私だけが知っている委員長の本当の顔

音愛トオル

私だけが知っている委員長の本当の顔

 宇宙の闇に煌々と光を放つ、宴に踊るその星。人々そして人でない者たちと機械たちと情報化された知性体ほか、あらゆる種族の者たちのるつぼ。

 その星でたった2人、何でも屋稼業を営む若き太陽系―地球起源の知的生命体族、学術名ホモ・サピエンスつまり人間の、いくつかある性分類のうち「female」と身体的に分類されそしてその性を生きている――少女たちがいた。


「カレン、目標ターゲットが近い。気を付けて」

「おっけ~。セレンも、サポートよろしくねん」

「任せて。この手のハッキング、いくら相手が船籍を欺瞞してこの星に忍び込むほどのアウトローでも、あたしの手にかかればどうってこない」


 黒と青のメッシュの髪を風にはためかせ、インナーに星々をちりばめたような色とりどりのカラーを入れた小柄な方が、カレン。

 きつく縛った髪の先をピンクの蛍光色に染めたすらっとした体躯の方が、セレン。


 眼下に広がるきらびやかな町並み。この宴の星の首都を一望できる唯一の建物、通称――から離れること数千キロ、首都に比べるとさびれた(と言っても空を車が飛び交い様々なでごった返している)街の廃ビルの中で、2人は身を潜めていた。目標は5人。

 星間協定違反の人間を含む種族混合の星間アウトローで、この星には未開惑星で発見された生物のサンプルの違法取引のためにやって来ている。あれらのサンプルは正式な手順を踏んだ学術的及びそのほか諸々の公的組織の目を盗んでよくやり取りされる。

 市場に出回るわけではなく、コレクターがいるのだ。


「セレン、首尾はどう?」

「うーん、簡単だと思ったけど、こいつら結構お金持ってるっぽくて……あたしらみたいに腕は立っても万年金欠だと、性能のごり押しで耐えられちゃうかも」

「なるほどね……思ったより厄介だなぁ」


 セレンが物陰で必死の作業をしている間、カレンは情報化させた自分のペットに電子的追跡させていたアウトロー5人に動きがあるのをとらえた。こちらの存在に気が付いたわけではなく、別のに見つかったらしい。

 そう、別の、である。


「えー、うっそ!今回しかチャンスないのに!これ逃したらまたしばらく依頼ないよ!?」

「ぬかったね――この依頼準備が大変だし、あたしたちが一瞬で依頼を片せば他の奴らに追いつかれる前にクリアできると思ったのに」

「ど、どうする?同業者、4人組だけど」

「――待って。これ、いけるかも」


 同業者たちはよほど実力に自信があるのか、アウトローたちを見つけ次第仕掛けにいくつもりらしい。カレンたちのように奇襲するでもなく、だ。路地をいくつか挟んだところから、カレンのペットが映像を送って来る。

 アウトローたちは数分前に気が付いており、迎撃の体勢だ。ある者は可塑性金属の武器で、一撃ごとに攻め方を変える方法で。ある者は、その種族特有の剛腕で。


「……ねえ、これ」

「ね?言ったでしょ」


 実力は拮抗していたらしい。

 壮絶な戦いの末、どちらも疲労困憊の様子で、カレンとセレンは2人がかりであっと言う間にアウトロー5人とついでに同業者4人を拘束した。これを依頼主の元に引き渡せば、晴れて依頼達成だ。

 同業者については、ちょっぴりと、期限を告げずにいくつかの道具を後、十分な距離を取ってから遠隔で拘束を解除した。


「ねえ!見て!すっごい大量なんだけど!」

「これは……あたしちょっと見たことないかも。一気に装備とかレベルアップできるんじゃない?」

「だよね!来週、フェス限のめっちゃ可愛いコスガチャがあるじゃん?これなら引けるかも――!」

「来週かぁ……カレンのところもそういばテストなんだよね?あたしもテストで」

「いいじゃん!テスト休み、確か木曜日だったよね?私、木曜日は半日だから午後からやろうよ!セレンの運もちょうだいな~」



――私は画面の中で自分のアバター(つまりカレン)に、この前のイベントで手に入った妙ちくりんなダンスモーションをさせながら、セレンにおねだりした。


 声だけだと分かっているけど、両手を合わせてしながら。


「だ、だめだよ。あたし、欲しい装備ガチャ引かないとだし」

「あはは、冗談だよっ」


 テスト期間は勉強をするから、とお互いオンしないつもりだったけど、突発のイベントがあるらしいと知って、1時間だけ繋がった。ゲーム内の通話チャンネルではなく、ゲーマー御用達のコミュニケーションサービスの個人サーバーでの会話。

