高難度:濡れた花輪が囀る詩
第7話 餌付けの妨害者
地に伏せる二体の【アロマレックス】を見据えながら、ヘヴェーブは大きく息を吐いた。
あれから彼はレベリングに勤しんでいたわけだが、どういうわけか二体同時に出現することもあるらしく、今はかなりスリリングなバトルを楽しんだ直後であった。
二体同時に襲い来る攻撃、一発でも当たったら死ぬ貧弱な身体。
かつて無いほど興奮できたが、それよりも彼は別のことに意識を奪われてしまっていた。
「ついに……ついに!! レベル三十到達だぁぁぁっ!!」
ヘヴェーブはアサルトソードを投げ捨てながら叫ぶ。
開かれたステータスウィンドウには、これまでの叡智の結晶ともいえる数字がずらりと並んでいる。
――
ヘヴェーブ Lv.30
体力 350
攻撃 37
特攻 24
防御 14
特防 13
素早さ 40
武器:アサルトソード
頭:なし
胸:アドベンチャーシャツ
腰:アドベンチャーベルト
脚:アドベンチャーズボン
スキル
『サーフェイスショット』
『コメットブレイク』
『スパークスレイヴ』
『魔光スラッシュ』
『チャージバスター』
『シミラームーン』
――
スキルもかなり獲得できた上に、ステータスも役職相応の色に染まってきた。
防具は相変わらず初期装備のままであったが――彼のプレイスタイル的に、防具は無い方がむしろ得策だ。
「一旦休憩挟んで、秒でセイラに連絡だ。ひゅーっ!! 鬼畜楽しみぃぃっ!!」
ヘッドギアを外し、タクミがベッドから起き上がる。
まだ昼食をとってから然程時間は経っていないが、それでも一つのエリアにあれだけ留まったのは少し癪だった。
とはいえ、目標であったレベル三十に到達できたのだ。
セイラにメールし、休憩するべくエナジードリンクを体内に流し込む。
「……真実、話してくれよ」
彼女からのメールを心待ちにしていた彼の耳に届いたのは、スマホのバイブレーション音。
胸を高ぶらせながらメールを開いた彼は、その件名を見て顔色を変える。
『何処で何をしている?』
「げっ……この口調」
――
私だ。
貴様は最近『パル』にも姿を見せないが、何をしている?
このメールを見たなら、『パル』に来て私のところへ来い。私に顔を見せて近況報告をするだけだ、すぐに済む用事だろう。
――
ヘヴェーブが嬉しそうでもあり、めんどくさそうな顔をした理由。
このメールの送信主が、数少ないゲーム仲間の一人であるからだ。
『パル:サバイバルワールド』。愛称はそのまんま『パル』。
鬼畜ゲーと名高いゲームの一つで、プレイヤーは『パル』と呼ばれる島に投げ出され、ドラゴンやら巨大昆虫やらが闊歩する環境下でのサバイバルを要求される。
モンスターを仲間にしたり、文明を発展させたりができてゆったりできそうなゲームだが、その実態は鬼畜そのもの。
アイテムを作るための要求素材が、レベルが上がる度に多くなり、素材集めにも時間がかかる。その上最悪なのが、このゲームはPVP――『スーアル』のようにプレイヤーが敵NPCと戦うのではなく、プレイヤー同士で戦う行為がやり放題であるという点。
苦労して集めたアイテムを、畜生どもに強奪されるなど日常茶飯事だ。
「……面倒くさそうだし、たまには顔見せてやるか」
再びヘッドギアを手に取った彼は、そこに挿入していた『スーアル』のチップを抜き取り、『パル』のチップを入れてから装着する。
「よしよし……拠点襲撃はなし……」
断崖の岩壁の、プレイヤーが入れるだけの極小さな穴の先に作られた拠点にヘヴェーブはスポーンする。
ここでの見た目は白髪モヒカンに、いかつい仮面付き。もちろん、かっこいいと思っての行為である。
「元気にしてたかー、お前ら」
拠点内に並ぶモンスター達に挨拶してから、ほんのり憂鬱な気分で拠点を出る。
「さて……再会早々何をされるか」
ドラゴンに騎乗し、目的地へと向かうヘヴェーブ。
やってきたのは彼の拠点から遠く離れた地にある、洞窟内部に作られたプレイヤーの拠点だ。
恐る恐るその拠点へ足を踏み入れた瞬間――無数の弾丸と鉄製の毒矢が豪雨のように彼へと降りかかる。
彼は必死の覚悟で走り回りながらそれを回避していたが、やがてそれは収まり、その場に立ち止まってぜぇぜぇ息をする。
