食料の自動増殖がいま問題

ちびまるフォイ

過ぎたるは及ばざるがごとし

最初に気付いたのは農家だった。


「なあおい。あの鶏……前もいなかったか?」


「いやね、あなた。鶏なんてどれも同じよ。

 うちで何匹飼育していると思ってるの」


「いやちがうんだ。あのトサカが特徴的で覚えていたんだよ」


「気のせいよ」


気のせいなんかではなく、出荷後も再び鶏は誕生する。

何度も何度もまるでクローンのように。


「やっぱりあのトサカだ。ほら写真と全く同じ」


「そうだけど……。このトサカ鶏、1匹じゃないわよ」


「え?」


「あっちにも、こっちにも……な、なんで!?」


鶏は卵を生むことなく、同じ個体が増殖していた。

ひなを経由して成長するのではなく、分裂して2匹に増える。


この奇怪な現象はこの農家だけでなかった。


「うちのウシも同じだ!」

「豚も増えてる!」


各地で分裂増殖がいくつも報告されると、

地元のニュースではこの現象を大歓迎した。


「すばらしいニュースです。食糧問題の解決です。

 この地区では家畜が増殖するという不思議な現象が報告されています。

 

 出荷しきれない家畜は貧困国へと輸出され、

 世界各国のあらゆる飢餓を撲滅してくれるでしょう!」


家畜を輸送中も分裂して増えていくので、

船や飛行機で運ぶ前とあとで数が異なることは

多くの関所を困らせる珍事となった。


増殖が報告されてから数年。

世界から食糧問題がすべて解決されると、

今度はゴミ問題がさらに悪化した。


各国の偉い人たちはこの問題ですっかり寂しくなった頭皮を撫でつけては会議を繰り返す。


「むう……。やはりこのゴミ問題か……」


「いまや食料がありあまりすぎて、食べずに捨てることすらある」


「フードロスによるゴミ捨て場も限界だ。

 宇宙に捨てたり海に捨てたりしてももう場所がない」


「いっそ火山にでも捨てるか」

「それはもうやった。そして火山が埋まった」

「げっ……」


「問題はゴミではあるが、おおもとは食料の過剰供給だ。

 適正な量を供給できていれば問題ないだろう」


「しかし……。食料が勝手に増殖するのだろう?」


「だったら適正な数になるまで殺せばよい。

 個体数が一定以上になったら殺せば過剰供給にならないだろう」


「そうするか」


こうして家畜保有量が決められた。

必要以上の食料は輸出が禁じられてしまう。


増殖する家畜たちの世話を仕事にしている人たちは、

厳格な数量制限に心をいためた。


「すまんなぁ……せめて苦しまずに殺してやるからな」


「コケーッ」


プレス機で個体数以上の鶏をぶっ潰す。

そしてプレス機を上げて出てきたのはぺちゃんこのナニカ。


おせんべい状になったナニカだったが、

ぷるぷると震えだし新たな個体を増殖させた。


「し、死んでるのに増殖する!?」


ぺちゃんこのものから増殖した個体は元気な鶏。

ただひとつ増殖前とちがう点がある。


人間への敵意だった。


「コケーーッ!!!」


「うわあああ!!」


増殖前の痛みや記憶が残っているのか。

増殖した新個体は人間を襲う事件がそこかしこで頻発。


闘牛のウシが分裂してマタドールを

全員八つ裂きにする事件はとくにショッキングだった。


人の管理が行き届かなくなった農場や牧地は

まるで家畜の楽園となりあっというまに草は刈られ尽くした。


食料を食い尽くした動物が辿り着く先はひとつ。

人里だった。


「ブモォーー!!」


「きゃああーー! やめてーー!」


「ブヒーーッ!!」


「痛い痛い!!」


舗装された道路を堂々と歩き、都会へと進出してくる。

警察が出動し銃で撃ち殺しても死体から増殖して歩みを止めない。


「に、逃げろーー!!」


動物には命乞いも話し合いも通じない。

ただ食料を求めて扉をやぶり、窓を破壊し、人間を襲う。


それでも食料にありつけなくなると今度は人間を食い始めた。


いくつかの国では国境沿いにバリケードを作ったりし

動物の侵入を拒んだりしてみたが、内部にいた増殖個体により破滅。


海に逃げれば増殖個体の魚やサメに襲われてしまい

もはや人間の居住地はどこにもなくなった。


人類の80%が食い尽くされ、森は丸裸にされたとき。


一人の科学者は禁断の研究を進めた。


「博士! すぐそばまでクマの増殖個体が来ています!」


「もう少しだ。もう少しで増殖の薬ができる……」


「クマが来たら死んじゃいますよ!!」


「人間も増殖すれば問題ない」


「は、博士……? まさか……」


「このままでは人間は終わりだ。

 だから増殖して人類の文明をつなぎとめるのが指名だ」


「そんなこと……許されないですよ!」


「バカもの! これまでの人類の文明が!

 叡智の結晶が! あんな家畜に蹂躙されるんだぞ!?

 モナリザの絵画がヤギに食われるのを見たいのか!」


「それでも! 人類の増殖は命へのぼうとくです!」


「いいや! 命を絶やすことのほうがぼうとくだ!」


揉めていると強化ガラスをぶちやぶり、

腹をすかせたヒグマが増殖しながら研究室にやってくる。


鋭い嗅覚ではどこに隠れてもすぐバレるだろう。


「博士! 手を離してください!」


「どのみち私たちは死ぬ!!

 はやく増殖の薬をあびて、この研究を後世に……」


「させるかーー!」


増殖薬を手に取ったした博士の手を遮る。

その拍子で薬は排水口の格子をすりぬけて下水へと落ちていった。


「ああ! なんてことを!!」


「いいんです博士……。人間の増殖なんて禁忌ですから」


その後、増殖の薬は下水に流され岸辺に漂着すると

中身の薬が大地へと吸い込まれて消えた。




一方で、このような地球の事態に宇宙飛行士たちは気づいていなかった。


宇宙での活動を終えて地球に戻るときだった。


「最近、地球からの通信ぜんぜん来てないけど

 いまどんなことになってるんだろうな」


「まあ戻ればわかるよ。

 さあ、愛しの青い大地へと戻ろうじゃないか」


シャトルは宇宙に向けて航行をはじめた。

宇宙船の窓に地球が見える。


「見えたぞ。我らの愛すべき母星だ!」


「おお本当だ!」


テンションが上がるクルーたち。

しかし、ひとつだけ違和感があった。




「……なんか、地球増殖してない?」




窓から見える増殖を得た地球は

こうしている間にもその数を増やし続けていた。

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