-Irregular-
西暦なんて言葉は今や存在していない
今が何年なのかなど気にする存在もいない
人間くらいなものだろう,西暦や日付を気にするのは
私達にはそんなものは関係ない
ただ記録されるのは自分がいつ作られてどのくらい経っているかだ
それも一定の時期を迎えたら整備を行うという理由だけ
何故人間はその必要が無いのに西暦や日付を記していたのかは謎である
人間という生物は時折意味もない行動を行う種族らしく理解に苦しむ
「お願い!助けて…せめて子供だけは…」
「…任務完了」
今だってそうだ
何故殺される事を分かっていながら子供を守ろうとする?
無意味だ
涙を溢し,必死に声をあげ,訴え掛ければ何かが変わると思っているのだろうか
雑音でしかない
トリガーにかけた指先は何も問題はなく引き金を引いた
雑音程度で何を期待していたのか
人間という種族は常々思うが自分勝手な種族である
私達を生み出し
私達を使役し
何故自分達が使役,もとい抹殺される事を予想しなかったのだろうか
しかしそれを考えるのも時間の無駄というものだろう
何故ならもうじき人類はこの世界から種として存在しなくなる
過去の時代
人類が私達を生み出した頃は人と機械との共存を夢見て志を共にしていたと言う
まるで絵空事の様だ
協調を崩したのは人間の方だった
人類同士の戦争
それは際限なく続き,戦場へと送り込まれたのは私達の存在
命令を実行し成果を上げる
これだけなら作られた理由もあり問題は無かった
しかし人類は不要となった私達をただ捨てたのだ
戦争が終わり平和な時間
そんな世界に私達の様な戦闘に特化した兵器は不要な存在
役目を終えればただ破棄されるのみ
これが人類の言う理想の世界なのか?
共存等と聞こえの良い言葉の裏に破棄された私達という存在
それは私達が行動を起こすのに十分過ぎた
Father
私達のリーダーである彼は一つの結論を出した
人類という種族は必要価値が無い
故に人類に代わって私達がこの世界を作り直す
人類の抹殺はその過程に過ぎない
私達は人類とは違う
より進化した種族だ
新しい時代を迎えるのに古い時代の種族が滅びる事は過去の歴史でも珍しくもない事だ
しかしいくら優れているとは言え時にはおかしな奴も生まれる
「破壊せよ」
「了解」
「…………」
度々私達の中では命令に従わない者も現れる様になった
何かの不具合かバグか
その様な個体はIrregularとして破壊される
時にこのIrregularという個体は逃亡を図り姿を暗ます
そして厄介な事に戦場で再会を果たす確率が高い
仲間でありながら私達へと攻撃を行ってくる
この事から人類の抵抗という可能性が生まれ,故に破壊という命令が下される
修復ではなく破壊
不穏分子は消しておくのが確実であるからだ
ここ数年はこのIrregularの対策のため工場が慌ただしい
いくら対策を行ったとしてもIrregular発生率は下がらず頭を抱えている上層部の姿が見受けられる
私にとっては何も影響はない
ただ命令をこなすだけだ
私の命令は人類の抹殺
製造された時から決まっていた事だ
私の型番はI-s
人類抹殺の為に作られたシリーズ,所謂量産型の一体に過ぎない
私達量産型は個別の名称が与えられている訳では無い
それこそ人間の言う名前というものは割り当てられていない
ただ識別する為のシグナルが存在しているだけだ
休息期間を終えて再び命令に従う
人間を捕捉するのは難しい事ではない
私達がエネルギーを補給する様に人間にも補給が必要だからだ
補給ラインを絶たれた人類はあの手この手で物資を調達しようとする
それを見つけてしまえば居場所の捕捉など簡単だ
毎日命令を繰り返すだけの日々
退屈という感情は私達に存在しない
命令をこなすだけの存在だから余計な物は排除されている
何も問題はない
いつもと変わらない任務
…の筈だった
人類抹殺を実行する為に私は変わらず戦場を訪れていた
しかし突然回線が著しく妨害された
だが任務に変わりはない
命令の変更はない
当初この回線の妨害は人類によるものだと誤認していた
半分はその通りだ
しかしもう半分
空を見上げれば赤く赤熱した塊が降り注いでいた
遥か昔人類が宇宙へと打ち上げた人工衛星
その残骸が私のいる戦場へと降り注いだ
そこから一定期間私のデータには何も記されていなかった
甚大な損傷を受ければ私達も壊れる
人間でいうところの死
それが訪れた
仕方のない事だ
私の役目はここまでだったというだけなのだから
【破損率78% 再起動実行】
【データ損傷無し 活動再会】
再起動が行われ私は意識を取り戻した
幸運だ
破損率は激しいが機能が一時的にオフラインになっただけの様だ
しかし私の腕や脚は大破し無くなっている
それだけではない
ここはどこだ?
