19件目 無理して観るから楽しい

「着替えまで用意してくれて、ありがとうございます」


 そう言って、脱衣所から出て来た康太くんは私の近くで腰を下ろした。相変わらず律儀に正座をしている。


「うん。サイズ合ってそうでよかった」


 と言うか、マネキンに着せるよりもかなり参考になるかも。資料用に写真撮らせてほしいな…。


「ちなみに、この服ってどうしたんですか?」

「ん、あぁー…えーっと…」


 誤魔化すのはよくないし、嘘は吐きたくないな…。


「——あのね、実は私、絵を描く仕事をしてるの。それで資料用に買ってたの」

「えっ、そうだったんですか!?俺も絵が上手かったらなぁ〜」

「『見せて』とは言わないんだ」

「まぁ、そういうのって知り合いには見せたくないって人も多いでしょうし…」

「確かに、そうかもしれないわね」


 この子、いろいろ考えながら行動してるのね。


「康太くんってさ」

「はい?」

「——優しいんだね」

「そ、そうですかね」

「うん、そうよ。ところで康太くん」

「はい?」

「康太くんは、ホラー映画とスプラッター映画だとどっちが好きかなっ!」


 私は背後に隠していた二枚のDVDを提示した。一枚はホラー映画『恐怖の廃村』、そしてもう一枚はスプラッター映画『鬼の目醒める夜』を用意していた。

 お泊まりと言えば、やっぱりこれよね!

 目の前の康太くんは、心なしか顔を青ざめさせながら『どっちか、ですか……?』と呟いた。


「うん、どっちか」


 私は食い気味に答える。

 すると、彼は手を振るわせながら、ゆっくりとホラー映画のほうに人差し指を向けた。


「えっと、じゃあこっちで……」


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 『どちらか』と言われ、俺はしぶしぶ答えを出した。


「『恐怖の廃村』ね。私もあんまりホラーは得意じゃないから、ちょっとどきどきしちゃうわ」

「それじゃあ、無理して観なくてもいいんじゃ…!」

「なに言ってるの、こういうのって、無理して観るから楽しいのよ」

「た、確かに……」


 文句を言う俺の口を塞ぐかのように、里見さんの人差し指が唇に添えられた。

 これはもう、諦めるしかないのかもしれない。

 大人しくなった俺を見て、彼女は軽く微笑んだ。


「それじゃあ、映画の前に先にお風呂に入ってくるわね」

「はい、ゆっくりしてきてください。俺に遠慮せずに、二時間くらいゆっくりしてきてください」

「もー、私もいるんだから、そんなに怖がらなくて大丈夫よ」

 

 俺の背後でタンスの中をいじりながら、里見さんは答える。

 着替えやタオルを取り終えたのか、彼女は立ち上がり、脱衣所へと向かう。と思ったのだが、途中で足を止めて踵を返す。


「ねぇ、康太くん——」

「なんですか?」


 振り返ってみると、こちらに真っ直ぐ真剣な眼差しを向けているではないか。

 そして、彼女は一言。


「好きよ」


 と言って、その真剣な表情を柔らかなものへと一変させた。


「えっ…」

「それじゃ、すぐ出て来るから待っててね」

「ええ…っ」


 やっぱりそれは、反則すぎるだろぉぉぉぉぉ。

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