第19話 召喚系配信者、前向きな決意

 「んな?」


 目が覚めるとそこは見知った天井だった。

 俺の部屋⋯⋯いつ、どうやって帰って来たか覚えていない。


 「あの後⋯⋯何があったんだっけ?」


 俺はマメの影を身に纏った。そこまでは覚えている。

 いや、そこまでしか覚えていないと言うべきか。

 海斗との喧嘩、その行く末を全く知らない。


 だが、何となく何があったのか予想する事が出来る。

 何故か、簡単だ。

 マメが俺の部屋に居ない⋯⋯それだけでただ事じゃないのは分かる。


 「体の痛みが全く無い⋯⋯健康体だな」


 仲間の1人に回復のエリートである妖精がいる。

 俺が鮮明に覚えている人なので当然世十の1人だ。

 口が悪く、仲間に対してもツンデレだったはず⋯⋯。


 彼女を呼び出す事は簡単だが、今は止めておこう。

 まずは現状確認だ。

 マメがいてくれたら簡単だったのだが、今はどこかに行っているらしいから面倒。


 まずはリビングに向かう。

 すると、驚いた様子で茜と凛、さらに咲夜まで出迎えてくれた。


 「お兄さん! おかえりなさい!」


 茜が感極まった様子で俺に抱き着いて来る。

 目尻が赤くなって腫れている⋯⋯泣いていたのだろう。


 「心配させてごめん。ただいま」


 「朝帰りとは不良だなぁ」


 「凛には言われたくない⋯⋯ただいま」


 「ふん。おかえり。それじゃ寝るから。あー眠い眠い」


 俺の帰りを皆で待ってくれていたのか、確かに凛の顔は眠そうだった。

 だが、俺はすれ違う際に凛の顔に笑顔があったのをしっかりと見た。

 部屋に向かったのを確認した後、俺は咲夜に視線を移す。


 「茜から聞いてね⋯⋯電話したんだよ3人でさ⋯⋯何してたの?」


 咲夜は妹2人が言い出し難い事を質問して来る。

 どこまで話して良いか悩むが⋯⋯まだ色々と確定していない情報が多い。

 俺も分かっていない事が多いのだ。


 不確定な情報を伝えて困惑させては良くないか。

 俺は1度咲夜の目を見る。


 咲夜は茜同様目元を赤く腫らしており、今もうるうると涙を浮かべている。

 どれだけ心配させてしまったのだろうか⋯⋯想像も出来ない。

 そして心配させた時間のほとんどを自室で寝ていたと思うと罪悪感が凄い事になる。


 「明日の夜、部屋に来て欲しい。その時に話すから」


 学校に行けばある程度情報が確定するだろう。

 仲間に聞くのが早いとは思うが、顔を合わせる勇気が無い。

 何により、この話は幼馴染の話⋯⋯茜達には聞かせたくない。


 「分かった⋯⋯今はそれで引き下がるよ。⋯⋯玖音、おかえり。心配させすぎだよ」


 「ただいま。ごめん」


 咲夜がチラッと茜の方を見る。

 茜は精神的疲労がかなり溜まっていたのだろう。

 俺に抱き着いてから暫くして眠ってしまった。


 咲夜と一緒に苦笑いを浮かべ、ソファーに膝枕の状態で寝かせる。


 「私は1度自分の家に戻るね。また明日」


 「ああ。また明日」


 明日までに俺の気持ち、覚悟を改めて固める必要があるな。


 茜の寝顔を見ていると、俺も安心したのか眠気に襲われる。

 随分寝たと思うのだが、まだ寝たいと思っていたらしい。

 シュルルっと背後から影を伸ばし、ブランケットをかけてくれる。

 俺と茜の2人分。