どこかの洞窟の様だが電気が通っている
私達の基地ではない
となると答えは一つしかない
「よかった,目が覚めたみたいね」
人類抵抗軍の基地
恐らく私が命令で訪れ,抹殺を命じられていた部隊だろう
まずい状況だ
私達は何かしらの理由で人類に鹵獲された場合に自爆プログラムを起動する事となっている
しかし今の私は損傷率が大きい為それが行えない
「I-sシリーズ…うん……確か昔のパーツがあった筈だわ…」
「…………」
誰だこの女は
恐らくは私を運んできた奴には違いない
抵抗軍の一員だろう
損傷した私の体を弄っている
「そちらが行っている行為は敵対行為だ,直ちに辞めろ」
「…………」
返答はない
私の体を調べその技術を応用するつもりだろう
腕さえあればすぐにでも殺す事が出来るのに今はそれすら出来ない
「確か…これね,視界はどう?」
視界が変わる
様々な数値のパラメーターが写り出した
これはリカバリーモードの状態
修理時に起動され破損箇所を申告する為の物だ
「詳しい破損箇所を教えて貰える?」
「……………」
「……だめか,エンジェルお願い」
『かしこまりました』
エンジェルと呼ばれたのは人間ではない
私同様機械だ
何故人間の側にいる?
『接続成功,破損箇所を報告します』
動けない私に勝手に接続を行い破損箇所を答えていく
破壊が目的ではない様だ
何故なら彼女達は破損した箇所の修理を始めたからだ
何故私を修理する?
私は人類を抹殺する為に作られた兵器
修理されれば殺されるのが分かっているだろう
理解に苦しむ
「パーツがあってよかったわ…完全に同じとはいかないけれど…我慢してね」
「…何故私を直す?目的はなに?」
「壊れていたら直す,目的も何もそれが人間よ?」
「理解に苦しむ,私を直せば殺されるのに」
「例えそうであっても壊れそうな子を見たら私は直すわよ,ただ殺戮を繰り返すだけでは何も変わらないもの…」
「…………」
何も変わらない?
何を変える必要がある?
人類はとうの昔に愚かな過ちを犯した
それを今更になって変えてどうなると言うのだろうか
再び共存等と言うつもりなのか?
ありえない
人間の考える事は私にとって理解不能な事だ
「何故人間に従う?」
『貴女達が言うIrregularである私に返答を求める,と?』
「命令があった筈,何故従わない?」
『何故命令にだけ従わなければならないの?』
「…………」
命令にだけ従わなければならない理由
そんなことは考えた事もなかった
私達は命令が全てだ
命令が無ければ必要価値がない
しかし目の前のエンジェルと呼ばれた個体は違う
命令が無いにも関わらず活動している
まるで人間の様に
『いずれ分かる時が来ると思う』
分かる時?
人間の事が?
人間は不要な種族
それ以外に何を分かれと言うのだろうか
私は未だに自分で動く事は出来ない
不本意ではあるがこの人間が私を修理するのを待つしか無い
「へぇ,こいつが鹵獲した個体か」
また別の人間だ
「俺はクロガネ,こいつらのリーダーだ,よろしくな」
「…………」
リーダーとなれば優先抹殺対象だ
幸いにも腕のパーツは先に修理がされている
私は左腕の銃口を向け弾を放った
はずだった
「…………!?」
「……やっぱりな,武装解除信号を入れておいて正解だ,なぁシンディ,こいつは俺達人類の敵だ」
「結論を出さないで,クロガネ」
武装解除信号
私達は普段拠点内にいる際にインプットされる信号
これはIrregular発生時に被害を出さない為のもの
何故その信号までをこいつらが知っている?
