EP.1

家に帰った俺はとりあえず担任の山下から受け取ったくしゃくしゃの紙を広げてみることにした。紙には数名の名前と学年のみが走り書きのような汚い文字で書かれている。ざっと目を通してみると、同学年である一年生は一人しかいないようだ。


「…さすがに見ず知らずの先輩を誘うのはなぁ」


人見知りの俺にとってそれはとてもハードルが高い。従って選択肢は一人に絞られる。


「しもやま…んーと、なんて読むんだ?」


下山芙実。そう書かれた名前を声に出してみるが下の名前が読めない。フリガナくらい付けとけよと思いつつ、頭の中で同級生の顔を思い浮かべる。


「…うーん、誰か全く分からん」


約9ヶ月の陰キャ生活のせいで、自分のクラス以外の生徒の顔はほとんど思い浮かばなかった。さすがに同じクラスなら顔と名前くらい一致する、ということは別のクラスなのだろう。下の名前は読めなかったが漢字を見る限りでは女子だろう。俺は自室のベッドに寝転がり、目をつぶってまだ見ぬ下山芙実へと思いを馳せた。


「清楚で可愛い子だったらいいなぁ」


可愛い子と二人きりで部活をする自分を妄想してみると次第にワクワクしてくる。そして二年生になったら可愛い後輩が沢山入ってきて…そんな都合の良いハーレム展開を妄想しているうちに俺は眠りに落ちていった。

翌日、いつも通りに登校した俺は休み時間を利用して下山芙実の捜索を開始した。とは言え人見知りな性格なのでなるべく陰キャっぽい生徒を狙って話しかけていく。


「…あ、あの」


「…え?」


「…し、下山さんってどの子か分かる?」


「…あぁ、メガネかけてる子だよね?休み時間になるといつもすぐに教室を出ていくから教室に行ってもいないと思うよ」


「…そっか、何処にいるか知らない?」


「…何回か渡り廊下に居るのを見た事あるけど」


「…ありがと、それじゃ」


随分とぎこちない会話になってしまったが、どうにか有用な情報を集めることに成功した。後は本人を探し出して勧誘するだけだ。とは言え陰キャで人見知りの俺にとって勧誘のハードルはとてつもなく高い。しかも相手とは同級生とは言えほぼほぼ初対面なのだ。悩みに悩んだ末、俺は勧誘用のチラシを作る事にした。

授業中に先生の目を盗みながらルーズリーフで簡素な勧誘チラシを作る。数学と古文の時間を利用し、悪戦苦闘しつつも作業を進めていく。趣味のイラストも付けてなるべくポップな印象のチラシを作る事に成功した。出来栄えは褒められたものでは無いが、自分の中では満足出来る出来だった。

出来上がったチラシをもって、昼休みに早速下山芙実の捜索を開始する事にした。メガネと渡り廊下以外に手掛かりが無いのが少々不安ではあったが、以外にもすんなりと下山芙実らしき生徒を見つけるとこが出来た。彼女は人気のない渡り廊下の壁にもたれ掛かるように座り本を読んでいた。恐る恐る近付くが、彼女が顔を上げる気配はない。耳元にあるフレームからメガネを掛けている事は分かるものの、長い髪に覆われて顔は見えない。俺は精一杯の勇気を絞り出し、彼女へ声を掛けた。


「…し、下山さん?」


「…そうだけど…何?」


彼女はそう言うと本を閉じて顔を上げた。とてつもなく地味、それが彼女を見た第一印象だった。さて、もっと可愛い子を勧誘しに行こう。そう心の中の悪魔が囁くが、声を掛けておいて今更引き返す勇気など俺には無いので仕方なく勧誘を試みる事にした。


「…お、俺は亀山啓介」


「…そう、よろしく。それで?」


ここで俺は手に持っていた勧誘チラシを彼女の目の前に差し出した。彼女は不思議そうな顔をしながらそれを受け取ると、クスリと笑った。


「…な、なんで笑うんだよ」


「だって、この絵。めっちゃヘタクソじゃん」


「はあ?」


恥ずかしさで顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。彼女は相変わらずクスクスと笑ったままチラシに目を通している。


「…へぇ、亀山くんて放送部の部長なんだ」


「…ま、まあな。もう良いからそれ返せよ!」


俺は恥ずかしさのあまり勢いよくチラシを奪い返すと、くしゃくしゃに丸めてポケットにしまい込んだ。今すぐこの場を去ろう、そして担任の元へ行って退部しよう。そう思って歩き出した俺を下山芙実が呼び止めた。


「いいよ」


「…へ?」


「だから、放送部入ってあげる」


本来なら喜ぶべき所なのだが、イラストをバカにされた事と「入ってあげる」というやや上から目線にも思える言葉に、俺は素直に喜ぶ事が出来なかった。


「…いや、もういい」


「え?なんで?」


「…お、お前みたいな地味メガネが入っても仕方ねーし」


「はあ?なにそれ!?自分だってキツネみたいな顔してる癖に!」


「…なっ!お前こそ白黒写真から出てきたような地味な顔してる癖に!」


「誰が幸薄顔じゃ!そもそもそっちから誘って来といてなんなのよ!」


「うるせぇな、とにかく放送部の部長は俺なんだから俺がダメだっつったらダメなんだよ!」


そう吐き捨てるように言うと、下山芙実はバッと立ち上がり予想外の一言を発した。


「決めた!私が顧問に直談判してアンタを追い出して部活の座に着くから!」


そう言うと彼女は床に置いていた本を拾い上げると職員室へと向かって歩き出した。俺も負けじと後を追う。それが下山芙実との出会いだった。

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