第一章「Beginner」

@アイドルマスタング「なんだよ、結局投票操作かよ。絶対うちのナナちゃんが選ばれるべきだっただろ(#^ω^)」

@Minachan1999「投票の意味なくない? こんな不正まがいのことするなんて、番組が台無しじゃん。他の子たちにも失礼すぎる。」

@Dragon_チートデイ「彩月って誰?レベルで分からんメンバー出してくるのやめてくれ。めちゃくちゃ地味やん。」


    ***


「さあ!ここがあなたたち『N3bul4』の6人が一緒に暮らすことになる宿舎よ!すごいでしょ?」

宿舎に案内した女性は、飄々とした態度で自己紹介した。「甲斐」と名乗ったそのマネージャーは、20代後半にしては幼く、スーツを着崩した姿が印象的だ。まるで、私たちの緊張など意に介さないかのように明るく話す彼女は、お調子者のように見えるが、何とも掴みどころがない。

「オーディションの時にも自己紹介をしているだろうけど、改めてグループで活動してもらうわけだし、軽く挨拶していこうか。さ、誰から始める?」

真っ先に手を挙げたのは日向だった。

「佐伯日向です。改めてよろしくお願いします!アイドルになることを夢見てこのオーディションに参加しました。何度も何度もオーディションを受けて、小さい頃からアイドルになるのが夢で、このオーディションに全力で挑みました。今まで何度も落ちて、もうこれが最後だって覚悟してたんです。でも、選んでもらえた。だから、ここからが本当のスタートだと思っています!だからこそ、ファンの皆にお返しできるよう、努力していきたいです!」

まさにアイドル然とした挨拶だった。だけど焦りも見える。何かは分からないけど、生き急いでいるようにも感じられるものだった。

「次は私が。改めまして、綾瀬美南です。過去にアイドルグループに参加していましたが、新人のつもりで頑張ります。皆も先輩と思わず、気軽に接してね!オーディションの時みたいにみーちゃんって呼んでね!」

柔らかな笑顔の裏に、過去のグループ活動での失敗を繰り返したくないという決意にも似たようなものが見える。

「高崎楓花。改めてよろしく。デビューするからと言っても、それぞれが努力し、自分の道を切り開くべきだっていう考えは変わっていない。グループで活動するのも、私にはそれがすべてだとは思わない。でも当然、手は抜かない。私なりのベストを尽くすだけ。」

その言葉には、彼女自身の強い信念がにじみ出ていた。誰かに頼らず、自分の力で成功を掴むという意志。一貫していた彼女の姿勢だ。だが、その冷徹な態度の奥には、どこか不安定さも見え隠れしていた。

「神栖莉菜です。小さなことからコツコツと。落ち着いて頑張っていこうと思います。よろしくお願いします。」

オーディションでも緊張する姿を見せず、常に隙を見せない態度で取り組んできた姿が評価されてきた。あまり感情が出ず、どこか他人と壁があるようにも感じられる。

「壬生雫…よろしく…」

わずかに伏せた視線。短い挨拶は、どこか不安げで、小さな声がかき消えそうだった。彼女はオーディションの間、いつも端に立ち、まるで存在感を消すように振る舞っていた。周りの候補者たちも、彼女に話しかけることはほとんどなかった。誰にも気づかれず、ただそこにいるだけのように見えた。

だが、ひとたびスポットライトの下に立つと、その姿は一変する。まるで別人のように輝きを放ち、観客を魅了するアイドルへと化けるのだ。

だが、その変化を本人がどう捉えているのかは、誰にも分からなかった。彼女自身、その答えをまだ見つけられていないのかもしれない。

「最後、彩月!挨拶してね。」

甲斐は私の肩をどんと叩き、5人の前に突き出した。

「えっと、三郷彩月です。皆さんとは違い、視聴者投票ではなく審査員枠から選ばれました。皆にとって私は嫌な存在かもしれません。でも、ここにいる以上精一杯のことをします。頑張らせてください。」

