第5話 煤振りの元凶



 新しい武器が手に入れば、やることは試運転たった一つである。


 冒険者、役職特攻士バーサーカーヘヴェーブ。現在レベル九。

 もうすぐ二桁台に突入しそうであった。


「【煤振りの黒原】のボスも、とっととぶっ潰して次のエリアに向かうとするか」


 ご存知かもしれないが、彼は意外とこのゲームを楽しんでいる。

 彼がゲームに求めるのは

 逆に言うと後付だろうが何だろうが、それさえあれば、彼はどんなゲームでもある程度は楽しむことができるのだ。




 ――【煤振りの黒原】――



 再びモノトーンの大地に立つアフロの変態。

 

 あいも変わらず、降り注ぐ黒い雪を思わせる煤は留まることを知らなかった。

 これまではある程度ファンタジー味のあったマップだったが、ここにきて一気にSF感が増したというか、乱入してきたというか。

 とにかく、頭上を覆う黒く厚い雲だったり随所に見られる人がいた形跡だったり、【霧隠の森林】とは似ても似つかないマップだった。


「荒廃した人里……って感じかね。まぁどれだけ考察しようが、そいつが即死級攻撃してくれるわけでもないしな」


 少し考えたヘヴェーブは、すぐに考えることを止めた。

 世界観が綿密に作り込まれたゲームも多く、それの考察に命をかける人もいるらしいが――楽しみ方は人それぞれだ。


「俺の楽しみ方は、王道メジャーだぜ」


 

 断じて違います。



 ボスを求めて探索し始めたヘヴェーブだったが、道半ば、未知のモンスターと遭遇する。


「おおっ!! こいつは……!!」


 頬を赤らめて高揚する彼の前にいるのは、名前表記がエネミー。

 恐竜を彷彿とさせ、発達した脚と退化した前脚には強靭な爪を持つ、白い鱗を持つモンスターだった。



”アンヒュモラス”


Lv.12



「赤い文字ってことは、相応に強いモンスターなんだろうな?! いざ!!」



 一発食らったら即死。相変わらずそんな縛りを設けながら、ヘヴェーブは奴に戦いを挑んだ。


 飛びかかり、噛みつき、終いには尻尾を用いた回転攻撃……その目に留まらぬ連撃は、雑魚モンスターとは思えない代物だった。


「うっひょっ……たまんねぇ……! でもな、隙だらけだぜ! 克服個体を見習いな!」


 プリンやゴブリンなんかとは、比べ物にならないヒリヒリ感を味わいつつも、彼は早くも敵の隙を見切っていた。

 回転攻撃から飛びかかりに移るまでの間生まれる、僅かなディレイ。

 

 ヘヴェーブはそこをジャストに突くよう、スキル『サーフェイスショット』を発動。

 頭部へクリーンヒットし、敵が大きく仰け反った。


「ブレイク部位は頭だなっ!!」


 興奮してきたヘヴェーブが、とどめの一撃を食らわせようとした、その時のことだった。



 負けじと連撃攻撃に移ろうとしたアンヒュモラスを押し潰すように、上空から飛来した。


 凄まじい震動が舞い上がらせた砂埃で、ヘヴェーブの視界は閉ざされてしまう。


 砂埃が晴れる頃、飛来した何かの正体はすぐに判明するのだった。



「そっちからお出ましか」



 黒い大地に屹立する巨体。

 機械――と一目見ただけでは錯覚するだろうが、円柱状の鉄塊を支える蜘蛛のような脚は肉々しい物質で構成されている。

 鉄塊の隙間から覗く光学センサが、彼を獲物と見定めて、ギラリと輝いた。



――煤振りの元凶【バイオレイン】――



「お手並み……拝見っ!!」


 先手を打った【バイオレイン】の動きに対応し、ヘヴェーブは駆け出す。

 まずは柔らかそうな脚を挨拶代わりに切ってみたが、斬り心地が良いものの、ブレイク部位ではないらしい。


 【バイオレイン】の叩きつけが二連続で襲い来る。攻撃の度に鳴り響く肉々しい音が不快であったが、今のところ攻撃は単調。

 

