ルミナス・ノート

秤 理

プロローグ「透明な色」

まだ何者でもなかった私たちは、その一瞬で輝きだした。

ステージがせり上がる。幾千もの視線が一斉に私たちに注がれ、耳をつんざくような歓声が空間を震わせる。巨大なスクリーンに映し出された私たちの姿に、涙を流している人がいた。押し寄せる光と熱気が、容赦なく身体にまとわりついてくる。けれど、その圧倒的な感覚は不快どころか、奇妙に心地よかった。まるで、今までどこにもなかった自分が、ここで初めて存在を許されたような感覚。

 

「We Are N3bul4!!!」

 

 全力の叫びをオーディエンスに叩きつける。耳元で音が爆ぜるような歓声が巻き起こり、狂ったように私たちは踊り、歌った。ステージの上で何が起きていたのか、今となってはほとんど覚えていない。ただ、気がつけば大歓声に包まれて、幕が降りる瞬間だった。

 人生が変わった、と心のどこかで思った。

 舞台袖で待っていた人たちが私たちを取り囲み、手を取り合い、笑顔で握手を求めてくる。泣きながら抱きしめてくる者もいた。状況がまったく把握できないまま、それでも私たちを包む空気はただ優しく、温かかった。負の感情は、どこにも見当たらない。


 そうか、私たちは「アイドル」になったんだ。

 求められる人間になったんだ。

 その瞬間、確かにそう感じた。


***

 

 「The Rising」。それは、数千人もの少女たちが、たった6枚のチケットを手にするために熾烈な争いを繰り広げるオーディション番組だ。視聴者による投票で選ばれた6人が、アイドルグループとしてのデビューを約束される――まさに夢のような番組。だが、その夢を掴むためには、他者を打ち負かさなければならない。個性がぶつかり合い、敗れた者たちは次々と脱落していく。残酷だが、美しい成長譚。

今日がその最終章である。新たなアイドルが生まれるその日である。

 「それでは、通過者を発表していきます。」

司会の何某とかいうタレントが淡々と合格者を発表していく。

 「佐伯日向、綾瀬美南、高崎楓花、神栖莉菜、壬生雫。以上5名が視聴者投票を制し、栄えあるデビューへの道を掴みました!おめでとうございます!」

 だが、会場の拍手はまばらだった。期待と不安が混じり合った空気が漂う。発表されたのは5人――本来の枠から1人足りない。

 司会者が軽い口調で続ける。

 「そうそう。あと一人発表していませんね。もう一人は我々審査員が選出しました。三郷彩月!あなたが残りのメンバーです。改めて、以上の6人がグループとして活動するメンバーとなります。「N3bul4」の皆さん、全力で頑張ってください。」

 

会場の空気は一瞬止まり、次の瞬間には歓声が巻き起こった。それでも、その歓声の中にかすかな違和感が混じっていた。彩月は視聴者投票ではなく、審査員によって選ばれた。賛否両論の嵐が巻き起こることは想像に難くなかった。


 けれど、その瞬間、そんなことなんてどうでもよくなっていた。

 「N3bul4」のメンバーとして選ばれた。私たちにはそれがすべてだった。

 そう、思っていた。

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