第10話 扉が開く時
馬車がリュミエルの自宅に到着した瞬間、セリスは、急いで自宅に駆け込んだ。
セリスは、部屋に入ると息を整える間もなく暖炉に手を伸ばした。冷えた部屋を温めるために、乾いた薪を積み上げて火を灯した。
徐々にと広がる炎の熱が部屋中に進んでいく温かい光が揺れる中、彼女は部屋中にあるタオルや枕、クッションをかき集め、慌ただしく部屋の準備に取りかかっていた。
「どうしましょ…どうしましょ…」
セリスの心の奥にある不安が重なり増幅し、思わずつぶやきが漏れる。
セリスは胸にこみ上げてくる焦りや不安を必死に抑えようとした。
これまで何度もそばで見てきた、リュミエルの凛とした姿が脳裏に浮かぶ。
しかし、今の自分にその力があるのかといえば、セリスにはその自信がなかった。
「とにかく、落ち着いて言われたものを準備をすることが今の私にできることだわ…」
セリスは深呼吸しながら、棚から飲み水の入ったカラフを取り出し、タオルを何枚も用意してリビングのテーブルにセッティングしていった。
その時、ふとある場所のことを思い出した。
──リュミエルの書斎のことだった。
リュミエルが生前大切にしていたその部屋には、古い知識がぎっしりと詰まっている。
しかし、その書斎には一度も入ったことがなかった。
書斎の扉はいつも鍵がかかっていて、リュミエルが大切に守り続けていた空間だったからだ。
「鍵…でも、リュミエルは私にその鍵の場所を教えてくれなかった。でも、今は…」
まるで導かれるように、セリスの心は書斎の扉へと向かっていた。
ドアに向かって一歩、そしてまた一歩。
手を伸ばしてドアノブに触れると、ひんやりとした金属の冷たさが指先にあった。
「…リュミエル、どうか助けて…」
小さくつぶやきながら、ノブをそっと回してみる。
「お願い、開いて…」
心の中で祈るように呟きながらドアノブを握り回すと、カチリと音を立てて扉は開いた。
「え…開いた!?」
書斎の中は、リュミエルが生きていた頃の空気がそのまま残っていたようだった。
壁の棚には古びた本や巻物が沢山並び、机の上には見たことのない道具が整然と並んでいた。
そこにはずっと封印されていたリュミエルの書斎が、静かに彼女を迎え入れていた。
「そうだ…予言を残したんだもの…ここにも絶対何かあるはず…」
セリスは書斎を歩きながら、目についたものをひとつひとつ観察した。
セリスはリュミエルがこの書斎を大切にしていたことを思い出しながら、ひとつひとつ目を向けていた。
壁に掛けられた古びた地図や、棚に並ぶ薬草の瓶、そして机の上に置かれた大きな革の鞄にセリスは目が行った。
「!!…これは…!!」
それは生前リュミエルが時々持ち歩いていた鞄だった。
セリスは確信した。
リュミエルが残したこの鞄に、何か特別な意味が込められているに違いないと。
彼女はそっと鞄を上げ、大切に抱きかかえる。
未来、否、今はミラ・リュミエル・クリスタと名を受け継いだ彼女のために、この鞄が何かの助けになるかもしれないと感じていた。
セリスは生前、リュミエルは幾度も妊婦を自宅で助けていたことがあったのを思い出した。
セリスは直接リュミエルが助けているところを目撃したり、手伝ったりしたことは無かった。
しかし、毎日リュミエルが昼食の時間になると、笑顔で出産について語っていたのをセリスは思い出した。
「出産があった前後は、リュミエルはこの鞄を持っていた気がする…これはきっと今必要なものかも…」
_______________
セリスがキッチンで昼食のスープを温め直していた時、リュミエルがいつもにこやかに部屋に入ってきて、笑顔で出産について語っていた。
リュミエルの顔には、いつも新しい命と向き合ったような、充実感が充満していた。
「セリス、聞いてくれるかい?今日も新しい命が生まれたんだ」
リュミエルは椅子に座ると、そう言って語り始める。
「リュミエル、またあなたはお産に立ち会ったのですね」
セリスは微笑み、スープの入った器をリュミエルの前に差し出しました。
「あぁ、そうなんだ。なかなか大変だったが、無事に赤子はお母さんと一緒だ。産声が聞こえた瞬間の、これ以上の喜びはないなぁ」
リュミエルはそう笑った。
「お産って…やっぱり、大変なんですね」
セリスはその時ふと思った疑問を口にした。
「ああ、命を産むということは大変なことだ。母も、大きな危険と隣り合わせだ。でも、だからこそ傍で寄り添ってサポートする者が必要なんだ」
セリスはリュミエルの言葉に深く心が動いた気がしたのを覚えている。
そして、セリスはリュミエルのように人を癒し、支えられるヒーラーになりたいと強く憧れを抱いたのである。
_________
リュミエルの言葉が、今も思い出される。セリスは胸の奥が少し熱くなるのを感じながら、革の鞄を握り締めた。
「セリス、人が痛みや不安を感じているとき、一番必要なのは安心できる場所だ。完璧にすべての傷を癒せなくても、心を落ち着かせてそばで寄り添っているだけで全然違うんだよ」
そう言いながら、リュミエルはよくこの書斎の机に座り、自分が編み出した魔法薬や薬草の資料を、真剣に、しかし優しい眼差しで見つめていた。
セリスはリュミエルの言葉の意味が少しずつ理解できるようになっていた。
「はっ!何をぼーっとしてるんでしょう!急いで戻らないと!」
セリスは鞄を握りしめながら、走ってミラやマリーナがいる部屋に向かっていった。
もしあなたが異世界で生まれたら みるく @milk_novel
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