 叩きつけを回避しながら、回避際に『サーフェイスショット』を放つ。

 効いている様子はあったものの、この方法ではいまいち


 こうやってチマチマやっていても倒せるだろうが――それでは、体力をわざわざ瀕死で保っている意味がない。


 今までは避けていた【バイオレイン】の攻撃を、立ち止まって真正面から受け止める。

 高い攻撃力を活かし、その攻撃を弾き返した。


 逃げの姿勢をとってから、途端に攻めの姿勢へと変化させ、困惑する敵へ遠慮なく攻撃を叩き込んでいく。


「お前のブレイク部位はどこだ!? 見せてみろよ!!」


 彼の予想では、このエネミーのブレイク部位は――あの

 どうやって中まで攻撃するのかは未だ考え中だが、脚も違うとなれば可能性は高い。


 ヘヴェーブの突然の跳躍に、【バイオレイン】は驚愕し、束の間の硬直を見せる。

 攻撃のチャンス――と思われた次の瞬間、奴の頭頂部にあたる部位の鉄板が、ガン! と轟音を立てて開く。


 さながら火山の噴火かのように、黒い液体が噴き出してくる。

 

 ヘヴェーブは攻めから逃げの姿勢に早変わりし、着地した瞬間走り出す。

 地上へ降り注いでくる黒い塊――おそらくは、この地面を覆い尽くす灰のような物質と同じ性質。


「煤振りの……! 面白ぇ!」


 荒廃した大地、降り止まぬ黒い絶望、そこに君臨する暴君にして元凶。

 全てが点と線のように繋がる解放感――これもなかなかたまらないが、彼が求めるのはただ一つ。


「そんなに強いやつなら、もっと俺を楽しませてみろ!」


 こと、ただそれだけである。



 アサルトソードを振り回し、飛翔する漆黒を縦横無尽に斬り駆ける。

 再び跳躍し、上空にてスキル『コメットブレイク』を発動。


 全体重を刀身に乗せるような斬撃を、丸見えの内部へ叩き込もうとした。


「ビンゴ!! お前の中身、見えたぜ!!」


 ぱっくりと開いた頭頂部から覗くのは、各々が虫のように蠢く肉々しい物体。

 それは、まるで彼を認知しているかのように外へと露出している。


 そんな物体に、頭上から振り下ろされる強烈な斬撃がお見舞いされれば、肉片が欠片となって飛び散り、凄まじい衝撃波が発生する。



 ――ブレイク状態。

 殴り放題のビッグチャンスタイム。



「終わる事の無い煤振りの時を、俺がぶっ壊してやるよ!!」



 ヘヴェーブは奴の脚に飛び乗り、無茶苦茶な乱れ斬りを放ちながら、頭頂部まで一気に駆け上がった。

 飛翔と同時にスキル『スパークスレイヴ』を発動。クリティカル発生確率、威力アップの序盤とは思えない破格性能だ。


 赤く燃え滾る大剣を構え、ヘヴェーブは目一杯の力をその刃に乗せる。

 重心を矛先へと集中させ、一気に急降下――その一閃は、露出した内部の肉塊を的確に捉えており、直撃と同時に激しく飛散した。


 奥まで刃を突き刺すと、鉄塊にヒビが入る。


 剣を引き抜き、くるりと翻って後退した直後、黒い煙を吐き出しながら、【バイオレイン】は爆散した。


 辺りを覆い尽くしていた黒い灰と厚い雲が、瞬く間に吹き飛んで、本来の景色であろう荒れ果ててはいるが、澄んだ空の下に広がる綺麗な荒野が現れた。


 瞬間、彼の頬を撫でながら乾いた風が吹き抜けていく。



「なかなか良いバトルだった。だが、まだまだ弱い」



 アサルトソードを肩に担ぎ、満足げな表情で言い放たれた言葉は、それに見合わないものであった。


 ――そう、これまでやってきたゲームに比べたらモーションも耐久も生ぬるい。

 今は辛うじて体力を自ら制限する、という方法で無理矢理鬼畜ゲーにしてはいるものの……あっても無くても変わらない、といった感じだ。



「『スーサイド・アルカディア』……なんだろ? もう少し付き合ってやるから、期待を裏切らないでくれよ」


 

 

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