ひきつった笑顔だったと思う。とにかく、自分が何かを悟られないよう必死になっていた。

ここにいる意味を、価値を、証明するために。


「はい、ということで挨拶はこれで終わり!デビューに向けて皆はこれから一緒に住んでもらうことになるんだけど、全員がおんなじ部屋っていうのもなかなか難しくてね。部屋割りをしました!1号室が美南と楓花、2号室が莉菜と雫、3号室が日向と彩月にしてみました。どう?いい感じじゃない?」

ニヤニヤと自画自賛をする甲斐をよそに、相部屋になるメンバーと顔を見合わせる。この振り分けが正しいのかどうか、まだ、誰にも分からない。だけど私たちは確実に、グループとしての一歩目を踏み出した。


     ***


「私料理できるよ!おいしいよ!作らせて!つーくーらーせーてー!」

「うるさい!私が準備するから黙ってろ!」

「ねえ、挨拶のフレーズを考えてみたんだけど、こんなのはどうかしら。『星のようにキラキラ輝いて、みんなの夜空を照らします☆ あなたの一番星、N3bul4で~す☆』」

「みーちゃん。古い。今のアイドルには不相応なキャッチコピーです。」

「あ、あの、、、」

それぞれが勝手に動き回り、夕食の準備は一向に進まない。楓花は黙々と野菜を切り続け、日向は道具をあちこちに散らかしながら張り切っている。テーブルの上は、使いかけの調味料や切ったばかりの野菜で散らかっていた。

「もう、これどうしたらいいんだろ……」

彩月は一歩引いて全体を見回した。状況をなんとかしなければ、いつまでたっても食事にはありつけそうにない。

 「あの!ごはん、作りませんか!」

 私の声がリビング全体に響き、賑やかだった空間が一瞬で静まり返った。全員が驚いたようにこちらを見つめる。

 「そう、ね。やりましょ。このままじゃ何も終わらないものね。ごめんね、早とちりしてデビューしてからの事ばっかり考えちゃってた。」

 美南のその一言に、静寂に包まれた場の空気が和らいだ。

 「美南さん、ありがとうございます。皆さんも、夕ご飯何にするか決めましょう。」

彩月がそう言うと、日向が目を輝かせて手を挙げる。

「じゃあ、カレーにしよう! 私、カレー得意だから!」

 日向に対してじっと睨みつけるような楓花。

 その様子に、私は小さく息をつく。でも、少しずつだが、何かが形になり始めた気がする。

「じゃあ、日向さんはカレーを作ってもらってもいいですか。楓花さんはそのまま野菜を切ってください。美南さんと雫さんは、テーブルの準備をしてくれますか?」

 私は自然に指示を出しながら、みんなの反応を見守る。

 「私は?」と、莉菜が少しだけ笑みを浮かべて尋ねる。

「莉菜さんは……味見係で。」

 「不本意。でも分かった。」

 初めての一体感。それぞれが少しずつ役割をこなし、夕食の準備が進んでいく。キッチンからは包丁の音と日向の鼻歌が聞こえ、テーブルの上には徐々に食器が並べられていく。

 いつの間にか、バラバラだった私たちの動きが、少しずつ一つのリズムを奏で始めていた。

 鍋いっぱいに仕上がったカレーの香りが、部屋中に漂う。湯気が立ち上り、食欲をそそる。


「これ、美味しそう。」

 楓花がぼそりと呟く。

「ふふん、そうでしょ?もっと褒めてくれてもいいんだよう?」と、日向が得意げに笑う。

 スプーンを手に取り、みんなで一斉にカレーを口に運ぶ。温かくて、少しだけ甘い――それが私たちの最初の夕食だった。

 このカレーの味が、ずっと心に残るような気がした。

  

     ***

 

 「甲斐、6人の様子はどうだ?」

プロデューサーの南部の低く、落ち着いた声が静かな部屋に響く。ソファに深く腰を下ろしながら、ゆっくりと甲斐を見つめた。その視線には冷静さと同時に鋭い期待が宿っている。

「ええ、まだバラバラですが……少しずつ形になり始めています。個性が強い子たちばかりですから、すぐにはまとまらないだろうと思っていましたが、今日の夕食で動きが見えました。」

