第6話 我慢ならないレベリング

  


――第三の街 【ミツメノトシ】――




「もう我慢ならん!!!」


 

 三番目の街まで到達した彼は、とうとう発狂してしまった。


 三番目の街に至るまでの【煤被りの鉄林】というエリアを必然的に通るわけだが、そこまで来るともう敵が弱く感じてしまう。

 そのエリアの敵に限り弱い……という訳ではなさそうだ。割と手応えのあるボスや雑魚敵を、ノーダメで撃破してしまった影響からか、『スーアル』というゲームの腕前が上達しつつある。


 つまりは今、という初心者脱却状態にあるわけだが、発狂したのには別の理由がある。



「鬼畜! 正真正銘の鬼畜が欲しい! ガッチガチに対策してもなお、一発喰らったら死ぬレベルの、そのくらいの鬼畜が欲しいぃぃ!」


 ――まぁ、その予想は容易だ。


 というのを餌に始めたために、ヘヴェーブはそれがやりたくてやりたくてたまらない状態に陥っているのだ。


 アフロの変態が街の真ん中で発狂するさまは、プレイヤーは勿論、NPCすらも近づけない惨状であった。

 

「一旦ログアウトだ……気持ちを落ち着かせる、そして! 効率のいいレベリングを探す!」


 


 その言葉と共に、彼の視界は青白いホログラムとなって消え失せて、徐々に見慣れた天井へと変わっていく。



 ヘヴェーブ――タクミはベッドから起き上がり大きく背伸びをした。


「こんな時間か……昼飯何かあったかな」


 昼時を示すデジタル時計を見据えて、タクミはそう呟いた。

 朝からぶっ続けでやっていたためか、少々頭がぼうっとする。


 外に走るモノレールは、中に見える人影はあまりいない。今日が休日というのもあって、タクミは羽目を外しすぎていた。


 そんな彼に、一通のメールが届く。


『アフロの変態冒険者へ』


 その件名から、瞬時に差出人が分かった。

 アルテイシア――もとい流星セイラだ。


 メールを開き、中身を熟読する。


――

『スーアル』楽しめていますか? どうせ君のことだから、温すぎて体力一縛りとかやってるんでしょうけど。

あとその縛り、状態異常確定のボスとか出てくるから詰むよ。

――


「まじっ!?」



 途中の文章に驚かされながらも、彼はメールを読み進める。


――

レベル三十、もう少し?

何か困り事があれば何なりと。

――


 その一文を読み、彼は早速返事を送る。


――

『銃刀法違反者へ』



『スーアル』楽しめて

もう腕前も上がってきて、縛りだけじゃ物足りなくなってきたところです。


レベル三十まであと二十レベ程度!

我慢ならないので、レベリング教えて。


現在第三の街【ミツメノトシ】。

――


 そういった文面を素早く打ち込み、彼はセイラに返信する。


 今日の昼食であるカレーを用意し、攻略サイトを開いてスタンバっていたところで、ちょうど彼女からの返信がスマホに届いた。



――

『ドMへ』



そんな事だろうと思いました。

【ミツメノトシ】にいるなら、その次のエリアの【淡光の花園】でのレベリングが効率的かな。

そこのボスは割と早いスパンでリスポーンするのに経験値はボス相応のものが手に入るから、多少手間はかかるけどオススメ。


ボスに出会う条件は、とにかく花を拾うこと!


――


 二日目のカレーの美味さに酔いしれながら、彼はメールを見て感嘆した。


「ボスを使ったレベリング……これは暫く張り込めば、なかなか早く目的まで辿り着けそうだ」


 見ようとしていた攻略サイトを閉じて、カレーをかきこんだタクミ。


 メールを閉じようとした時、最後の方に添えられていた文章に目がいった。


――

早くしてね。待ち切れないから。

――


 口内に残っていたカレーを嚥下し、タクミはしばらく考え込む。

 通り抜けていくカレーのスパイスが、まだ鼻先にまで感じられた。


 ――彼女はのだろう?

 勧められたときは何も思わなかったが、ゲーム内で出会い、あの条件を告げられた時の彼女には確かな焦りのような感情が見受けられた。


 彼のような変態無しではクリアできないクエストがある?

 いや――それなら、わざわざ頼まない。ゲームにだってお金は必要だし、結構高い。

 社会人の生活費を削るようなことをしてまで、彼女はそんな事を他人に頼んだりはしない。


 でも、それ以外考えられない。


 

「レベル三十……それに何の意味がある? お前は何がしたいんだ……?」



 すこしの休憩を挟んでから、再び『スーアル』の世界へと飛び込んでいくのだった。


 


 ◇




 ――【淡光あわびかりの花園】――



 セイラのアドバイス通り、【ミツメノトシ】を超えた先にある、次なるマップに足を踏み入れた。

 

 そこはなんとも、ファンタジー感が溢れる幻想的な空間であった。

 天空を覆い尽くす巨大な樹木の羅列が、降り注ぐ陽光の量を軽減し、あまりに鮮やかな花々が咲き誇る大地の輝きを、灯火のように仄かなものへの変えている。


 

「へぇ……綺麗な場所だな」



 変態がまともな事を言うほど、『美しい』という言葉が似合うロケーションだった。

 とはいえ、彼の頭の中はレベリングのことでいっぱいだが。


 相変わらず体力ミリの冒険者は、ボスを求めて花園を駆け回る。


「そういえば……『花を拾え』だったな」


 拾え――ということは、アイテムとして取得できる花があるということだろう。

 それがボス遭遇のフラグになるとでもいうのだろうか?


