第9話 ミラの覚悟

ミラの心臓が一気に鼓動を速めた。 奥から女性が一定の感覚で苦しんでいる様子に、助産師としての経験が呼び覚まされ、緊張感が全身に走る。


「この感じ、見覚えがすごいある・・・」


店内の奥にいる女性のところへ男性商人は取り乱しながら向かっていった。

その男性を追っていったセリスは、奥の部屋でもがき苦しみながら蹲っている女性をみて、部屋の入口で立ち止まってしまっていた。


後から追いついたミラは、冷静になって心の中で深呼吸を繰り返した。


セリスは目の前で起こっている状況に混乱し、動けなくなっていた。


「これは大変!どうしましょう!彼女はに一体何が起きているのでしょう?」


「セリスさん、落ち着いてください。深呼吸をして。私が一旦この方を診てみますから」


ミラはセリスの肩に手を置いて、優しく声をかけた。


セリスは一瞬目を開いてミラを見て、ミラの落ち着いた声に少しずつ落ちつきを取り戻していった。


「…分かりました、ありがとうございます」


セリスは小さく聞いて、少しだけ落ち着いて考えました。


ミラは、心臓の鼓動を抑えながら床に蹲っている女性の傍に寄っていった。


女性は下腹部を抑えながら、深呼吸しながらも定期的に痛みが腹部・腰部に襲ってく症状に耐えていた。

この女性が妊娠しており、陣痛が始まっていることはどうみても間違いなかった。


「ちょっと、お腹の方を見せてください。念のため触らせて頂きますね」


ミラはそう言って、女性のお腹を両手で触り、触診した。

ミラが女性のお腹に手を当てると、腹部の中から何かが反応してミラの手を蹴ってくる。


((やっぱり、どうみてもこれは妊娠している。しっかり赤ちゃんも動いている。よかった。お腹の大きさ的に臨月・・・36週か37週はいっているだろう))


「大丈夫ですか?奥様のお名前は?それと、今、妊娠何か月くらいかわかりますか?」


ミラは女性に問いかけた。


「ま、マリーナと申します。・・・うぅっ」


男性商人は少し驚いた表情で立ち止まっていた。


「マリーナ・カーディスです。マリーナは確かに赤子を授かってはいたけど、妊娠何か月って、どういう意味ですか?」


男性商人は不安げな表情でミラに尋ねた。


ミラは産気づいているマリーナに目を向けた。

額には汗が滲み、表情はまだ余裕はありそうだったが、陣痛が来るたびに苦痛で顔が歪む。目の奥には必死の光が宿っていた。


ミラはカーディスの受け答えに一瞬驚いたが、この世界では妊娠の知識が発達していないということを瞬時に理解した。


「カーディスさん、まずは一旦落ち着いてください。奥様は産気づいているだけですから」


ミラは落ち着いた口調で男性商人であるカーディスに説明する。


「奥様の体調を確認して、少しでも楽にしてあげられるように手を貸しますね。近くに助産所や病院はございますか?」


「ジョサ・・・イン?とはなんでしょう?初めてのことで何もかも解らなくて」


「助産所とは、身ごもった女性が子供を産む場所です」


「なっ。そんな場所聴いたことないぞ・・・どうすればいいですか?」


「・・・・そうですか。そしたら、どこか彼女が安心してお子さんを産める安全な場所を探さないといけませんね」


「い、いまからですか?!」


カーディスは驚きながらも慌てて困惑している様子だった。


「うっ・・・また痛い。誰か・・・」


マリーナがまた陣痛が来たタイミングで苦しそうに助けを求める。


((とにかく、今はマリーナさんを助けなくては。手段は場所、細かいことは選んでいられない))


ミラは急いでマリーナのそばまで歩み寄った。


「マリーナさん、私はミラといいます。大丈夫ですよ。あなたを助けるためにここにいますよ。」


ミラはマリーナの傍で優しく声かけをして、彼女の腰をそっとさすりながら深く呼吸をするように誘導した。。


「…はぁ…はぁ…助けて…」


マリーナの声は苦しげだったが、みくるの手の温もりに触れると、少しだけ安堵の表情が浮かんだ。


「大丈夫です。痛みの波がきたら、私の声に合わせてゆっくり息を吸って、ゆっくり溜息をつくように吐いてみましょう。そうすることで少しでも痛みが和らぐはずです」


ミラはそう声をかけて誘導しながら、マリーナの状況を客観的に観察して把握しはじめていた。


((これは1回内診してみないと正確にはいえないけど、進んできそうだなぁ・・・早く安全なところへ移動しないと))


