第2話 小学校

 親の都合で、引っ越した事がある。

小学・中学共にメンバーが変わることなく、そのまま上がると思っていた私は心底安堵した。また新たな人間関係をやり直せると。なんて薄情なんだろう。

仲が悪かった訳じゃない。むしろ私のクラスは、学校一皆の仲が良かった。皆で交換ノートまでしていたくらいに。


 初めにも言った事だが、私は良い人であろうと誤魔化し続けてきた。この誤魔化す、という言い方は適切ではないかもしれない。要はただの嘘吐きだ。


 クラスの交換ノートには、理想的な私をさも真実であるかのように書いていた。

子供が考えた大人っぽいこと、それが大げさにならない加減で。真面目な私ならやってそうでしょ?とでも言わんばかりの事。

 何処かで見た『嘘には真実をすこし混ぜると良い』なんて言葉を忠実に守って、ほんのすこしの真実を混ぜていたのだ。よっぽど嘘だとばれたくなかったらしい。


・あさはお母さんをおこします

・あさごはんはたまにわたしが作ります

・ほんをよむのがすきで、たくさんよみます

・べんきょうはあさとよる、どっちもします


 本当は朝ごはんなんて作れなかったし、本はそんなに好きじゃない。勉強は大嫌いで、朝早起きしてその日提出予定の宿題をぎりぎりで終わらせていた。宿題が間に合わなそうだと、お母さんに「学校やすむって連絡して」と泣いて頼んでいた。

 母は強い。さっさと行けと玄関から放り出される。そうなったら私は涙を拭いて、赤くなった目で先生にこう伝えるのだ。「先生ごめんなさい。昨日から体調が悪くて、宿題すこしできてないところがあります」

白紙を提出する子より、努力したことがわかる子を大人は信じてくれるのだ。テストの点が毎回良かったのもあったかもしれない。保護者宛の手紙を盗み見たことがあるが、私は身体が弱いのによく努力できる子だと評価されていた。


 嘘まみれの交換ノート。嘘を本当にしようと実行、なんてこと一度もなかった。でも誰も疑念を抱かないくらい、私は徹底してやらかしを隠した。

 私は器用貧乏だったから、家庭科ではお手本通りに料理できた。お母さんがたまに言っていた『料理中の面倒な事』をそのまま自分が体験したように友達に話した。

本をよく読むと言ってしまったから、図書室の利用履歴を増やすため、毎週シリーズ物の続きを3冊ずつ借りた。ランドセルが重たかった。あらすじしか読んだことはない。こんな変な努力はできるのに、どうして言ったことをそのまま実行できないんだ。


 嘘を吐くたび、また言ってしまったと指先からからだが冷えていく感覚がした。嘘ってばれたらどうしようなんて考えて、その嘘をより本当らしく見せるため、更に嘘を重ねた。

心の底では、いつか全て知られてしまうと、全部ばれたらもうこんなことしないと、そう考えていた。


 そうして、小学校卒業と共に私は引っ越すことになった私は。


友人関係ごと、嘘をそこへ置いていくことにした。




 引っ越し先へ届く手紙。『元気?』『いつ遊びに来てくれる?』『あの約束覚えてるかな』

一度も、返事は出さなかった。


 全部全部、手紙は手元に残ってる。未だに引き出しの奥に眠っている。罪悪感で捨てることもできていない。


 成人式、小学校の皆で集合写真を撮ったと聞いた。引っ越し先も同じ市内だったから、私を探してくれていたと知っていた。

でも怖かったから。思い出話で過去の過ちを指摘されることが。もしかしたら嘘がばれていたかもしれないことに気付くのが。だから私を探す声から遠ざかった。


ごめんなさい。

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嘘が脱げない 国塚 @reoren

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