第1-2 セレーナからのお願い
戦争が終結して半年が経った。魔族の国ノクターナ帝国は、勝者なき敗北感と混乱に包まれていた。かつての繁栄は影を潜め、城内の空気も重苦しい。各国からの賠償請求、関税による重い罰則、など様々な取り決めがようやく終結に向かった。
そんなある日、レオンは城の中庭に立ち尽くしていた。石畳の隙間から顔を出す小さな草花が、無情にも季節の移り変わりを告げている。彼は深く息を吐き、薄紅色の空を見上げた。
「やれやれ、面倒なことばかりだな」
彼の呟きは風に流され、どこかへ消えていった。普段から無気力そうな彼だが、その瞳にはいつになく深い憂いが宿っている。
戦争は終わった。しかし、それは何も解決していないことを理解していた。魔族内部では権力争いが激化し、次期魔王の座を巡る陰謀が渦巻いている。彼自身も四天王の一人として、その渦中に巻き込まれるのは時間の問題だった。
そう、魔族の王は世襲制ではないのだ。議会の推薦の元、数名で争うこととなっている。
遠くから足音が聞こえ、レオンは振り返った。そこには、冷静沈着な氷の魔女セリーナが立っていた。青い長髪が風になびき、その瞳はいつも以上に鋭い。
「レオン、ここにいたのね」
「どうした、セリーナ。また何か面倒なことでも起きたのか?」
彼は軽い調子で問いかけたが、セリーナの表情は深刻だった。
「ええ、実は重要な話があるの」
「ふむ、聞かせてくれ」
レオンは石のベンチに腰を下ろし、セリーナも隣に座った。周囲には誰もおらず、夕暮れの静寂が二人を包む。
「議会が次期魔王の選出を急いでいるわ。あなたにも候補として参加してほしいそうよ」
「俺が? 冗談だろ」
彼は眉をひそめ、苦笑いを浮かべた。
「いいえ、本気よ。あなたの力は誰もが認めているわ。古代文字を操れるのはあなただけだもの」
「面倒だな……俺はそういうのに興味はないんだが」
レオンは頭を掻きながら答えた。しかし、セリーナの視線は彼を逃がさない。
「でも、このまま放っておくと、もっと厄介なことになるわよ」
「どういう意味だ?」
「議会の一部が、自分たちの傀儡を魔王に据えようとしているの。もしそれが実現すれば、再び無謀な戦争が始まるかもしれない」
彼女の言葉に、レオンの表情が僅かに変わった。
「また戦争か……それは面倒だな」
「だから、あなたに立ち上がってほしいの。魔族を正しい道に導くために」
セリーナの瞳には強い意志が宿っていた。レオンはしばらく沈黙した後、小さく息を吐いた。
「まぁ、考んがえとくよ」
「そう言ってあなた、いつもはぐらかすんだから」
彼女は僅かに眉間に皺をよせ、困った表情を見せた。
「しかしな、俺が魔王ってがらじゃないの、知ってるだろう?」
「そうとも限らないわよ。少なくとも私は相応しいと思ってるもの」
彼の言葉に、セリーナは微笑みを浮かべ、立ち上がり、レオンに手を差し伸べた。
「ありがとう、レオン。これで少しは希望が見えてきたわ」
「はぁ・・・、結局やるしかないのか。ただし、俺が魔王になれるとは限らないぞ」
首と肩が同時に垂れ下がったポーズをとるレオン。
「それでも、あなたが参加してくれるだけで意味があるわ。これから忙しくなるわよ。準備を始めましょう」
「やれやれ、仕方ないな」
彼は手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
二人は中庭を後にし、城内へと向かった。廊下を歩きながら、セリーナは詳細を説明し始めた。
「試練は三つの段階に分かれているわ。まずは知力を試す試験。その次に武力を競う戦闘。そして最後に統率力を評価される」
「ずいぶんと手の込んだことをするんだな」
「ええ、でもそれだけ重要なことなの」
彼らが歩く先で、他の魔族たちが彼らに視線を向けていた。囁き声が聞こえる。
「レオン様が参加するらしいぞ」