 しばらく駆け回って分かったが、このエリアには雑魚敵がいない。

 いるとしても、全く人畜無害な大きい蝶や鳥くらいで経験値にもなりはしない。



「おっ、これか」



 走りながら拾い上げたのは『ロストハート』という名の赤い花。



「素材……なのか? まぁ、取っといて損ないだろ」


 

 その後も走り続けると同時に、花の採集に勤しんだ。

 このエリアの花々には名前があり、青い花は『コンフュズブルー』紫の花は『マッドバイオレット』など……何の意味があるのかは分からないが、よく作り込まれていた。



 そうして、花泥棒な彼を遥か空高く――【淡光】の元凶とも言える、張り巡らされた樹木の上から見下ろす存在がいた。


 それは彼が止まった瞬間を見定めて、樹木から飛び降りて、彼の背後に着地する。


 震動で武器を取り出しながら振り向いた彼が見たのは、まさに追い求めていたものだった。



 花々のように鮮やかで、強固な甲殻。

 発達した前脚は翼のようになっており、頭部は虎を彷彿とさせる恐ろしい形相。



――花園の守護者【アロマレックス】――


Lv.23



 風格と出現するタイミング――このモンスターが、【淡光の花園】のボスエネミーで間違いないだろう。


「不思議なボスだな、花を奪われて腹が立ったのかぁ?」


 会える条件が特殊なボス……討伐せずとも進めるのだから、問題ない事はないのだが。どうにも引っかかる部分があった。


 とはいえ、目的の物に出会えた。

 ヘヴェーブはスイッチを入れ、戦闘に集中する。



 突進してきたため、左方向へ回避し頭部へ一撃喰らわせる。

 手応えからして、ブレイク部位は頭ではないことは確か。だが、殴りやすい他の部位がそれだとは考えにくい。



か」



 ブレイク部位には、特殊な条件を満たさなければ発現すらしない物が存在するという。

 それを探るには――。



「とにかく、攻め続ける!」



 部位発現条件は様々――。それを自力で探るのは、はっきり言って現実的ではない。

 そのため、このゲームには全役職共通スキル『ビジョンシースルー』というものを会得できるアイテムが、かなり序盤の方で売られてあるのだが。


 ――先の発言からも分かるように、この男買っていない。


 何故か。それはこの男がドMだからで説明がつく。



「どうすれば出てくる?! 分からない!! この感覚すら気持ちがいい!!」



 手探りするよう攻撃する。

 翼脚、腹部、後ろ脚、尻尾。


 力強くも速さを兼ね備えた連撃に苦しめられながらも、彼は最高に楽しみつつ、ブレイク部位発現の時を手繰り寄せていく。


 花を奪ったら降りてくる、花のようなモンスター――こういう風に世界観が作り込まれたゲームでは、それが攻略の糸口になりがちだ。

 

 こいつは何故花を奪われるのを嫌う? 何故、わざわざ樹木の上で生活している?



 ヘヴェーブは叩きつけ攻撃を刀身で防いでから、その刃へ蹴りを入れることで弾き返した。


 頭へと伝わる痺れるような反動で、ベストアイデアを思いつく。


「へへ……お前の弱点、!!」


 咆哮と共に、奴の口内から放たれた水の塊。

 それを、あえてギリギリで回避して、鼻先へ凍てつくような冷たさを感じてから、敵めがけて疾走する。


 目の前まで虎のような形相が迫った時――その顎をアサルトソードでかち上げ、束の間の隙を生み出す。


 翼脚を伝って跳躍し、上空でスキル『コメットブレイク』を発動。

 ひねりをかけた墜落斬撃が、色鮮やかな甲殻を粉々に粉砕する。


 奴は弱々しい声を上げて怯み、甲殻が剥げ、丸見えになった箇所を見せながら転倒する。


「一か八かだったが……ビンゴ! 鮮やかな甲殻は光合成のような生態行動を支えるための、日光をよく取り込むため機構を有する! その甲殻形成には同じ成分を持った花が必要! 全てが繋がった! この快感すらも愛おしいな!」


 短時間で考察した割には、よく結びついたものだ。

 樹木の上には煌々とした太陽が間近にある。わざわざそこに住む理由は、こいつが日光をより多く必要とするからだろうと思ったからだ。



 テストの難問を解いた気になった彼は、剥き出しになった、プリンのようにぶよぶよした部位を見据える。



「花まるは俺のもんだっ!!」



 スキル『スパークスレイヴ』を発動させてからの、赤熱した刃による『サーフェイスショット』が奴のブレイク部位に直撃する。

 その一撃で破壊され、転倒していた【アロマレックス】は暴走を始めた。


 暴走――といっても、こちらの事など気にも留めず暴れまわっているだけであり、隙だらけであった。


 赤熱刃による凄まじい連撃を叩き込めば、【アロマレックス】は倒れて、ホログラムと化して消えていった。



「ボスだけあって、経験値たっぷりだな。一気にレベルアップだ」



 そうして彼は、花泥棒とバトルを繰り返し、これまでの鬱憤を晴らすよう、【アロマレックス】でレベリングを行うのだった。

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