第8話 《高難度》



 ――【淡光の花園】――



 このエリアはスポーンするモンスターが、特殊な条件を満たすことでしか現れない【アロマレックス】のみであるという性質を利用し、多くのプレイヤーが秘密の待ち合わせ場所として多用しているのだという。


 それを逆手に取ったPKプレイヤーキルも多発しているらしいが……。



「あの男が好きそうな場所だな」



 そう呟きながら、ヘヴェーブはきょろきょろと辺りを見渡す。

 このエリアはかなり広く、レベリングの最中では全てを見て回ることはできないほどだ。


 セイラ――アルテイシアは、詳細の待ち合わせポイントを指名してはくれなかった。

 向こうから探しに来るのか、自力で探せという遠回しな命令か。どちらにせよ、面倒なのは確かだ。



「道路……?」



 エリアの中心部辺りだろうか。そこには、ファンタジーな世界観に似合わぬ、コンクリート製の車道が伸びていた。

 車の通りは無く、整備が行き届いていないのか古ぼけているように思える。


 それに沿って歩くと、滝を吐き出す小高い丘があって、滝の行き着く先は伸びに伸びた太いツタとそれに生える花々で覆われた池。


「……この辺りにしてやるか」



 分かりやすい目印を見つけた彼は、彼女に対して待ち合わせ場所を指定するメールを送った。


 

 そうして滝の音を聞きながら待ちぼうけしていると、コンクリートを小突くような足音が水音に混じってきた。


 視線を寄せると、桃色のコートを靡かせる金髪の女――アルテイシアがヘヴェーブの方へと歩いてきていたのだ。



「寄り道してたでしょ」



 再会早々、彼女が言い放った言葉はそれであった。

 ぎく、と図星を突かれる彼。


「というか……まさかホントに【アロマレックス】でレベリングする初心者がいるなんてね。半分冗談のつもりで送ったんだけど」


 半笑いしながら、ドン引きする様子を見せてくるアルテイシアに、ヘヴェーブはけろっとして言う。


「大したことなかったけどな。HP一で対処できたし」



 その言葉を聞き、なぜだか彼女は固唾を呑んだ。


 ヘヴェーブはそれを見るや否や、彼女を問い詰めるつもりで言った。



「……早く教えろよ。お前が全部」



 そうやって言うと、アルテイシアは呆れたように瞳を閉ざしてから、満を持して口を開く。



「このゲームの世界観をある程度体験して、どうだった?」



 返ってきたのは質問だった。

 ヘヴェーブは唸りながら答える。



「えらく作り込まれた世界観だったな。ゲームじゃなくても売り出せるくらいには」

「そう……」



 彼女は息を呑んでから話し始めた。



 その小さな口から溢れた言葉は、耳を疑うようなものであった。



「このゲームね、

 


 風が吹き荒れて、花が舞い散る。

 色とりどりな花々がどんどん小さくなっていって、やがては淡い陽光へ溶けるように見えなくなってしまう。



「はぁ」


 

 ヘヴェーブはじつーに興味無さそうに相槌を打った。

 その反応に彼女はずっこけそうになった。


「少しは興味示しなさいよ!!」

「いや……珍しいけど。それがどう約束と関係してくるんだよ」


 苛立ちを隠せなくなってきたアルテイシアは声を張り上げて言い放つ。


「このこと!! 公式からも明言されてない、数少ない人達だけが知る貴重な情報なの!!」


 そう告げられ、ヘヴェーブはようやく興味を示し始める。

 。一体どういう意味があって、そんな事になっているのか。


「……それでね、君へのお願いはこれから。『スーサイド・アルカディア』は、実在する漫画『死にたがりな勇者』の世界観をベースに作られたゲームなわけだけど」


 金色の宝石が、黒光りするサングラスにその煌めきを反射する。


「……そんなゲームなわけだから、原作のキャラが実際にNPCとして登場して、原作を追体験できるシステムが存在する。それの名は」


 ヘヴェーブの心拍数が上がる。


「《オリジンクエスト》――数少ない人達の中では、《超高難度》と恐れられてる物」


 そう言い放たれた瞬間、ヘヴェーブから自然と笑みが零れ出た。

 《超高難度》――どれだけその言葉を待ち侘びたことか、直喩であっても表せないほどだ。



「私と一緒に、《オリジンクエスト》を進めてほしい。それが私のお願い」

「いいぜ」



 雰囲気ぶち壊しの即答に、またも彼女は苛立ちを露わにする。



「撃ち殺すわよ!!」

「おいおい、PKはペナルティ多めなんだろ?