 他のプレイヤーに聞かれる心配がないから、実は同い年の高校1年生と知って以来、私たちはゲームをしつつ、こうして現実の雑談もしている。


「ふぅ……ちょっと疲れちゃった。カレン、今2時半だし、3時まで休憩がてらお話しようよ」

「……!」


 私はゲーム機(セレンはパソコンでやっている)の電源を落としながら、イヤホンから聞こえて来たその声に思わずコントローラーを落としてしまう。幸い本体には落ちなかったが、がちょん、とスティックが変な方向に曲がって落ちた。

 けれど、それどころではない。

 ゲーム内のセレンは頼れるサポートハッカーとして時に大胆な計画で数々の依頼をこなしてくれる。でも、ゲームをしていない時のセレンはあまり、積極的なタイプではないみたいで、


「えへへ。初めて誘ってくれたね、セレンから」

「え、そ、そうだっけ?」


 ゲームが終わった後、数分の雑談に誘うのはいつも、私からだったのに。


 私は嬉しすぎて、私の姿が見えないのをいいことに小躍りをして、音を立てないようにベッドに寝ころんだ後、枕を抱きしめる。……無線のイヤホンに替えてよかった。そうじゃなかったら、無理やり踊ってイヤホンが飛び散ってしまっていただろう。

 嬉しさの波が引かず、足をばたばた。いや、これは聞こえちゃうかな。

 

「……だ、だって。ゲームと関係ない話、とか。迷惑かな、って」

「――そんなことない!私、セレンともっといろんな話したいもん」


 正直、同い年だと分かるまではこうは思っていなかった。

 だって怖いし。画面の向こうが、まあ宇宙人とはいかないまでも、今の時代ボイスチェンジャーもあるし。でも、たまたまパーティを組んで、ボイスチャットからはじめて、コミュニケーションサーバーに招待されて。

 妙に会話が噛み合うなと思ったら高校1年で。


「なんか、カレンが時々心配になるよ」

「え?なんでよ」

「……ううん。忘れて。でも、そっか。それはちょっと――えへへ。嬉しいかも」


 私はセレンの声に含まれたその優しい色にどきりとして、枕を可哀そうなくらい強く抱きしめた。ああ、セレンはどんな顔で笑う子なんだろう。

 いつか、会えたら――


「……あのさ、セレン。私」

「え?カレンも経験ある?面白い先生」

「えっ」


 勢いに任せて「会いたい」と言ってしまおうかと、そうつぶやいた時「カレンも」と言われて、私は一瞬セレンがエスパーなのかと思った。しかしどうやら私はぼうっとしていたみたいで、セレンは学校の話をしていたようだ。

 軽く謝って、もう一度最初から聞くことにした。


「ええっとね。音楽の秋山先生がね、すっごい面白くて。歌ったりするのは得意じゃないんだけど、今日もいっぱい笑っちゃったんだ」

「――え?」


 さて、確率の話だ。

 「音楽の秋山先生」はたくさんいると思う。珍しい名前じゃないし。「話が面白い」が枕詞についたら、その数はかなり減ると思う。それで「今日授業があった」となると、芸術科目はだいたい週に1回だからこれも絞られるだろう。

