第6話

「おい、お前ら。探してたのは、この石のことか?」


 深夜二時、。道満は二条城の唐門の影でじっとしていた亡霊たちを見つけ出し、清彰から預かった石を差し出した。


 丸い小さな石を見た瞬間、長の亡霊の目から、一筋の涙が零れ出る。


「おお……。クーだ。クーがいる」

「やっぱりこれだったのかよ。くそ、清彰の奴……」


 道満は小さく舌打ちをして「ほらよ」と長の亡霊に石を差し出した。彼はそれを両手で受け取ると、まるで壊れ物でも扱うかのように大事そうに掌で包んで胸に抱く。


「クーよ、ようやく会えた……」


 次々と大粒の涙を流しながら、長の亡霊はここにいない誰かに語り掛けるような口調で話す。


「我らは、また負けてしまった。一度目の、地上で奴と戦ったあの戦のように」


 辺りからも、すすり泣く声が聞こえてくる。


 その空気になんだかいたたまれなくなった道満は、そろりとその場を離れようとした。


 しかし彼らに背を向けた瞬間、長の亡霊にものすごい力で腕を掴まれる。


 ここに、いろという事か。


 道満は口をへの字に曲げて彼らを横目に睨む。


 それに構わず長の亡霊は道満の腕をつかんだまま語り続けた。


「かつて我らは奴らに敗れた。だから奴があの尊き島の王になり、奴の後継が規律と信仰をすべて壊したのだ。その所為で、あの尊き島は、我らの故郷は、今、神も精霊もすべて忘れてしまっている。そうして忘れ去られた彼らは、いつの間にか島を去ってしまった」

「……」


 詳しいことは分からない。けれどもきっと、彼は嘆いているのだ。故郷である異国の島が、かつて自分たちが愛していた姿から変わってしまったことに。


 長はとうとうと語り続け、亡霊達は謎の唱和を続ける。


 信仰と規律。令和の時代にやってきてから、それらは時と共に変化するものであるという。

 

 かつて自然を崇め、神や異形を崇めていた人間は、それらを恐れ敬い規律を作った。けれどもいつの間にか、人々の中の信仰は薄れ、かつての規律はなくなっている。


 技術の発達、もしくはそれ以外にも何らかの理由があるのだろう。ただ、それによって信仰を失った末路わぬ者たちは、人の世からいつの間にか姿を消したのだと。


 黙って聞いているしかない道満には、それが良いのか悪いのかわからない。


 彼らが消えてしまえば、当たり前に人間との間で揉め事を起こし、今回のように道満が雑用のような仕事をすることも減るだろう。しかし同時に、彼らと戦う機会も減ってしまうのだ。更には賀茂のような昔馴染みの神々も、信仰を失えばもちろん存在も消えてしまう。そうなったとき、自分はどんな思いをするのだろうか。


「カナロアの、魂の還るあの場所で、我等は再び戦おう。我らが奴に勝利し、この手に我らが故郷を取り戻すまで、永遠に戦い続けよう。さすればあの尊き島に、再び規律と信仰を蘇らせることができるだろう。そうすれば、彼らも戻ってくるに違いない」


 その時、長の亡霊の言葉に応えるように、彼の掌の石が青白く光った。それを見た彼は、「おお」と感嘆の声を漏らす。


「クーよ。祝福して、くれるのか」


 ぼう、と再び石が光る。長の亡霊はそれに歓喜の声を上げた。同時に、彼らの身体が銀色の光に包まれていく。


「我らはあの場所へ還ろう。そして戦いが終わった後、再び貴方がたに会いに来る」


 そして次こそ勝利の報告を。


 胸に抱いた石へ、彼は誓うようにそう告げる。そして石から道満へと視線を移し、その瞳を見て微笑んだ。


「感謝するぞ、マナを導くもの」

「……俺は」


 道満が言い終わるより先に、彼らの姿は一条の光と共に跡形もなく消え去った。長の亡霊が持っていた石が、落ちてころんと地面に転がる。


 その石を拾い、じっと見つめながら、道満はぽつりと呟いた。


「……俺は、蘆屋道満だ、ってのに」

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