」


「あはは、なんだそりゃ。じゃあなんであんなにムキになったんだよ」


「それはけいすけがあの紙を握りつぶしたから」


俺はその言葉の意味が分からず、ふみの次の言葉を待つ事にした。

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