 のでさえなければなんてことはない雑談だ。


「――ちなみに、音楽って2限?」

「え、うん。そうだけど」

「……じゃあ、秋山先生の下の名前って」


 セレンが言った名前はなるほど、私の知る秋山先生だ。

 いや、まだ同姓同名という可能性もある。


「じゃあ、秋山先生の身長とか髪型って」


 またしても、ドンピシャだ。

 というか、あんな目立つ髪型そうそういないし。


「……ねえ」


 ところで芸術科目は、少なくとも私の学校では2クラス合同である。そして、何を隠そうセレンは学級委員長をしているらしい。よく委員会の話を聞くから間違いない。

 ちなみに隣のクラスの委員は男の子だ。


「――は、はい」


 セレンも何かに気が付いたのか、声を震わせている。私と同じ理由だったらちょっと嬉しいけど、大方、「言っちゃった~!」という所だろう。

 そう、セレンはなぜか、固有名詞を言ってくれないから。「秋山先生」が雑談で初めて聞いた。


「……明日、学校ちゃんと来てよね。

「――うっ、ず、ずるい!多分なんだろうけど、あたしはまだカレンが誰か分からない!」

「そこはほら、声で」

「通話と現実の声って違うことあるし」

「それは……まあ、確かに。うん、分かった。じゃあ、カレンがよくやってるみたいに、明日、セレンの肩を2本の指で3回叩くいつもの合図をするから」

「……なんか、秘密の合図みたいでいいかも」

「へへ、でしょ!」


 かくして、私こと宴の星を駆ける何でも屋のカレン――もとい、柊香蓮ひいらぎかれんは、現実世界で初めて、バディに会うことになった。

 3時になり、通話が終わる。明日が月曜日でよかった。すぐに会える。


「……どぅえへへ」


 私は枕にほおずりをしながら、今度は思う存分足をばたつかせた。

 だって、セレンに会える――しかも、委員長だ。


「おねえ、きもいよ」

「うるせえこっちはさっき宇宙を駆けてきたんだぞ」

「まあいいけど。これ、テスト勉強に買ってきたおやつ思ったより多かったから半分あげる」

「え、いいの!」


 私は、いつも教室で眺めている委員長の横顔を、今日は努めて思い出さないように過ごしたのだった。



※※※



 やばい。

 控えめに言って、超新星爆発くらいには大変なことが起きてしまう。


「ど、どうしよう~!」


 に、あたしの本当の顔がばれてしまった。クラスでは真面目な委員長で通ってるのに、オンラインゲームが趣味で週末にがっつりプレイしたり、アバターになり切って口調も、


『あたしの手にかかればどうってこない』


 あんなにかっこつけちゃってるし。


「……カレン」


 でも、カレンに会ってみたかったのは、本当だ。私が好きなあのカレンの声で、「かなた」と、私の名前を呼んで欲しい。沢木さわきかなたとしてじゃ、きっとカレンには釣り合わないと思っていた。でも。

 ゲームが趣味の子が周りにあまりいなくて、まして学校では真面目キャラで通ってるから――とは、言い訳で。ほんとは人見知りで、あんまり話しかけるの、得意じゃなくて。中学の時、ゲームの話をしてる女子も何人かいたけど、輪に入れなくて。


「同じ、クラスとか」


 これはもう、天文学的確率だ。こんな運、一生のうちでもそうそうないだろう。

 ということはつまり、来週の装備ガチャのぶんの運が心配なんだけど、全部外れてもこの際、いいと思った。


「友達に、なれるといいな」


 あたしは、顔の見えない相手との個人通話でいきなり年齢とか学生であるとかぺらぺら喋っちゃう、色んな意味で心配なカレンがを想像しないように、テスト勉強に戻ったのだった。



※※※



 あまたのボス戦を潜り抜けて来たあたしだけど、今までのどんなボスよりも緊張していた。それはそうだ。いつ「合図」が来るか分からないし。それにカレンがどのくらいの時間に来るかも分からない。

 だから余裕をもってかなり早い時間に登校した。


「うう……緊張する」


 ゲーム内の「セレン」はパンクな格好だけど、「かなた」の方は髪色以外はカレンみたいなロングヘアで、うん。やっぱり地味、かな。釣り合う、かな。

 朝かなり時間をかけて整えて来た前髪が気になってしきりに触ってしまう。いつもなら予習なり復習なりするところだが、今日はただじっと待つことしかできなかった。


「あ、あの子」


 まだ教室にあたししかいない、朝のHRまで1時間近くあるこの時間。教室にやって来たのは、薄い茶色に染まった髪の、緩やかにウェーブを描くポニーテールがとても可愛らしい子だ。普段はHRぎりぎりに登校してきたり、たまに遅刻してきたりする子。

 委員長としては心配だけど、あまり関わるタイプではない。名前は確か、柊さんだっ――んん?


