第9話 前の席の子


 放課後に何の予定もなかった上に周りの目を気にせずに仲良くしたいと天音さんから告げられた手前、断りづらかった俺は了承することに。


「特に放課後予定があるわけじゃないから大丈夫」

「了承してくれてよかったです。そうと決まればその詳細について話を…、と思いましたがこの席の主さんが戻って来たようなので私は自分の席に戻りますね。また放課後に」


 そう言って天音さんは俺の後方へと目を見やるとそこにはどこか気まずそうにしている女生徒の姿があった。


 天音さんはくるりと反転させた椅子を元通りに戻して立ち上がると、後方の女生徒に「席をお借りさせていただいてすみません」と一声をかけ、自席へと戻って行く。


「「あっ…」」


 その状況を眺めていた俺は必然とその女生徒と目線が合い、何も反応がないのは失礼だろうとお互いに思ったのか軽い会釈を交わした。


「御坂くんって天音さんと仲良かったんですか?なんか意外です」

「えっと…」


 会釈だけで終わるかと思っていたのだが、座りがけの彼女に突然話しかけられたため俺は困惑を顕にする。

 当然名前も知らない、かろうじて顔に見覚えのあるかと言うギリギリなラインの人物に話しかけられれば無理もないと思うがそんなことよりもいつも教室の隅っこにいるような俺の名前を覚えていることの方が驚きだった。


 そんなどぎまぎしている俺を見かねた彼女は自己紹介を始めた。


「あ、ごめんなさい。突然話しかけてしまって…。私は姫城きじょう 皐月さつきです。よろしくね御坂くん」


 姫城さんは鼻の下まをで覆うほどに前髪が長くなっているが不思議と陰気な雰囲気は感じられない。

ただ伸びていると言うわけではなくわざと伸ばしていると言う表現が相応しいようなストレートな髪をしていて、おとなしい雰囲気を纏っている人物だ。


…これは余談だがその雰囲気を象徴するかのようにどうやら胸部も控えめらしい。


「よろしく、姫城さん。俺の名前は…、って自己紹介する必要もないか」


 そうふっと笑いかけるように答えると、中野さんは「そうですね」と微笑み返してくれる。


「…まぁ、私も入学してはや四ヶ月が経とうとしているのに前の席の人の名前も覚えられていないのはショックとともに驚きましたけどね」

「人の顔と名前を覚えるの苦手なんだよ、そもそも苦手云々より覚えようともしてないし。かろうじて覚えているのは天音さんくらいかな」

「覚えようともしてないって言うのはちょっと悲しいですが、苦手という部分の気持ちは分かります。普段関わらない人の名前を覚えるのって難しいですよね」

「そうだな、クラスメイトとの関わりなんて俺にとってあってないようなものだったしな」


 化学の授業にあるグループでの班活動や、体育でのサッカーなど通してクラス内外の人と関わる機会はあったが積極的に友達を作るような努力はしてこなかった。

と言っても同級生と接することに関してトラウマがあったり、否定的な意見を持っているわけではない。


 もしそんな意見を持っていたら天音さんと同じ場所でバイトなんてしていない。


 ならなぜかと言われれば俺はただただ現状に満足しているからだと答えるだろう。

ASMRを聞ける、そのことだけで友達がいないなどという寂しさを感じることなどないほど満たされていたのだ。


ただ、それは今までの話に変わりつつある。


最近は片耳のイヤホンが壊れたことによってその満足感が薄れつつあり、天音さんと接するようになったことで人と関わるのも悪くないなと思うようになった。

それどころか教室で友達同士であろう人物が楽しそうに会話をしているのを見るとちょっと羨ましそうに眺めることも今では少なくない。


「それならなんで天音さんと仲良さそうなの?名前を覚えようともしてないって行ったよね?さっき放課後にって聞こえたけど」

「あー、それはだな…」


 別に隠す必要も無いので俺は天音さんと接点を持つようになったきっかけを姫城さんに説明することにした。


「はー、なるほどね。耳かきつながりで親しくなったってわけだ。つまり耳かきフレンズってことだね」


姫城さんは頭を上下に振ったと思えば「つまり」という言葉と同時にびしっと人差し指を俺の目の前に出した。


「…耳かきフレンズという言葉がよく分からないが、それは違う。ただバイト先が同じなだけだ」


目の前の人差し指を邪魔だと言わんばかりに手で払い除けながら俺はそう否定する。


「意図的に同じにしたの間違いでは?」

「意図的では断じてない。成り行きでの方が正しい」

「まあ、どっちでもいいけれども」

「どっちでもいいのかよ」

「本来の目的は果たせたし。それじゃ、午後の授業も頑張ろうね」


そう言った姫城さんは珍しく後ろの入口から5限目の先生が入ってきたのを確認するのと同時に話を切り上げ、黒板の方を向いた。


それからまもなく俺の視界の端に先生が映ったため、時計を見てみると授業開始1分前になっている。どうやら姫城さんは先生が入ってきたタイミングでそれを察したらしい。


程なくして号令がかけられ授業は始まったが天音さんが席に戻ってから今現在に至るまでずっと俺の方を見つめていたことに俺が気付くはずもなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クラスの美少女にイヤホン取られたらなぜか懐かれた はくすい @hakusui-910

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