南部は視線を落とし、静かに頷いた。

「そうか。初日としては、まずまずだな。……で、チームの柱は?」

甲斐は少し間を置いてから答えた。

「まだ、はっきりとした形にはなっていません。ただ……予想通り、三郷がその役を担うと思います。」

「やはり、そうか。」

口元が微かに動く。だが、それは笑みではなく、確信に近いものだった。

「今日の夕食も、彩月がきっかけでまとまり始めました。他の子たちが好き勝手やっていたところに、彼女が声を上げたんです。その瞬間、全体がひとつに繋がりました。」

甲斐はその光景を思い返しながら話した。

「強い子です。自分がどう見られているかを意識しながらも、前に進む力を持っています。」

深く頷く南部。その仕草には、責任者としての重みが感じられる。

「選んだのは間違いじゃなかったな。」

「そう思います。ただし……彼女に負担をかけすぎないよう気をつけなければなりません。審査員枠で選ばれたことに対する批判もありますし、彩月自身、そのことを深く意識しているようです。自分の存在価値を証明しようと、無理をしないか心配です。」

南部は静かに目を閉じ、短く息をついた。

「わかっている。だが、それも含めて彼女を選んだ。」

彼はどこか遠くを見つめるように言葉を継いだ。

「これから彼女たちは、もう普通の人生を歩むことはできない。成功の重圧、そして失敗の恐怖――それらは一生ついて回る。それを乗り越えさせるために、我々は必要なんだ。」

甲斐はその言葉を聞き、無意識に拳を握りしめた。冷たく強いその拳には、彼女たちの未来を守る覚悟が込められていた。

「引き続き、私が責任を持って見守ります。」

甲斐の声は静かだが、力強かった。

「頼んだぞ、甲斐。」

甲斐はゆっくりと立ち上がり、静かに部屋を後にした。扉が閉まる音が、静寂の中に響いた。

 

     ***


「はあ、美味しかったね!」

後片付けを終え、二人の部屋に戻るなり、日向は明るい声でそう言った。

しかし、彩月から返事はなかった。彩月はスマホの画面に目を固定したまま、硬直したように立ち尽くしていた。手のひらがじっとりと汗ばみ、指先が小刻みに震えるのを止められなかった。画面には彩月を否定する声が流れていた。

何かを掴もうとするようにスマホを握りしめたが、その書き込みはあまりにも無常で、痛かった。

「そうだよね……私は、いない方がよかったんだ。」

彩月は声を押し殺すように呟く。

「なんで私が…審査員枠でなんて。それも、あんなに順位の低かった私が選ばれるなんて、おかしいよ……」

彼女の声は次第に震え、心の中の不安が言葉となって漏れ出していく。

「さっきもさ……なんで私、あんなふうにリーダーみたいなこと、しちゃったんだろう……?」

彩月は力なく笑おうとしたが、笑えなかった。

「……自分が嫌になりそう。」

「彩月ちゃん……」

日向が、心配そうに彼女の名前を呼んだ。しかし、その優しさは、彩月にとって今は重荷でしかなかった。

「日向さんは良いよね…。だって、みんなに望まれてアイドルになれたんだから!」

彩月はスマホを握りしめ、視線を落としたまま言葉を絞り出す。

「みんなだってそう。視聴者に選ばれて、堂々とこの場所にいられる。でも私は違う…。私は選ばれなかったんだ。審査員に拾われただけの、いらない人間なんだ……。」

彩月の声が次第に大きくなる。胸の中に積もっていた不安と自己否定が、言葉となって溢れ出す。

「やっぱり……私にはアイドルなんて、できない!」

最後の言葉は叫びのようだった。彩月自身も驚くほど大きな声だった。

胸の中でずっと押し殺していたものが、とうとう堰を切ったように噴き出した。

彩月はスマホをベッドに投げ出すと、部屋の扉を勢いよく開けた。

「彩月ちゃん、待って――!」

日向が呼びかけるが、彩月は振り向かない。


宿舎の冷たい夜風が、頬を打った。

私はそのまま、走り出した。

どこに向かうわけでもない。ただ、この場所から、今の自分から、逃げ出したかった。

何かに追われるように、足音だけが響く。

自分でも抑えられない、心の叫びと一緒に。

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ルミナス・ノート 秤 理 @Osamuthabalance

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