カモミール

凛5雨

EP.0

小学生の頃、自分は神童だと本気で思っていた。授業に出ているだけでテストは満点を取れたし、周りの大人からは「かわいいね」や「女の子みたい」と言われ、自分の容姿はイケてるものだと思い込んでいた。だがそんな頭の中お花畑な小学生時代は終わりを告げ、俺は地元の中学校へと進学。そこで人生初の挫折を味わうことになった。


「…え、うそだろ?」


手に持った数学の答案用紙の右上に書かれている数字は脅威の「33点」、そしてその他の教科も軒並み平均点以下という現状に、俺の中での神童伝説は音を立ててて崩れ去ったのだった。一度つまづいてからと言うもの、坂を転がり落ちるのにそう時間はかからなかった。勉強は出来ない、運動も出来ない、おまけに友達も出来ない。あれだけ輝いて見えていた世界も、一瞬にして闇へと変わってしまった。


「お前ってなんか目が細くてキツネみたいじゃね?」


同級生のそんな一言が更に心をえぐり、俺はこの世界の主人公からその辺のモブキャラへと一気に降格したのだった。そうして地の底に落ちた俺は、学校ではなるべく存在感を消して生活し、家に帰れば親から勉強について厳しく追及される日々を送り、毎日が苦痛との戦いになっていった。

そうして一学期が終わり、何のイベントもない夏休みが終わり、変化のないまま二学期も終わり、何の希望もない三学期が始まった。


「亀山、ちょっといいか?」


「…はい?」


放課後のチャイムが鳴り、そそくさと学校を後にしようとしていた俺を、無精髭を生やした担任教師が呼び止めた。ちなみに今更だが俺の名前は亀山啓介という。


「お前、どこの部活にも入ってないだろ?」


「…はい」


担任の山下はボリボリと無精髭の生えた顎を掻きながら小さくため息をつく。そして少しバツが悪そうな顔をしながら話を続けた。


「お前、放送部に入らねえか?」


「…え?自分が…放送部すか?」


想定外の提案に俺の頭は一瞬パニックになった。だが直ぐにネガティブな言葉が頭の中を埋めつくしていく。


「…自分、喋るの苦手ですし…」


「まぁまぁ、良いんだよ別に。どうせ活動っつったって昼休みに適当にCD流してチョロっとアナウンスするくらいなんだからよ」


「…はあ」


そのチョロっとが問題なんだよと言いたかったが、残念ながら教師に歯向かう勇気など持ち合わせてはいない。あまり乗り気では無い俺を見かねた山下は、俺の耳元で囁くように話を続けた。


「…あのな、今は部員がいなくて潰れかけてるけどな、放送部ってのは女子に人気の部活なんだぞ」


「!」


女子に人気…その言葉に一瞬俺は表情が緩んでしまった。山下はそれを見逃さず、更に言葉を続ける。あ、ちなみに全然関係ないけど煙草臭い。


「…後数ヶ月もすりゃ後輩が入ってくるぞ、しかもな、放送部ってのは目立つからお前も人気者になれるぞ」


「…ま、マジっすか?」


山下は既に勝ちを確信した表情を浮かべながら、余裕の腕組みをしている。「女子に人気」「後輩」「人気者」そんな耳障りの良い言葉に俺の心はすっかり鷲掴みにされていた。


「で?どうだ?やるか?」


「…やらせてください!」


気がつくと俺は自然とそう答えていた。山下はしてやったりという表情を浮かべ、俺の肩をポンと叩く。


「そんじゃ今日から亀山、お前が放送部の部長だ。それでな、この学校には少々面倒なルールがあってだな」


「…?」


「三学期終了の時点で部員が二人以下の部は、廃部になる決まりなんだよ」


「…ええ?今って放送部には何人部員が居るんですか?」


山下は満面の笑みで人差し指を一本立てて見せる。えっ、ということは部員は俺一人という事か?


「も、もし廃部になったらどうなるんですか?」


「まぁその時は生徒会かなんかが活動を引き継ぐんじゃねぇかな?でもなぁ、放送部ってのはこの学校が出来て以来ずーっと存続してた伝統ある部活なんだよ。だから亀山、お前がなんとかして放送部を建て直してくれ!」


そう言うと山下は仰々しく頭を下げた。担任にここまでされてしまうとそう簡単には断れない。俺はなんだか上手いこと丸め込まれているような気がしつつも「わかりました」と返事をした。


「そうかそうか!やってくれるかー!そしたらな、これをお前にやるから頑張って部員集めてこいよ!」


山下はジャージのポケットからしわくちゃの紙を一枚とりだすと、強引に俺の手にねじ込んだ。


「…なんすかこれ?」


「それはな、部活に入ってないやつのリストだ!てことで後はよろしく!あっ、後なー、管理が面倒だから部員はお前とあと一人いればいいからな、頑張れよ!」


そう無責任な言葉を残して山下は職員室へと戻って行った。残された俺は一連の出来事に混乱したまま下駄箱の横で呆ける事しか出来なかった。


「…とりあえず今日は帰るか」


嫌な事は先延ばしにする癖がある俺はそう小さく呟くと、靴を履き替えて一人寂しく家へと帰ることにした。こうして俺の放送部としての学生生活がひっそりとスタートした。

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