「思っていたより早かったな」
ダンディーなイケメンボイスが聞こえたかと思えば拠点の中から出てきたのは、それに不釣り合いな清廉な女の子。
綺麗な銀髪を一つ括りにし、和服に身を包んで腰に刀を挿したその様は、和の国のお姫様のようだ。
「てめぇな!! クランメンバーにはタレットと弓矢トラップ発動させないようにしとけって言ってるだろ!!」
「貴様が長い間ログインしないから、クランから除籍しておいた」
「はぁぁ? まさか、生存確認が目的?」
その女の子は不機嫌そうな顔で頷く。
実に可愛い見た目だが、中身を知ってる彼からすれば真逆の感情が湧いてくる。
「……生きているのならいい。貴様の変態思考も行き過ぎて、『ビルの上に登って逆立ちしてみた』とかに走ったのではないかと思っていたところだ」
「ゲームだけだよ。というか変態いうな」
彼女――違う、彼の名前は『トキサメ』。
ヘヴェーブが『パル』で出会ったゲーム仲間である。
「……で、今何をしている?」
「今か? 今はな『スーサイド・アルカディア』っていうゲームにのめり込んでる」
「……『スーアル』を? 貴様が?」
トキサメは信じられない、という形相で伺ってくる。
あれが万人受けするそこそこぬるいゲームということは、意外と共通認識のようだ。
「あぁ……リア友に誘われてな。どうやら俺好みな難易度になる時が来るらしい。」
「……私もやった事があるが……そんな情報は聞いたことがない。どういうことだ?」
彼は意外と興味を示してきた。
――てっきり、『パル』と似たようなゲームにしか興味がないのかと思っていたが。
「それを確かめようとしてた所に、お前が邪魔してきたんじゃねぇか」
嫌味ったらしく言うと、彼はそんな事を気にも留めず、何か考えに耽っていた。
彼が覗き込んだ途端、長い睫毛の下から覗く蒼穹の勾玉のような目と視線が合致する。
「……なんだよ」
「貴様の友は、なんと言っていた?」
質問の意図は分からなかったが、とりあえず答えてやることにする。
「何も教えてくれねぇ。さっきも言ったけど、それを確かめようとしたらお前からメールが来て――」
「すぐに確かめてこい。そうしたら、私にメールを寄越せ」
思わず、はぁ? と言いたくなるような命令に怒り出しそうになりつつも、ヘヴェーブは解放感を胸に抱く。
「――じゃあな。次会うのはいつになるかな」
「貴様のメール次第だ」
ヘヴェーブは首を傾げながら、その場でログアウトする。
そうして彼はまた、『スーサイド・アルカディア』の世界へと飛び込んでいく――。
◇
【ミツメノトシ】の宿屋にて目覚めた彼は、ゲーム内のメッセージ機能に変化があることに気がつく。『スーアル』のメッセージ機能は、フレンド同士でしかできない仕様だ。
彼がフレンド登録しているのは、現在においてただ一人。
送り主を確認すると『アルテイシア』という文字が刻まれている。
ホロウィンドウに表示された文章は、ほんの僅かなものであった。
『【淡光の花園】にて待つ』
そのたったの一文こそ、彼が待ち望んでいたもの。
例えるなら今――彼は餌を目の前でぶら下げられたペット同然の存在となっている。
そんな屈辱的な状態でもいい。
いつ死ぬかも分からない、ヒリヒリする上に、前準備として全身に入れた気合いが封をされて抜け道を無くしたような、緊迫感走る感覚――決して、自らを縛り付けただけでは味わえない感覚を体験できる時が、すぐそこまで来ているのだ。
そんなヘヴェーブだったが、それがすぐ目の前まで来ると、どうもウッキウキな気分とはならなかった。
いつもと違う、彼女のメールの文面やここに至るまでに見せた不穏なメールの文章の数々、そして何より、なせわざわざこのゲームと縁のなかった自分を誘ったのかという事に対する疑問。
それらを抱えながら、軽快な気分にはなれないかと思われたが……。
「いやっほぉぉう!! ついに待ち望んだ鬼畜ゲーライフが幕を開けるぜぇぇっ!!」
前言大撤回。
ウッキウキな気分で、【淡光の花園】へと駆けていくのだった。
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