プロテイン令嬢の婚約破棄 〜筋肉内政で大国になってから平伏しても遅いですわ!知性派脳筋の逆襲!~
卯月らいな
プロテイン令嬢の婚約破棄 〜筋肉内政で大国になってから平伏しても遅いですわ!知性派脳筋の逆襲!~
筋肉は裏切らない。どんな逆境も筋肉が覆してくれる。時の偉人は言った。そして、それは、私がもっとも好きな言葉でもある。
私の名前は、アリシア。10歳。ルミナリア王国の国王の長女。つまり平たく言うと姫である。
王国とは言っても名ばかり、このあたりの地域を統括する大帝国が反乱軍の手によって滅ぼされてから10年が経ち、諸侯が独立、大小15の王国が乱立する戦国の世というわけだ。
ルミナリア王国は、その中でも立場の弱い小国。周辺の王に対して土下座外交を繰り返していた。わずか10歳の私の嫁ぎ先を探すのも国の存続のため。
「どうか! どうか! 考え直してくだされ! アリシアを嫁にもらってくだされ。婚約破棄などおやめくだされ!」
高齢の父上は七三分けの金髪がトレードマークのキザっぽいイケメン王子に平伏しながら、情けなく震えていた。
私は、小さな体に、コルセットで身を固め、見栄え重視の動きにくいドレスを見にまとい、その姿を情けなく遠くから眺めていた。そんなものを着なければいけないこと自体が、この時代の女性が政略結婚の道具に過ぎないことを暗に示していた。
「ダメだね。俺はもっと強国の姫と結婚することにしたんだ。貴様の領地はなんだ。小さな鉄鉱山は一応あるが、ろくな産出量じゃないしょぼい山じゃないか。そのうち近隣諸国に滅ぼされる運命だろう」
「どうか。どうかそこを! アリシアも頭を下げて」
さすがに、私をここまで手塩にかけて育ててくれた父上がここまでプライドをかなぐり捨てている以上は、嫌なやつだと分かりながらも頭を下げるしかなかった。
「くっ…‥。私からもお願いします。父上がこれほど頼んでおられるのですから」
「やなこった。この俺様、バリゴス王国の王子、ジョニー様はリアリストでね。そんな泣き落としなんか通用するもんか。国富だ。俺様と結婚したくば、国を富ませて出直してこい」
キザ男は唾を吐き捨てて帰っていった。こんなやつと結婚しなくて良かったと言うのが本音ではある。だが、悔しい、見返してやりたいという気持ちも芽生えていた。
「ええい。忌々しい。こんな気分を晴らすには、サーキットメニューを。腕立て、腹筋、背筋、スクワットに腿上げ、それにそれに……」
幼い女子の体は鍛えてもか弱いのが歯痒い。
私の前世は男だった。アメリカはロサンゼルスで、健康について大学で学びつつ、ボディービルダーの大会に出場していた。ある日、交通事故で死んだ。鍛え上げた肉体も鉄の塊の前では無力だったというわけだ。
そして、そんな私がどういう因果か異世界に弱小国の姫として産み落とされたというわけだ。
父上は、婚約破棄のショックと貧乏暇なしの不摂生が祟って、病に伏せるようになった。そして、男の子の後継がいなかった父上は、亡き人となった。
かくして、わずか10歳で、私は女王という地位を手に入れることになった。もっとも、幼子ということで摂政なる実権の持ち主はいるようだが。
正直、この話を聞いた時、私は傀儡政権になって、操り人形として、ただ、暗い部屋に閉じ込められるのではないかということを危惧をした。
だが、わずか、16歳で摂政の地位についたアルテミスはそうはなからなった。政権中枢の高齢化が著しいことが国の弱体化に繋がったことへの反省から、世代交代の機運は高かった。それゆえに、若いアルテミスも人生経験や学問が足りないはずの私の意見を取り入れようという強い意思を持っていた。
ある日、鉱山を視察に行きアルテミスは首を捻った。
「おかしい。鉱山の潜在埋蔵量は、相当のものだと学者は言っているはず。なのに、全然、発掘量が増えない。いったいどうしたことだ。学者は嘘をついているのか」
私は鉱夫の姿を見て言った。
「誰も彼もが効率よく発掘をするだけの筋肉量が絶対的に足りない。顔色も青白い。このあたりは霧もよく出る。要は脳内物質のセロトニンが足りないのよ。日照量とプロテインがあれば解決するのに。肉体労働は、汗をよくかくから、ミネラルもほしいところね。ほら、こむら返りに苦しんでる鉱夫もいる」
私は異世界の住人には通じない健康スポーツ学の御託を並べる。アルテミスはどの程度理解しているかわからないが、ふんふんとうなづいていた。
「つまりはだ、どうすればいいと思う」
「この国って、内陸国だけど、確か友好国に海産物がよく取れる国があったわね」
「あるにはあるけど、あの国には、鉄を輸出して、名産品の反物を輸入してるかな。この辺は農業で食料をまかなってるから、海産物は輸入するまでもないというか」