 「⋯⋯おかえり⋯⋯マメ」


 「わん」


 そして俺は背を深くソファーに預け、眠った。


 翌日、俺は学校に来ている。

 憂鬱な月曜日と誰もが思う中、俺は海斗の事で頭がいっぱいになっていた。

 昨日は茜に睨まられ一日中家で一緒に過ごした。


 おかげで機嫌は直ったが、GPSアプリを入れて位置情報の共有が家族会議で決まった。そして何故か咲夜も入った。

 俺も何かあった時のために役立つと思ったので、反対の意思は無かった。


 マメの力と合わさればすぐに助けに迎える。


 話は逸れたが本題の海斗⋯⋯教室の方を勇気を出して見に行ったらいなかった。

 今日は休み⋯⋯とは考えにくい。


 「くーくん!」


 俺をその名で呼ぶのは数少ない。

 学校と言う狭い範囲で考えれば1人しか考えられない。

 当然声で分かってはいた。


 声の方へ振り返ると涼子が走って来ていた。


 「か、かいくん知らない? 昨日の夜からずっと連絡が取れなくて。まだメッセージも既読になってないの! 家に連絡しても帰って来て無いって言うし⋯⋯心配で」


 心配と思っているのは凄く伝わって来る。

 だけど俺から言える事は何も無い。


 「ごめん。俺には分からない」


 「だよね⋯⋯知ってたら逆に怖いもん。⋯⋯警察に連絡した方が良いよね、これ」


 警察に連絡したところで解決なんて絶対にしないだろうが⋯⋯。


 「それは海斗の親が決断する事だ」


 「うん。それは分かってる⋯⋯だけど」


 不安⋯⋯その感情を全面に出した顔だ。


 「ごめんね急に。それじゃあね」


 「ああ」


 涼子が悩んでいる事を解決する方法は至って簡単だ。

 俺が仲間に頼れば良い⋯⋯しかし、俺はそれが出来ない。

 仲間達の思いも分かるからだ。


 俺は仲間達の反対を押し切って、盟約の加護を無くし喧嘩した。

 その結果死にかけたのだろう。

 もしも海斗を何事も無かったかのように無事に返せるとしても⋯⋯きっと仲間がそれを許さない。


 命令は絶対じゃない。

 もしも何かのきっかけでブレーキが壊れた時⋯⋯何が起こるのか想像出来ない。


 そして何より、涼子の不安な顔、悲しむ顔を見ても俺は罪悪感が無かった。

 俺が何もしない理由としてそれが1番でかいと思う。

 仲間と涼子を天秤に乗せた時、大きく仲間の方に傾いた。それだけの事。

 俺の心はかなり冷めているようだ。


 学校の昼、憂いが晴れたはずの俺の心は上の空だった。

 故に、両サイドに座っている花は気にならない。嘘である。


 「何故、茜と凛がいるんだ」


 ここは人気のない校舎裏。

 座る場所は地面だけ。弁当を食べるにも適さない場所だ。

 虫もいるしね。


 上を見上げれば天井裏と壁を使った蜘蛛の巣が出来ている。


 「お兄さんがまた1人でどこかに行かないように見張る事にしました」


 「つまりこれから一緒に弁当を食べると?」


 「⋯⋯」


 「アタシは茜に誘われただけだから」


 「私は誘ってないよ。むしろ来るなと念押ししたよ」


 「酷くない?」


 「身から出た錆では?」


 「仲良くね? 喧嘩するなら俺は特殊な方法で絶対にバレない場所で食べます」


 なお、その後の俺の食事場所の悪臭は考えないものとする。


 マメ達の力は使わないよ?


