わたくしを狂わせた男

鳥尾巻

ロビンさま

 皆様ごきげんよう。


 わたくし鳥尾巻が彼に出会ったのは、まだ動物や虫、無機物や植物と話せると心から信じていた純真無垢な少女の頃でした。

 人見知りで泣き虫で本が友達の独りぼっちのわたくしでしたが、彼との邂逅が人生を変えたと言っても過言ではありません。

 内向的でありながら冒険を好む性質のあるわたくしは、独り図書館に入り浸り、冒険小説などを読み漁っては、海賊や探偵、冒険家などに憧れを抱いておりました。

 

 そんな折、私は彼と出会ってしまったのです。彼の名はロビンソン・クルーソー。彼の手記(という体裁を取った小説)は、読んだことがない方でも「ああ、無人島に漂流してた人ね」くらいの知名度はあるのではないでしょうか。

 正式には「自分以外の全員が犠牲になった難破で岸辺に投げ出され、アメリカの浜辺、オルーノクという大河の河口近くの無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に海賊船に助けられたヨーク出身の船乗りロビンソン・クルーソーの生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述」(The Life and Strange Surprizing Adventures of Robinson Crusoe, of York, Mariner:Who lived Eight and Twenty Years, all alone in an un‐inhabited Island on the Coast of America, near the Mouth of the Great River of Oroonoque;Having been cast on Shore by Shipwreck, wherein all the Men perished but himself. With An Account how he was at last as strangely deliver’d by Pyrates)というラノベもびっくりの長文タイトルでございます。

 今さらながら、ざっくりあらすじをご紹介しますと、裕福な家に生まれるも家族と折り合いが悪く家出して船乗りになり、嵐で独り無人島に漂流したものの、救助されるまで自力で逞しく生き抜いた男の話です。


 幼いわたくしは彼の話に夢中になりました。道具もほとんどない中で狩りをし、野生の山羊やオウムを飼い慣らし、自分で服を作り家を建てる。近くの島に住む食人習慣のある原住民から捕虜の一人を救い出し彼と生活をします。

 自由と孤独と冒険。知恵と勇気と開拓心。晴耕雨読(読むものないけど)。なんという理想の生活!

 すっかり感化されたわたくしは、それから無人島で生活するにはどうしたら良いかと試行錯誤の人生を始めることになるのです。

 まずは自分のことは自分で出来るようになるのは当然。虚弱であった為、体を鍛えることもいたします。己の体の構造を知り、簡単な医学の知識を仕入れます。動植物の知識、航海術、気候や開墾や農業の知識も必要です。糸を紡ぎ布を織り縫製を学ぶ。サバイバル生活に備え、肉の捌き方、食べられるキノコや野草の知識も仕入れました。どの食材を組み合わせたら美味しくなるのか料理の研究もいたします。簡単な建築の技法、革の鞣し方、靴の作り方などなど。大人になってからは酵母や酒の醸造方法なども。


 とはいえ、現代社会でその知識を使える場面はほとんどありません。国には税金を収めねばならず生活の為にはお金を稼がなくてはなりません。

 しかし、とてもドン臭く不器用な子供(と家族には言われていた)であったわたくしは、いつの間にか人から「器用だね」「なんでもできるね」と言われるようになっていたのです。

 

 ああ、ロビン! わたくしを狂わせた男! 勝手にロビンて呼んでるけど赦して!! わたくしはあなたのように生きるために色々学んできたのです。

 いつか無人島に流れ着いたら、サバイバルナイフ一本できっと逞しく生き抜いてみせますわ!


 ……なんてことを言いながら、海なし県に住み、ネット経由でなんでも届く便利な社会にすっかり馴染み、すぐ食べられるジャンクフードをこよなく愛するわたくしでございます。

 すっかり怠惰な生活に馴染んでしまってロビンに叱られてしまいますわね。まずは船旅にでも出ようかしら。おほほ。

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わたくしを狂わせた男 鳥尾巻 @toriokan

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