 待って、いくらなんでもさすがに。


 柊さんはなぜかあたしから不自然なくらい視線をずらし、中途半端に曲げた首を気にしながら自分の席へと向かっている。あたしは廊下側の前の方。柊さんは窓側の真ん中くらい。

 だから、教卓の後ろを通って行けばすぐにたどり着けるはずなのになぜか、こっちに来る。廊下側の列の席を、一つ、二つと通過して――


「……えっと、お、おはよう。柊さん」

「――っ。あー……はよ」


 あたしの席の前で少し止まるものだから、思わず挨拶をしてしまった。人見知りのあたしにあるまじき行為だったけど、と思うと、なんだか、自然とおはようが出て来た。

 柊さんは挨拶されるとは思っていなかったようで、びくっ、と肩が跳ねた。ラフに肩から提げていたスクールバッグを抱えるようにして、ちょっと前かがみ気味にあたしを通り過ぎていく。

 「合図」を待っていたあたしは、けれど、一向に来ない「合図」に徐々に焦燥感が顔を覗かせるのが分かった。そう、だからって、さすがに「カレン」も本名をゲームのアバターの名前にするほどじゃ……。

 え、じゃあもしかしてあたし、急に挨拶してきただけのヤツ?


「うう……」


 やや後ろの方から、椅子を引いて座る音が聞こえて、あたしは自分の勘違いがはっきりした。

 ああ、やってしまった。「セレン」を思い出してつい強気になっちゃったんだ。うう、柊さん、めっちゃ声冷たかったし、どうしよう。


「――っ」


 あたしは顔を両手で押さえて机に突っ伏した。早くさっきの挨拶を忘れたい一心で、必死に頭の中で叫んでいたから、に気が付かなかった。

 けれど、2度、3度と繰り返されればさすがに分かる。


 それは、カレンからの合図だ。


(柊さんの後に、誰か来たのかな)


 あたしは突っ伏したまま軽く深呼吸して、ええいままよと後ろを振り向いた。


「あ」

「うっ」


 そこには、顔を真っ赤にして俯く、柊さんが居たんだ。



※※※



 私は友達が欲しかった。

 中学校の頃、周りにうまく馴染めなくて、ちゃんとした友達が出来なかった。だから高校は頑張らないと、と思って髪をちょっと染めて、ポニーテールもただ縛るだけじゃなくてアイロンをかけて気を遣った。

 いわゆる高校デビューだけど――蓋を開けてみれば、入学式の日から染まってる子なんて居なかった。ただ私の場合、ちょっと怖くて薄い茶色にしただけだったから、無理やり地毛ってことにした。まあ多分気づかれてるけど。

