第7話

次の日、道満は相変わらずほかに客もいないカフェの片隅に清彰を呼び出し、任務の報告を行った。


「……ってわけで、もうあいつらも出てこないだろ」


 道満はポケットから霊符に包んだ石を出し、机の上にころんと置いた。彼らが消えた後も、その石は変わらず強い霊力を持ち続けており、道満の力でもそれをすべて封じ込めることはできなかった。


「これは早めにあるべきところへ返しとけ。できる限り封じてはいるが、力は僅かに溢れている。強い力は災いを呼ぶからな」

「わかったよ。ありがとう、道満。いつも通り、報酬は振り込んでおくように伝えておくよ」


 清彰は鞄から巾着を取り出し、石をその中に入れた。


 それを見ながら、道満はふと、昨夜の亡霊の言葉を思い出す。


「……なあ、清彰。お前、今をどう思う」

「ん? どういう事?」

「幽霊、妖怪、それから神。そういうものは確かにこの世に存在している。だけど、この時代の人間は、彼らの事を忘れかけているだろう」


 それにより消えてしまった末路わぬものたち。あの亡霊たちは、自分たちが死後も戦い続けることで勝利を手にすることで、彼らが帰って来ると信じていたが、それは違う。一度消えてしまった彼らは、二度と戻ってくることはないのだ。


 人と異形。彼らの間に立ち、両者を守るのが陰陽師。特に安倍晴明は、人間と同じくらいに魑魅魍魎の事も大切に思っていた。彼が令和の時代を知れば、間違いなく悲しむに違いない。想像するだけで苛立つけれど。


「お前らは、晴明の子孫なんだろ? 現状をどう思ってる?」

「……今の僕らには、どうすることもできないね」


 清彰はコーヒーを飲みながら静かに語る。いつもは感情のないその顔に、諦めと悔恨の色が浮かんでいた。


「できる事があるとすれば、それはきっと自分たちだけでも彼らを覚えておくことだろうね。死した後にも、彼らの為に戦う事じゃない」

「……それは」


 道満が口を開こうとしたとき、清彰のスマホからメールの着信を告げる音が鳴った。


 清彰はカップを皿の上に置き、スマホのメールを確かめる。そして数十秒の沈黙の後、おもむろに清彰が顔を上げた。その唇にはいつもの微笑が浮かんでいる。


「さて、道満。さっそくで悪いけど、また仕事だよ」

「はぁ!? 今終わったばかりじゃねえか!!」


 思わず道満は机をたたいて立ち上がる。静かな喫茶店に、ばん、という激しい音が響き渡った。


「まあまあ抑えて。次は君の得意な分野みたいだし、調伏できたら特別報酬もつくってさ」


 はい、と清彰に見せられたスマホの画面には、強力な妖怪が出たから救援を頼むという趣旨の内容が書かれていた。


 ようやく自分の望む仕事が来たのか。


 道満は小さくため息をつき、「まあいいだろう」と言いながら椅子に再び腰かける。


「ありがとう。なら、これも後で君のスマホに送っとくね。さっそく今日の夜からよろしく」


 清彰はスマホを鞄の中にしまい込むと、コーヒーを飲み干して席を立とうとした。そんな彼に道満は「おい」と声をかけ目配せする。


 首を傾げる清彰に、道満は僅かに頬を染めて口を尖らせながら呟いた。


「その前に、チョコレート。約束だろう」




(fin)

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亡霊たちの願いの先は ~蘆屋あやかし現代譚~ yomiasawa @aroga707

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