その様子を見て、セリスは少しずつ落ち着いて、ミラのそばで自分が何ができるのか考えていた。


カーディスは妻の手を握り締めながらも、ミラの落ち着いた対応に少しずつ安堵の表情を浮かべていた。


「大丈夫だよ、マリーナ。この人がいてくれるから安心して」


カーディスは妻に優しく語りかけ、妻も少しずつ落ち着いてじっくりとしていました。


マリーナの陣痛が一旦引き、落ち着いたタイミングで、ミラは落ち着いた声でセリスとカーディスに指示を出し始めた。

ミラは セリスに目配せしながら言葉をかけた。


「セリスさん、このお二人を連れて急いで自宅へ戻りましょう。あそこの客間ならマリーナさんが子供を産むための十分なスペースがありますし、マリーナさんにとっても少しでも安心できる場所になると思います。」


「は、はい。わかりました」


「あなた、、きっと子が産まれるわ。以前伝えた、あの方、3番通りのリュミエルさんのところに・・・うっ」


マリーナがそうカーディスに伝えた瞬間また再度陣痛がやってきて、痛みがマリーナを襲う。


「ミラ、私もよく解りませんが、出産ということでしたらうち(リュミエルの家)に連れていきましょう。もしかしたらマリーナさんは以前からリュミエルと連絡をとっていたのかもしれません」


「え?うちの妻をどこに連れて行くんです?」


「カーディスさん、私たちはリュミエルの後継者です。マリーナさんが言うとおり、今からマリーナさんをうちに連れていって、お子様が産まれるまで様子をみさせていただきます。急いでください!」


ミラはカーディスに向かって急いで答えた。


「え!あのリュミエルさんの!?そういうことなら今日は店を閉めて、急がないと!!うちのマリーナが危険だ!!」


カーディスは一瞬動揺したが、ミラの冷静な指示に導かれてすぐに行動をとった。


彼は店の外に出て馬車の手配を近隣の住民に依頼した。数分して立派な馬車が店先に到着した。


カーディスは場所のドアを急いで開けて、ミラたちを手招きする。


「準備ができたぞ!さあ早く乗って!」


ミラはセリスと協力し、マリーナが途中で転ばないように二人で身体を支えながら、マリーナを馬車に慎重に乗せた。


「3人とも乗りましたか?いそぎましょう!!」


カーディスはそう言って、手綱をしっかりと握り締め、前方に向かって声を張り上げた。


「頼むぞ!いけ!!」


その声とともに、手にした鞭で馬の脇腹を軽く叩く。 馬はその刺激に反応して大きく鼻息を鳴らし、蹄で地面を力強く蹴り上げて走り出した。


カーディスは時折手綱を調整しながら、馬車が揺れすぎないように細心の注意を払って、できる限り速く進めようと馬を励ましていった。


「いいぞ、その調子だ!少しスピードを上げて!」


彼は馬に語りかけるようにかけながら、リズミカルに手綱を緩めたり緩めたりして、道の段差を越えるたびに安定した運転を心がけていた。


馬の息遣いがどんどん速くなり、車輪が砂利を蹴り上げて軋む中、カーディスの額にも汗が滲んでいたが、その目は真剣だった。


「マリーナ、もう少しだ!」


カーディスは振り返りながら、後部座席で必死に頑張っている妻に声をかけた。必死に痛みに耐えていた。


馬車は風を切るように疾走し、木々の間を縫うように進んでいく。カーディスは振動や揺れに注意を払いながら、全力で馬を操り、リュミエルの家を目指して走り続けた。


馬車に乗ってからは、彼女が少しでも快適な姿勢で座れるよう、セリスが店の奥から探してもってきたクッションなどで体勢を整える。ミラはマリーナをサポートしながら、セリスへ話しかける。


「セリスさん、カーディスさんの自宅に到着したら、まずはタオルや水、温かい布、それでできれば柔らかい布団を急いで準備してもらえますか?呼吸を楽にするために枕やクッションなどいくつかあると助かります」