このゲーム」



 銃を引き抜こうとした彼女は、怒りを鎮めてから言う。



「……まぁ、断るはずもないと思ってのことだけどさ」

「断るなんてありえねぇな。そんな面白そうなこと」



 ヘヴェーブがにぃ、と笑えばアルテイシアからも微笑みが漏れた。

 承諾を得た彼女はポケットからスマートフォンのような物を取り出し、誰かへメッセージを送った。



「誰か他に協力者がいるのか?」

「ううん。プレイヤーじゃないよ」


 意味深な発言に、彼は眉をひそめる。

 そのは『マテリアルフォン』と呼ばれる物で、効果はというものだ。



 またも待ち時間が出来て、アルテイシアと昔話をしながら待っていると、彼の背後から足音が聞こえてきた。



 振り返れば、そこにいたのは、人。


 頭部にネーム表示が無いことを鑑みるに、NPCであることは間違いない。

 ふんわりした、金髪のミディアムヘア。まっすぐ前を見る瞳の色は綺麗な翡翠色。小柄で華奢な身体は、レース付きの白いブラウスと茶色のスカートに包まれている。


 白の分厚いコートを靡かせるそのNPCは、街を歩くオッサンや、武具屋の店主などを凌駕する風格を持っていた。


 

「ルアちゃん。この人だよ」

「ルアちゃん?」



 まるで友達に語りかけるようなアルテイシア の発言から、このNPCの名前が『ルア』でかると推測できた。


 翡翠の瞳がサングラスを煌々と照りつける。

 あまりに美麗な顔立ちで、ヘヴェーブは少しばかり緊張してしまった。



「……はじめまして。名前はヘヴェーブさん、で合っていますか?」

「あ、あぁ……あんたは?」



 淡い声音で話しかけてくる彼女に名を問う。

 胸に手を当てつつ、彼女は答えた。



「私はルア。しがない魔法使いの端くれです」



 にこり、と笑った彼女に合わせて我慢ならなくなって”解析”機能を使う。

 後ろからアルテイシアの声が聞こえた気がするが、気にせず読み込む。



――


ルア・スカイハート


年齢

《26歳》

体重

《52kg》

身長

《157cm》

スリーサイズ

《B.85 W.58 H.82》


《オリジンNPC》である魔法使い。

魔法に関する知識は豊富ゆえ、戦闘経験が少なくとも上級の冒険者に匹敵する戦闘力を持つ。

冒険者の同棲者と共に生活している。


――



 そうこうしている内に、背後からアルテイシアの銃による打撃が飛んできて、ヘヴェーブは悲鳴を漏らす。


「何見てんのよ!!」

「やましいモン目当てじゃねぇよ!!」

「だとしてもでしょ!? このノンデリアフロ!!」


 そのやりとりを見て、ルアがぷっと吹き出してから、淑やかにクスクス笑った。


「アルテイシア、その人はお友達?」

「えっ? まぁそんなところ……腐れ縁と言うかなんというか」


 未だ痺れる箇所を擦るヘヴェーブを見て、ルアは瞳を細めた。


「……ヘヴェーブさん。私に協力してくれると、アルテイシアから聞いています。確かですか?」


 その一言で、彼の目の前にウィンドウが表示された。



――



《オリジンクエスト》


【高難度:れた花輪はなわさえずうた


受注しますか?



――



 はい、いいえ、と課せられた選択肢。

 ここまで来て後者を選ぶ者はいない。



「……分かりました」

 


 そう呟いたルアの声音は、驚くくらいに透き通っていて、淡くて、今にも砕けてしまいそうなガラス玉を思わせるものだった。






――


《オリジンクエスト》


【高難度:濡れた花輪が囀る詩】



推奨レベル:90以上


――

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スーサイド・アルカディア 〜ドMゲーマー、鬼畜を求めて駆け回る〜 聖家ヒロ @Dinohiro

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