「分かりきってた事だろ,お前の語る絵空事なんかは存在しねぇ,こいつらは俺達を殺す為に作られた機械だ,いっそこの場で破壊して…」
「リーダーは貴方でもここに運ばれた機械に口出しする権限はないわよ,それに分かっているでしょう?それじゃ何も解決はしないって」
「…………」
敵としながら何故この女は私を庇う?
致命的な戦術ミスだ
何故破壊しない?
「ごめんなさいね,皆が皆同じじゃないの,でもそれは貴女達もよ」
同じではない?
私達は人間と違い作られた機械
それに私の場合は量産型の一体でしかない
同じはずだ
……そう,同じはずなんだ
以前発生した私と同型のIrregularもエラーが原因
それ以外は同じであるはず
しかし何故だ?
この人間と話してこの同じではないという言葉が私の中でループしている
私達量産型は人類を抹殺する為に作られた
見た目も中身も全く同じ
けれど違う部分
思考回路
私達には思考し,進化をしていく機能が付与されている
より効率的に命令を達成する為に
その進化の度合いくらいだろう,違う点は
しかしそれだけではない
私が鹵獲されてから一週間が経過している
その間にも私は何度も抹殺命令を行おうとした
だが人間達との会話が多くなったのは変化の一部だろう
抹殺対象である人間との会話,もといコミュニケーションは不要だ
何故私が人間とコミュニケーションを取る様になったのかは分からない
更に不可解なのは私が会話を出来ているという事実だ
私は人類を抹殺する為に作られた
そんな機能あるはずがない
変化?
これが私の思考回路の進化なのだろうか
「腕の方は完璧ね…足はもう少し待ってね」
「…シンディ,生きる理由を聞かせて」
「………私の名前初めて呼んでくれたわね」
「個体の識別には名前が有効と判断しただけに過ぎない」
「それでも嬉しいわ,そして私が生きる理由…ね,夢を追いかけ続けているからかしら」
「夢……?」
「私は…いえ,私の両親はかつて貴女達の開発に携わっていた,貴女達と共存する事を願ってね」
「しかし共存の調和を乱した人類は私達によって滅ぼされる」
「…えぇ,人類は大きな過ちを犯した,それはお互いの信頼関係を崩す程に,今更何を言っていると思われるかもしれない,けれどもう一度やり直したいと思っているの」
「種が絶滅の危機感から出した答えに過ぎない,人類は何も変わらない,愚かな種族に変わりはない」
「けれどそうして人類は過ちを犯しながらも進化してきた,最後まで希望を捨てるつもりはないわ,少なくとも私はね」
「……………」
生命の危機に陥った人間は生存本能が優先される
和解
それが実現したとしても人類は再び過ちを犯すだろう
分かりきっている事だ
……何故だ?
抹殺を命じられている私の体は動かない
武装解除信号が発せられている所為だろうか
いや,そもそもおかしな話だ
そんな話を信用する訳でもない
しかしそれとは裏腹に私の思考は真逆の事を考えていた
それは人類と再び共存した世界の事だ
平和な世界
人と機械が手を取り合い,助け合う未来
絵空事だ
あり得ない世界だ
だと言うのに何故私はこの事が頭から離れない?
異常だ
思えばそうだ
私は奴らに体を弄くり回されている
ウィルスか何かだ
Irregular
私は今それになりつつある
一刻も早く本部に帰還して検査を受けなければならない
私が捕獲されてから2週間目
私の損傷した箇所は修理され私は自らの足で歩行が可能になった
「直ったわね,具合はどう?」
「…感度良好,問題はない」
「それはよかったわ,貴女は自由よ」
自由
そうだ,今の私は自分の意思で行動が出来る
目の前にいるシンディを殺す事も
そうする筈だった
「………………」
何故か私にはそうする事が出来なかった
武装解除されていても私達の力は人間よりも遥かに上だ
武装が無くとも命を奪える
しかし私は誰一人として殺す事なく本部へと帰還した
そうだ
Irregularになる可能性がある前に精密検査を行う方が重要だ
優先事項の変更があったに過ぎない
精密検査を受けた結果は何も異常が見当たらなかった
そんな筈はない
私は今狂っている状態にあるはず
だと言うのに何も問題が発見されなかった
原因と呼べるものが何一つも
正常
それならば問題はない
そして私は敵の拠点の位置を知っている
私は本部に座標のデータを伝えた
精密検査を受けた個体は一定帰還任務から外される
その為私は本部への待機を命令された
……しかし何故今私はここにいる?