 初日、頑張ったけど怖がられてしまった。

 1週間、ちゃんとHRの10分前までには登校するようにしていたのが、1分前くらになった。

 1か月、遅刻が増えて来た。

 そんな私にとって、委員長はとても素敵な人に見えた。


「ひ、柊さん。何か困ったことがあったら言ってね。い、委員長だし……」

「え……なんで、私に」

「りっ、理由はないけど。あたしが、心配なだ、だけで――あっ、迷惑とかだったら、その……」


 迷惑じゃなかった。

 2か月目、私は多分「委員長が見てくれてる」を頼りに、学校に来ていた。それがなかったら――


「えへへ、委員長びっくりするかな」


 だから、今日は一番早く来て、委員長を「合図」で驚かそう。そして、ちゃんとお礼を言って、その後は。

 そう、思っていたのに。


「あっ」


 教室を開けたら、目が合ってしまった。

 前髪を気にしながら、綺麗な姿勢で座っている委員長と。私は恥ずかしくなって、変な姿勢で目を逸らしながら委員長に近づいた。ああ、挨拶してくれたのに変な声しか出ない。

 結局「合図」できなかった。


「……ううん、だめだ。このままじゃ、また」


 今の私は「カレン」だ。昨日だって、かっこよくアウトローを捕まえたではないか。大丈夫。いつも「セレン」と話しているみたいにすればいい。ただ、それだけ。

 それだけのことなのに、こんなに心臓が痛くなるのは、ああ、どうしてだろう。


「ふう――よし」


 意を決して委員長に近づいた私、そしてなぜか何回か「合図」するまで気づいて貰えなかった私は、委員長の第一声があまりに予想外過ぎて、固まってしまったんだ。


「……カレン。ゲームの名前と本名は分けた方がいいよ」

「えっ。え、そうなの?」


 高校に入るまであまりゲームをやってこなかった。高校でも馴染めなくて、気分転換に妹のゲーム機を借りて色んなゲームをするうちに、どんどんハマっていった。

 最初はオフラインのRPGとかで、自分の名前のキャラクターが活躍するのは見ていて楽しかった。そんなある日、世界観が好みのオンラインゲームを見つけて、現実では無理でもここでなら――と。

 普段通り「カレン」と名付けたんだ、という経緯を「友達が欲しかったから」の部分を抜いて伝えると、セレンは――ううん、委員長は微笑んだ。初めてみる、優しさと柔らかさを感じさせる、温かな笑み。


「今度から気を付けてね」

「――!う、うん……」


 委員長はそう言うと、隣の席に座るよう促してくれた。

 油をさしていないロボットみたいな動きで、私は席に着く。ああ、近くに委員長がいる。


「柊さん、普段はあんな感じなんだね。意外かも」

「そっ、それは、い、委員長だって。ゲームだとあんなにかっこいいのすごいよ!すっごいうまいし、憧れてて――あ」

「……あ、ありがとう」


 せっかく委員長が会話のきっかけを作ってくれたのに、勢い余って「セレン」にも言っていないことを言ってしまった。うう、恥ずかしい。面と向かってこんなこと。

 ああ、ゲームならもっとちゃんと話せていたのに。


「あの、柊さん――ううん。

「……っ!?」


 名前を呼ばれて、私は舌が飛んで行ってしまうかと思った。だって、それは多分、「カレン」じゃなくて、「香蓮」で。

 いつも見て素敵だな、と思っている、委員長の綺麗で長い髪。委員長はそれを耳に払いながら、少し朱に染まった頬をぽりぽりと掻いた。


「も、もし、よかったら……あたしのことは、って、呼んで欲しい」

「――!いいん……ううん。分かった。

「……っ!!」


 委員長の肩が跳ね、つま先をくっつけて、太ももの間に手を挟んできゅっ、と縮こまってしまった。その反応を見て、私は胸の痛みが強くなる。

 も、もしかして委員長も――かなたも、名前を呼ばれて、嬉しかったりするのかな。私にとっての委員長が「1」なのに対して、その逆が「クラスメイトたち」でしかない。そう、思っていたから。

 もしそうだったら、嬉しいな。


「なんか、もう何か月もバディしてるのに、目の前で話すと新鮮だね」

「う、うん……あたしも、げ、ゲーム歴長いけどさすがにこういうのは、初めて」

「ふふっ」

「……あははっ」


 最初の気まずさは、とっくに消えていた。

 カレンは長髪、セレンがポニテ。

 現実では香蓮はポニテでかなたがロング。

 それもまた、なんか運命みたいで、ああいいなって思った。


「……ねえ!今日、一緒に帰ろうよ――かなた」

「うん。委員会終わるまで、待ってて香蓮」


 私たちの新しい日常が始まるんだな、と私は喜びと期待に、胸がいっぱいになった。いつしかあれだけ痛かった心臓は、心地いい熱さに変わっていた。



※※※



 私たちがやっているゲームは性別が2つどころかプレイヤーの自由選択が出来るし、キャラメイクもかなり自由度が高い。宴の星やそれ以外の色んな星々の価値観も、だいぶ多様性に溢れている。

 だから、気づけたんだ。


 かなたへの想いは最初から、恋だったのかもしれないって。



※※※



 昔から本を読むのが好きで、色んな文学作品を読んできた。その中でも、女の子同士の恋愛の話が大好きで、だからこそあのオンラインゲームを始めた。そのタイトルなら安心してプレイできると思ったから。