「では、こうしましょう。海藻や貝類を輸入して、肉体労働者に食べさせるのです。そうすれば、こむら返りは防ぐことができるでしょう」
「そんなもの輸入して本当に効果があるのかなあ」
アルテミスは半信半疑だったが、私の方針を受け入れてくれた。友好国においては、海藻や貝などといったものを食べる習慣はなく、ニシン漁をするときに捨ててしまうものだった。だから、無料のような価格で譲り受けることができた。
別の日、航海士を名乗る男が、城にやってきたので接見した。
「女王様、珍しいものをお目にかけます。これは、ニワトリという生き物でして、亜大陸の原住民から譲り受けたものです。献上に賜りました」
「こけこけこけー」
なるほど、この世界では、ニワトリというものは、まだ、新発見の珍しい生き物らしい。
航海士は続けた。
「面白い鳴き声でしょう。見せもの小屋などで金儲けすれば、税収もあがると思いますよ」
「聞くが、その動物、卵は産むのか」と私は聞く。
「へ、へえ。確かに白くて大きい卵をたくさん産みますが」
「なるほど。この動物、他の国にはどの程度知られている」
「この国が、航海終わって3カ国目の訪問です。他の2カ国は、この動物を鼻で笑って追い返されまして」
私は心の中でほくそ笑んだ。ニワトリは、この世界ではまだ未発見の珍しい動物と見なされ、他国では見向きもされないようだ。しかし、私にとっては、これが国力を増強する大きな手段となることがわかっていた。卵は栄養価が高く、筋肉を育てるのに不可欠なプロテインが豊富だ。雄鶏も肉になる。鉱山労働者たちの健康と筋力を向上させるために、これほどありがたいものはない。技術革新。イノベーションのチャンスだ。
「それなら、このニワトリという動物をルミナリア王国で増やしましょう。見せ物ではなく、重要な食料としての資源として扱います」
航海士は少し驚きながらも、「承知しました」と深く頭を下げた。
ニワトリを育て、卵を労働者たちの食事に組み込むことで、鉱山労働の効率も向上するはずだ。国が自給自足できるタンパク源を確保できれば、王国の基盤がさらに安定し、強国への一歩を踏み出せる。
アルテミスもこの計画に賛同し、ニワトリ飼育施設の設置を即座に進めるよう命じてくれた。こうして、私の「筋肉は裏切らない」という信念をもとに、王国を強化するためのプロテイン計画が始まった。
霧が出る鉱山の日照不足を解決するため、土地の共有制度を導入して、農夫と鉱夫のローテーション制を採用した。これで、ビタミンD不足とセロトニン不足は解決するはずだ。
さらに、前世の世界における、最新のスポーツ医学に基づいたストレッチ体操を取り入れることにした。肉体労働者は股関節を柔らかくなることを重点的に、デスクワーカーは猫背にならないよう背筋をピンと伸ばすことを重点的にしたカリキュラムを編み出し、広く流布した。
労働者の生産性は明らかに上がった。すぐへばっていた労働者の顔に艶が出るようになった。新生児の死亡率が有意に減少し、中長期的には人口増加の傾向にあった。
鉄の産出量は増え、筋肉が基盤となった余剰で農業生産力もあがり、畜産は主産業へと発展していった。やがて、国民は文化や学問を楽しむ余裕ができ、国には巨大図書館ができ、川の氾濫で苦しみがちだった我が国を治水事業で解決する学者まで現れたのだ。
兵士にもスポーツ医学に基づいたサーキットトレーニングと運動器具が与えられ、軍事面でも他国と見劣りしなくなってきた。理論上は可能ではあるが、実践的ではないとされてきた陣形も迅速に取れるようになり、軍事技術もひと世代分進歩したといえる。
富国強兵を背景に、外交も次第に強気でもまかり通るようになってきた。周辺諸国も我が国を一目置くようになった。
そして、あのにっくき、バリゴス国のジョニー王子が謁見を頼んできたのだ。
「こ、この度は、女王陛下とよりを戻したく存じ上げます」
父王から無理やり言わされているのだろう。顔は屈辱で歪んでいた。
「今さら、頭を下げてももう遅い! 私は結婚相手をアルテミスと決めておる! それはそうと、従属国になりたいというのなら、献上物を持って参れ」
20歳となっていた私は、アルテミスの子を孕み、後継者となる王子を産んだ。前世は男なのに少し変な気分だ。
私はルミナリア王国を繁栄させ、周辺諸国を統合していき、100年王国と呼ばれるまでに平和な時代の礎を築くことになったのだった。
プロテイン令嬢の婚約破棄 〜筋肉内政で大国になってから平伏しても遅いですわ!知性派脳筋の逆襲!~ 卯月らいな @Uduki-Liner
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