 茜は渋々といった様子で弁当を食べ始める。

 茜の弁当は美味い。

 俺の憂いは果たして晴れたのか⋯⋯分からないまま悩みが1つ増えた。


 どうやって茜達にバレずに弁当を食べるか。


 また新たな食事場所の開拓をしないといけない。

 ようやくアリ達と仲良くなれたと思ったのに⋯⋯。


 その日の夜、俺の部屋に予定通り咲夜がやって来た。

 玄関からこれば良いものを、わざわざベランダから入って来る。

 毎回怖いので止めて欲しいところだ。


 シャンプーの香りと服装的に風呂上がりか。


 「それで、何があったのか話してもらおうか」


 ヒーローの目付き⋯⋯凛とした表情に俺が気後れする。

 でも、話し始める。


 「海斗と喧嘩した」


 「⋯⋯はぁ?! 何してんの!」


 「そして⋯⋯」


 俺は咲夜が何かを言いたそうにしているのを無視して続けた。


 「ボコボコにされた」


 「⋯⋯」


 咲夜の瞳が仲間達がしそうな、敵を許さない殺意の鋭い眼差しになる。

 眉間に皺を寄せ、鬼の形相。

 そんな顔⋯⋯見たくない。


 「信じてくれないかもしれないけど⋯⋯結構戦えたからね?」


 「⋯⋯そうだね」


 表情は少し柔らかくなったが、やはりまだ硬い。

 あまり信じてくれていない。

 実際、与えたダメージは少ないかもしれないけどマウントポジションは取れたのだ。善戦したはずだ。


 「その後気を失って⋯⋯気づいたらここにいた。嘘じゃないよ」


 「⋯⋯分かった。玖音を信じる。⋯⋯だけどそんな危険な事は絶対にしないで。もしもする時は⋯⋯私を頼ってよ。私が力になるから」


 真っ直ぐで力強く、頼りになる瞳だ。

 でも、ごめんね咲夜。

 ⋯⋯俺はそれが嫌だ。


 そう思われるのが凄く嫌だ。

 ヒーローの咲夜はカッコ良くて、憧れで⋯⋯昔から眩しいと思った。

 でも⋯⋯今は⋯⋯それが凄く⋯⋯悲しくあり悔しい。


 だからこそ、俺の気持ちは今ここで確固たる意思で定まった。


 「ありがとう。その時は⋯⋯うん。頼るよ」


 「約束」


 小指を差し出されたので、俺も小指を出して絡める。

 定番の約束を取り付ける儀式みたいなものだ。


 細く柔らかい指⋯⋯心臓が激しく動くのを感じる。


 「それで、海斗はその後どうなったの?」


 「分からない。学校に来てはいなかった」


 俺は何も嘘を言っていない。

 俺の確定した知っている情報を伝えた。

 俺の憶測で成り立った裏事情は本来俺が知らない情報だ。


 知らない情報を話すのは良く分からない状態になるだけなので話さなくて良い。

 俺は知っている事をきちんと伝えた。

 だからこれで終わりだ。


 「それじゃ、私は帰るね」


 くるっと振り返り、ベランダに向かう咲夜。

 今日はずっとヒーローの咲夜だった。


 「咲夜!」


 俺は自分でも驚くくらいの大きな声で咲夜を止める。


 「⋯⋯ッ! びっくりした。急に大声出すね。どうしたの?」


 激しく鼓動する心臓。世界の音が段々と小さくなる。

 それでも、言わないと。

 これだけは⋯⋯言うんだ。


 「咲夜、俺の前では⋯⋯俺がいる時は⋯⋯ずっと女の子でいて良いから」


 「え?」


 「俺が咲夜が女の子でいられる世界にするから⋯⋯待ってて欲しい」


 「⋯⋯え?」


 「まだ俺は自分に自信が無い。でも絶対に年内には自信を付けてみせるから。待たせるかもしれないけど、絶対にするから」


 途中から何を言っているのか自分でも分からなくなる。

 ええい! 回りくどいのは止めだ!


 俺は立ち上がり、真っ直ぐ咲夜を見つめる。

 驚き、俺の目から目を離さない咲夜と視線を交える。


 激しく踊る心臓を手で押さえ付ける。

 一呼吸溜め、俺は言い放つ。


 「俺が咲夜だけの、女の子を守るヒーローになる!」


 「⋯⋯ッ!」


 咲夜は一歩、二歩と下がる。

 何かの糸が切れたかのように、緩やかに頬を流れる雫。


 「それ、言っている意味分かってる?」


 「ああ!」


 「理解してる?」


 「理解している。その上での決意だ」


 「そっか。私だけの⋯⋯ヒーロー」


 咲夜は確かめるように同じ言葉を小さく呟いた。

 その後、はにかんだ微笑みを浮かべる。


 「期待、して良いんだよね?」


 「ああ」


 「急にやっぱり辞めたは嫌だよ?」


 「安心して欲しい」


 「⋯⋯ねぇ玖音」


 「何だ?」


 「私を君の前では女の子にして。私のヒーローになってね」


 「勿論だ」


 俺は海斗と喧嘩した事で⋯⋯ようやく自分の心に素直になれた。

 だけどまだ⋯⋯彼女の隣に立つには自信が無い。

 少なくとも今の俺では⋯⋯彼女の隣に立つ事を俺自身が許さない。


 どれだけ待たせるか分からないけど。

 絶対に年内には腹を括る。

 自分勝手だが随分待たせたと思うから⋯⋯長くは待たせたくない。


 「玖音」


 「ああ」


 「待ってるよ!」


 「すぐに期待に応える!」


 咲夜は今日初めての⋯⋯女の子の顔になった。

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ふわふわ系美少女配信者の召喚士、配信切り忘れて男バレ&本性晒された挙句真の強さが露呈した〜大バズりして『TS魔王』と呼ばれました〜 ネリムZ @NerimuZ

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