セリスはその言葉にうなずき、

「分かりました。到着したらすぐに準備しますね」と、真剣な顔で応じた。


馬車が動き出すと、みくるはマリーナのそばに座り、彼女の腰をそっとさすりながら呼吸法を指導し始めました。


「マリーナさん、大丈夫です。少しずつ痛みを感じるために、私が腰を摩っていますね。息をゆっくり吸って…そして長く吐いていくのを繰り返しましょう」


マリーナは顔をしかめながらも、みくるの落ち着いた声に合わせて呼吸を整えようとする。

彼女が痛みをこらえるたびに、みくるは優しく腰をさすり、安心させるようにリズムをとりながら声をかけ続けた。


「はい、吸って…そしてゆっくり吐いて。いいですよ、リズムを感じながら、ゆっくり力を抜いて・・・」


マリーナの表情が少し和らぎ、みくるの手の温もりと落ち着いた声に助けられて、彼女の呼吸も徐々に安定してきた。


「がんばれ、マリーナ!」


カーディスが前方で馬車を一生懸命走らせながら、少し盛り上がる声でマリーナに言葉をかけた。


マリーナもその言葉に小さくうなずき、ミラが腰をさすりながら指導する呼吸法を続けた。

ミラはそんな二人の様子に胸を熱くしながらも、自分が異世界で少しでも助産師として支えられることにベストを尽くそうと感じていた。


馬車がリュミエルの自宅へと到着すると、セリスは真っ先に馬車から降り、猛ダッシュした。


セリスは先に部屋の中へ入って、部屋中の灯りをつけながらマリーナの分娩に必要なものを準備しに走り回っていった。


ミラはカーディスと協力しながら、マリーナをリュミエルの自宅の客間へと案内した。


「マリーナさん、深呼吸しながら私たちに掴まって歩きましょうね。ゆっくりで大丈夫ですよ」


マリーナも苦しげにうなずきながら、ミラの手を借りて少しずつ歩みを進め、客間のベッドに腰掛けた。


その後、ミラはマリーナが楽に姿勢を保てるように、クッションや布団を使ってサポートし、彼女がリラックスできる姿勢を整えた。


セリスもミラの指示に従って、部屋の温度を適温に設定し、バスタオルや温かい飲み物を準備して部屋に運んできた。 セリスはまたすぐに他の部屋から必要なものを探しに走り去っていた。


カーディスは妻のためにどうすればいいのか解らず、ただ部屋の片隅で落ち着いてうろうろと歩き回っていた。


「カーディスさん、もう大丈夫ですよ」


みくるは穏やかに声をかけ、彼の肩に軽く手を置いて声をかけた。


「マリーナさんのそばにいて、手を握ったり、腰を摩ったりしながら、応援してあげてくださいね」


カーディスは一瞬驚いたような顔をして、ミラの言葉にうなずき、妻のマリーナのそばに寄り添った。


そして、そっと彼女の手を握り、少し緊張しながらも優しい声で言った。


「マリーナ、俺がここにいるからな。何があってもお前のそばにいるよ。」


マリーナはその言葉に少し安堵したように微笑んだが、痛みがまた彼女を襲い、表情を歪めた。


「マリーナさん、痛みの波が来るときは、深い息を吸って、ゆっくりと吐き出しましょう。カーディスさんも一緒に呼吸を合わせてみてください。」


二人がミラの言葉に従ってゆっくりと息を整え始め、少しずつリズムをつかんでいると、マリーナの表情が少し落ち着いてきた。


ミラはその様子を見守りながらも、タオルや水などをもう一度確認し、必要なものが手元に揃っていることを確認していっていた。


「大丈夫、マリーナさん。今、あなたはとても頑張っています。ここはセリスさんも私もしっかり支えますから、どうか安心してくださいくださいね」


ミラの温かい言葉とともに、マリーナの中にある不安が少しずつ和らぎ、彼女は痛みに耐えながらも心強さを感じているようだった。


カーディスも彼女の手でしっかりと握り、みくるとセリスのサポートを信じて、妻とともにこの時間を乗り越える決意を新たにしているようだった。



((さて・・・あとは臍帯尖刀(臍帯を切断するもの)やコッヘルやペアン、ガーゼがあれば完璧なんだけど・・・それに見合ったものをセリスさんが探しだせるだろうか・・・・。最悪あるものでなんとか代用できるように私も探さないと・・・))



ミラはマリーナの子供を適切に取り上げる(分娩介助)するための準備を着々と進めていった。


ミラが元いた世界の医療機器のようなものはこちらの異世界には全くなく、正直足らない物ばかりだったが、この異世界に有る物だけで、なんとか安全に分娩介助するようにベスト尽くすことしかミラには選択はなかった。


ミラは覚悟を決めるしかなかった。






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