「本当か? あの方で大丈夫なのか?」
「これと言って、良い戦果は挙げていないから、当て馬じゃないか?」
彼はそれに気づいていたが、特に反応はしなかった。
「ところで、他の候補者は誰なんだ?」
「議会が推す者たちが数名いるわ。それと、ロキも参加するらしい」
「ロキか……」
レオンは僅かに眉をひそめた。ロキは四天王の一人でありながら、何を考えているのか分からない人物だ。
「彼には気をつけて。何か裏があるかもしれないわ」
「分かってるさ」
彼らは訓練場の前で足を止めた。
「まずは体を鍛えておくべきね。あなたの武力は十分だけど、油断は禁物よ」
「まあ、少し動いてみるか」
レオンは訓練場に足を踏み入れた。そこでは若い魔族たちが汗を流していた。
「おお、レオン様!」
彼らは彼の登場に驚き、敬意を示した。
「気にせず続けてくれ」
レオンは軽く手を振り、剣を手に取った。適度な重さとバランスが手に馴染む。
「さて、どれだけ鈍っているか試してみるか」
彼は素早い動きで剣を振り始めた。流れるような動作は美しく、周囲の者たちを魅了した。
「さすがレオン様だ」
「こんなに優雅な剣技は見たことがない」
セリーナはその様子を見守りながら、彼の実力を再確認した。
(やはり彼しかいないわ)
彼女は心の中でそう呟いた。
訓練を終えたレオンは、汗を拭きながらセリーナに近づいた。
「少しは体がほぐれたよ」
「良かったわ。これから計画を立てましょう」
「ああ、頼む」
その後、二人は作戦室に向かい、今後のスケジュールや必要な準備について話し合った。
夜になり、レオンは自室に戻ってきた。窓の外には満月が浮かび、静かな光が部屋を照らしている。
彼は机に座り、深呼吸をした。
「さて、どうするかな」
彼は窓辺に立ち、夜空を見上げた。遠くに見える星々が、まるで彼に何かを語りかけているようだ。
「エリス……」
彼は小さく呟いた。彼女との思い出が次々と蘇る。
幼い頃、ルミナス公国で出会った金色の髪の少女。迷子になった彼を助けてくれた優しい笑顔。同じ師と共に学んだ色褪せることのない日々。そして、再会した戦場での彼女の凛とした姿。
「俺は何をすべきなんだろうな」
彼は自問自答した。しかし、答えはまだ見つからない。
翌朝、レオンは早くから行動を開始した。試練に向けての準備と、各種族との連携を図るためだ。
「まずはエルフ族の森に行ってみるか」
彼はかつて祖父と訪れたエルフの森を思い出した。そこには彼の知る魔法使いがいる。
城の門を出ると、グラドが待っていた。
「おい、レオン! どこに行くんだ?」
「ちょっと用事があってな」
グラドは不思議そうに首をかしげた。
「珍しいな。お前が自分から動くなんて」
「たまにはな」
レオンは軽く笑った。
「何か手伝えることはあるか?」
「いや、一人で大丈夫だ。お前は自分のやるべきことをやってくれ」
「そうか。まあ、何かあれば言ってくれよ」
「ああ、ありがとう」
レオンはそのまま城を後にした。
エルフの森へ向かう道中、彼は様々なことを考えていた。魔族の未来、自分の役割、そしてエリスとの関係。
「面倒だけど、やるしかないか」
彼は自分に言い聞かせるように呟いた。
エルフの森に足を踏み入れると、懐かしい香りが彼を包んだ。木漏れ日が差し込む美しい森は、戦争の影響を感じさせない。
「レオン、久しぶりだね」
穏やかな声が響き、彼は振り返った。そこには長老のエルフ、エルディンが立っていた。
「エルディン、元気そうだな」
「君も変わらないね。今日は何の用かな?」
「少し教えてほしいことがあってな」
エルディンは微笑み、彼を森の奥へと招いた。
「ゆっくり話そう。君が来てくれるとは嬉しいよ」
こうして、レオンの新たな挑戦が始まった。
魔王選で勝つために。
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