 だから、分かった。


 友達になって数か月、あたしの気持ちは恋に変わっているんだって。



※※※



 3月に入ったというのに冬みたいな寒さのある日。あたしは香蓮と待ち合わせていた。こうするとHRの10分前に着くことになってしまい、予習と復習の時間がなくなる。

 でも、、香蓮と一緒に登校出来る。


「ふわ……昨日でイベント最終日だからってちょっとやりすぎたかな」


 いつもなら21時までにはやめているが、昨日は23時前までやってしまった。そのせいで少し寝不足気味だったあたしは、肩を2本の指で3回叩かれて、思わず笑みがこぼれた。

 この合図、学校で初めて会った時以来だ――もちろん、バディになってから、初めて。


「ふふ、おはよ、香蓮」

「おはよ!かなた」


 香蓮はすっかり髪が黒に戻ったが、ポニーテールのウェーブは健在だった。以前、週末にお出かけした時に「ふわふわで可愛くて、好き」と伝えたからだろうか。

 だったら、嬉しい。


「昨日は楽しかったね」

「うん。でもかなたはちゃんと寝れた?」

「あはは、バレてた。ちょっと寝不足――でも、香蓮に会ったら目が覚めたよ」

「うっ、それってどういうこと?私がうるさいから?」


 香蓮は打ち解けた後は「カレン」の時と同じような口調なのだと知った。あたしはといえばちゃんと「セレン」と棲み分けている。最初の頃は、「かなた」で喋った2時間後くらいに「セレン」で話すのがちょっと恥ずかしかったけど。

 こうやって唇を尖らせて、微塵も怒っていないくせに睨んでくる仕草は、本当に可愛くて、あたしは胸が高鳴るのを感じた。これが恋だと素直に気づけた時は嬉しかったし、こうしてどきどき出来て、それが楽しい。


「ううん。香蓮が可愛いから」

「――っ!?ちょ、え!?」


 からかいのふりをして、本音を言ってみる。

 その恥ずかしさとどきどきが、最高に心地よかった。


――片想いでなかったら、たぶん、もっと。


「……ど」

「どうしたの?」

「私もだけど!」

「……えっ」


 だから、ふいに香蓮がそう叫んだのを目にして、あたしは一瞬、後悔に苛まれた。だって、少なくとも声量は怒っているみたいだったから。

 でも、待って――


「わ、私だって……いっつも可愛いかなたの隣あるいて、どきどきで眠気なくなってるけど」

「――は、張り合うの、そこ……?」


 危ない。

 香蓮の口からそんな言葉が出てくるとは思わなくて、あたしは喉を引きつらせてしまった。慌てて取り繕ったが、なんか、とってつけたみたいな微妙な不自然さがある。

 でも、今のって――あたしが最初に言ったから?


「ほ、ほら!行こ!遅刻するよ」

「あ、う、うん……ちょっ、香蓮待ってって」


 足早に先を行く香蓮の耳が真っ赤なのは、果たして気のせいだろうか。



※※※



 今日のかなたなんかおかしい!


「うう……」


 いつもはこんなこと、少なくとも「セレン」じゃない時には言わないのに。「セレン」に言われてもそれはそれで枕がまたつぶれるんだけど、でも、こうして目の前で言われると、全然違う。

 瞬きの仕方を忘れるし、あれ、息ってどうするんだっけ――とか、好きな人にあんなに素敵な表情で「可愛い」なんて言われたら、歩き方だって忘れてしまう。変な風じゃないかな、大丈夫かな。