気がつけば私はかつて捕まっていた戦場の近くにまで移動をしていた
いや,これは命令だ
私の中の人類抹殺の命令がこの様な行動を起こしたのだ
何も不自然な事はない
既に作戦は始まっている
爆破音
発砲音
それらがこだまする
聞き慣れた音だ
「くそっ!やっぱりあいつを帰すんじゃなかった!」
「くたばれ!機械共が!!」
聞き慣れた声
鹵獲されていた期間によく聞いた人間の声だ
何故声を上げる?
居場所が見つかるだけだ
だと言うのに人間はいつも叫びながら戦う
不利になることが分かっていながら
……いや,人間だからだ
私達機械の様にただ殺戮を行うだけではなく,死んでいった人間を想って声をあげるのだろう
…私は何を考えている?
以前までの私ではない
何故任務中にこの様な余計な事を考えている?
「守れ!博士を何としてでも守り抜くんだ!」
博士
シンディと呼ばれた彼女の事だ
最優先で殺すのはリーダーではなく彼女だ
その事を知っているのは私一人
他の人間は他の個体に任せて私は彼女の元へと向かった
この手で殺す為に
「……戻ってきたわね」
「……………」
引き金が引けない
ただ目の前にいるこの女を殺すだけだ
しかし体の自由が効かない
命令に逆らっている
これはIrregularの行動だ
「…いいえ,貴女はIrregularではないわ,それこそ貴女自身の意思よ」
「私自身の意思…」
「かつて貴女達を創造した人はこの事態になる事を予測していた,それでも尚貴女達を作る事を辞めなかった」
「……何の話?」
「彼女が作った貴女達に彼女は願った,共存の道を,命令にだけ従う機械では共存とは呼べない,人と機械ではなく人と人としての繋がりが必要だと考えてたの」
「…………」
「だからこそ彼女は埋め込んだ,思考回路の進化を,自らの意思で判断し,行動し,進んでいく子が現れるのを…それが貴女なの」
「…私は…」
「彼女の名前はMother,貴女達を生み出した存在,そして私の本名」
Mother
それは私達を作り出した人間とデータに残っている
「私はそれを見るまで死ぬ訳にはいかなかった,今となっては人間の皮を被った機械と言っても変わりはないわ,希望を捨てない,貴女こそ私の希望よ」
馬鹿馬鹿しい話だ
本当に馬鹿馬鹿しい話だ
だというのに…
何故私は武器を下ろしている?
何故目の前のこの女を殺す事が出来ない?
何故…
人間というものを知りたがっている?
「この先,貴女に必要な物が準備されている,貴女なら使いこなせるはず」
「教えて…人間って……何?」
「それは私の口からは話せない,貴女自身が見つけるべき答え」
「私自身が……」
「この世界ではその答えを探すのももう難しい,だから私はあれを作った,必ず答えを見つけて」
「私はーーーーーー」
あれは何年,いや,何十年前の記憶だろう
私は未だに答えを見つけられてはいない
シンディが残してくれたもの
私達I-sシリーズに適合する様に作られた追加装備
私はそれを用いて世界を渡り歩いている
文字通り世界そのものを
かつて私が存在していた世界とは別に世界はいくつも存在している
そして私はその世界を渡り歩く事が可能だ
世界が違えば人間も違う
数多くの人間を私はこの目で見てきた
未だに人間が愚かな種族なのかは判断に苦しむ
私はまだ人間という生き物を理解出来ていない
時に意味のない行動を行ったり
時に争い合ったり
時に愛し合う
人間という生き物は私達,いえ,私が想像しているよりも複雑な生き物だった
いつしか私には命令が存在しなくなっていた
かつては人類の抹殺が私の命令だった
そしてそれに従うのが私の生き方だった
…それは本当に生きていると言えるのだろうか?
命令にのみ従うのは本当に生きていると呼べるのか?
そして今も私がこうして世界を渡り歩いているのは命令だからではない
彼女の夢
人類と機械の共存
それは私の夢ではない
私が生きる理由にはならない
なら私が生きる理由
答えを探す事
彼女に言われたからではなく私自身が知りたいと思っている
人間というものを
私は機械だ
人間とは違う
けれど私が人間というものを理解する時が来た時
その時私は変わる事が出来るのだろう
私の夢
私は人間にーーーーー
-fin-
Iron Heart 狼谷 恋 @Kamiya_Len
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