第17話 影より来たる者

 ルイスからは拠点に部屋を用意しても構わないと言われているが、ミアは変わらずギルドが新人探索者向けに用意している女性用集合住宅で寝泊りしていた。


 集合住宅は新人向けということもあって家賃は安いが、その分部屋はお世辞にも広いとは言えない質素なものである。


 しかし彼女にはそんなことはどうでも良かった。その証拠に彼女の部屋は備付の家具以外は必要最低限の衣服くらいしか物の無い、なんとも飾り気のない場所だった。


 盲目の彼女からすれば自身を着飾ることにすら無頓着で、生活さえできればそれで十分――ある意味、探索者向けな性格と言えるかもしれない。


 そんな部屋に掛けられた無地のカーテンが夕日色に染まる頃。


 部屋の主であるミアが帰宅する。彼女は照明も点けずに上着を脱ぎ捨てて、安物のベッドに疲れた様子で倒れこむ。


「ふう……」


 人混みの中、出歩くことに慣れてないミアにとって街を歩くのはそれだけで精神的に疲れる。それに加えて同行者がいることがさらに疲れる要因であった。


 訓練とは全く異なる疲れ。


 体が重そうに寝返りを打つ度、ギシギシとベッドの軋む音が部屋に響く。けれども彼女はその音が耳に入らないほどに深い思考へと沈んで行た。


(……ルイス・レグ・クラージュ)


 ミアが考えるのは一人の少年のこと。


 【術式の魔女】と【先駆者】を祖父母に持ち、両親もまた優れた探索者と術式職人……とまさに探索者界のサラブレットとでも称すべき恵まれた血筋の少年。


 自身もまた探索者を生業とする一族に生まれた身ではあるが、その境遇は大きく異なる。


 どの国でも戦略物資を産出する迷宮は厳しく管理され、迷宮の利権を握る一族は絶大な権力を握る。それは彼女の一族も同様であり、帝国の自治領として半ば強制的に組み込まれる前はその地を治める王族でもあった。


 本来なら彼女が望めば、探索者となるべく教育を受ける未来もあった。しかし彼女は盲目であるが故に箱入り娘として育てられ、将来は帝国の有力者に嫁ぐことも決まっていた。


 言われるがままの人生。何も見えず、手の届く範囲が世界の全て。果たしてそれは『生きてる』と言えるのだろうか?


 幼き頃からそう疑問に感じてきたミアはある日を境に自身の運命さだめに抗うことを決意し、その手段として選んだのが『探索者』であった。


 そして十年に及ぶ訓練は視覚を除く五感を磨き上げ、その天才的な気配を読む才を開花させることに成功させた。それでもクオンあの女の協力がなければ、こうしてグロリアで探索者になることは叶わなかっただろうが……。


 そんなこんなで半ば家出に近い形でグロリアへ来たミアは当初、多くを持つ少年ルイスに複雑な感情を抱いていた。


 ただしその第一印象も今日一日で大きく変わりつつあった。


 今、彼に対して占める感情の多くは――――――『戸惑い』と『罪悪感』。


 これまでの人生で憐みや嘲笑ばかりを向けられてきた彼女にとって、彼の純粋なまでの尊敬の眼差しはなんとも眩しすぎた。頭の隅でカビのようにへばり付いた黒い感情が浄化されてしまいそうなほどに。


「あんた、ドアって知ってる?」


 気持ちの整理を兼ねた思考の最中、何者かの気配に気づいたミアはそっと上半身を起こし部屋の一角に話しかける。


 そこに立っていたのは黒い衣服を纏った少女。どん底アンダーグラウンドに潜むバーの女主人クオンに仕える影が居た。


「うまく侵入できたようね」


 露骨なまでに刺々しい。よほど『あの時』見つかったのが気に入らなかったらしい。


 直接姿を見ていないはずのミアは彼女が試験の時に隠れていた少女だと確信していた。だからといってそれで大人しく引き下がるほどミアも大人ではない。


「……お蔭様で。それで何か用?」

「今後の打ち合わせ。【不滅の王】の拠点に移れば連絡を取る手段も限られる」

「ああ、今日みたいには潜り込めないわけね。それは助かるわ」


 良い笑顔を浮かべるミア。対照的に少女の眉間のシワは深まる。

 

 二人の間で見えない火花がバチバチ散っていた。


「誰のおかげでここに居られるか忘れるなよ」

「あたし自身の行いの結果――って、半分冗談じゃない」


 話の途中でナイフが飛んできた。


 回避しなければ眼球に容赦なく突き刺さることだろう。しかしミアは避ける素振りさえ見せなかった。


「生憎、気配の類には敏感でね。殺気の欠片も籠ってないただの脅しじゃ……ねえ?」


 いつ放たれたかもわからないナイフは当たる直前、空中でピタッと止まっていた。否、よく見ればナイフの柄には少女の足元から伸びる黒い影と繋がっているのがわかる。


「気に入らない」

「あたしはあんたのことそこまで嫌いじゃないけど? からかい甲斐のあるところとか」

「もういい黙ってろ」


 これ以上会話を続けても弄られるだけと察した少女はここに来た目的でもあるメモリーチップをミアに投げる。


「これは?」

「必要なことは全てそれに書いてある。頭に入れておけ」

「そんで読んだら処分するわけね。はいはい、そういうの物語で読んだことあるわ」


 さらっとBMIで読み込めば、中身は何通りかの連絡手段と彼女への指示が書かれているようだった。


 その中である一文が彼女の目に留まった。


『ルイス・レグ・クラージュが【Lv.Ⅵ】に至る器かどうか見極めろ』


「そんなのわかるわけないでしょ」


 この指示がどういう意図で下されたものなのか。


 それを運んできた少女に視線を送るが――、


「……ガンバレ」


 さっきまでの刺々しい言動からは想像もできない、応援の言葉が投げかけられた。


「主様の無茶振りは珍しくない」


 ミアが不思議そうにしているとその理由を最後に告げ、彼女は消えた。


「ああ、なるほど。『あんたも』なの」


 理解と同時に納得もした。


 仲間が増えればそれだけ無茶振りの被害も分散する、と。


「あんたも良い性格してんじゃん。はあ……ほんと世の中思い通りにいかないわね」


 ミアの呟きは暗い部屋に溶けていく。


 彼女の迷いは、まだ晴れそうになかった。

―――――――――――――

あとがき

というわけで【盲目のガンナー】が終わりとなります。次は別作品【一般人ですが】のほうの更新を予定してます。

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模倣から始める英雄譚〜コピースキルを貰ったのは良いけど、ちょっと性能がピーキー過ぎませんか。これって英雄に成れます? 本間□□ @honmalolo

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