 毎朝一緒に登校できるだけでも嬉しいのに、こんなこと言われたら、私、私――もう、我慢、できないよ……。


 だって、かなたもやってる、同じゲーム。

 こんなふうに、言ってくれてる。だったら、私の気持ちを伝えても。だってもう1年近くバディをやってるし、学校で会ってからはずっと一緒に登校してる。

 肩が触れる距離で歩いてくるの、ずるいよ……。


「――かなた」


 私は、ムードもへったくれもない、ただの歩道の真ん中で決めてしまった。

 今も肩が触れて、指先が触れるこの距離で、想いを告げたい、と。


――もうすぐクラス替えだ。環境が変わったら今みたいな日常を送れないかもしれない。


 なんて、待ってたら一生来ないかもしれないんだ。


「ん?もしかして、何か忘れ物?」

「――ちょっと、あっち行こう」

「え、え?ほんとに遅刻しちゃ……」


 最初は抵抗したのに、何故かかなたはすんなりとついてきてくれた。どことなく顔が赤い気がしたが、気のせいだと思う。

 この時間、学校に急ぐ生徒はそこそこいるから、かなり離れないと静かな場所には出られなかった。このロスだけで遅刻確定だな、と思ったけど1回の遅刻くらいがなんだ。


「ほ、ほんとに――どうしたの、香蓮」


 かなたはどこか不安そうな表情で、私を覗いている。普段のかなたなら、遅刻を許さなそうなのに、私にただならぬ何かを感じたんだろうか。

 それとも、もしかしてかなたも――


 ううん、それは、それだけは多分ないよ。


 そうやって決めつけないと、簡単にして、しまうから。


「私、言いたいことが、あって」

「――う、うん」


 パーティに誘われた時。初めて声を聞いた時。サーバー参加の返事をした時。同年代と知った時の第一声。教室で「セレン」に会った時。最初に待ち合わせた時、この前のお出かけの時。

 今までの「セレン」との、「かなた」との時間の中で一番の緊張を、私は、深呼吸ひとつで飲み込んだ。


「……ずっと、大好きです。かなた」


 制服のシャツの襟を掴みながら、私はかなたに告げた。


「――それは、恋愛的に、ってこと?」

「うん」

「そ、そっか」


 かなたはゆっくりと目を見開き、さっ、と口元に手を当てた。ずり、と足が後ずさって、きつく、目が閉じられる。


――あ、れ。


「……や、やっぱりごめん!今の無し!」


 私はかなたの反応から「拒絶」を読み取って、咄嗟にそう叫んでいた。だが、「ごめんね」の「ご」の形に口を開いた、その刹那だ。

 かなたは一歩、足を踏み出して私に近づいて――ぎゅっ、と抱きしめてきた。


 まるで私が枕にする、みたいに。


「……ぇ」

「そんなこと、言わなくていいんだよ、香蓮。ありがとう、言ってくれて」

「どぅぇ、あっ、はひゃ……」

「ねえ、香蓮。もう一回言って」

「な、なにを……」

「だって、無しにしちゃったでしょ」


 私の首に手を回したまま、かなたは抱擁を解いた。

 目を細めて「もう一回」を促してきて、私はよく回らない頭で、言った。


「大好き」

「――嬉しい」

「え」

「私も、大好き。同じ気持ちだよ香蓮」

「え」


 私は思った。

 今この瞬間のかなたの微笑みが、ああ一番可愛いなって。


「かなた……」

「香蓮」


 ゲーム内ですらこんなにアバターどうしを近づけたことがない。文字通り、今までで一番近くに、かなたの顔がある。

 まつ毛長くてきれい。唇、可愛い。目、私を見てる。

 頬、ちょっと赤くて――ああ、どきどきする。

 あれ、なんか近くなってきてる。うう、恥ずかしい、もう見れない。

 時間がゆっくりになったみたい。吐息が近い。熱い。あったかい。


――ふれる。


「……香蓮っ、手繋いでさ!走って学校行ったら、まだ間に合うよね!」

「――かなた。う、うんっ。行こう!」


 手、繋がなくても走れるけど、それがなかったら多分、私は――私は、これからの関係を走れない。

 もうそれほど、お互いが大切だった。

 

「かなたっ」

「なにっ」


 走りながら、私はきっとゲームでも再現できないくらいの満面の笑みで、言った。


「私たち、恋人だよねっ」

「もちろん……!」


 本当はサボって、一緒に初デートをしたい気持ちもあった。でも、私が好きになったは、そんなことしない。

 だから一緒に学校に行って、そして一緒に帰って。

 また、宴の星でも会って。


「――大好き!かなたっ」



 これからもきっと、沢山伝えるだろうその想いを、春の朝に私は叫んだ。

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