第6話「再戦!格闘魔人ガルマ」
「アン?今日は良いお菓子をいただきましたの。たまには母と一緒にお茶をしない?」
お母様がニコニコと、小さな紙箱を手に声をかけてきた。
「もちろんですわ!お座りになって」
婆やが拡散した果たし状に書かれた、再戦の日は明日。
日々苛烈を極める特訓は、この一ヶ月で日常と化していた。
紙箱から出てきたパステルカラーの
『ダイレイジョーのことは、言わぬ方が良いでしょう』
婆やの言葉を思い出す。
『なぜ、ですの? お父様に言って、王都に研究していただいた方が──』
『お嬢様。非常に申し上げにくいのですが、王族貴族その全てが我々の味方とは限りませぬ』
『魔物の仲間が、国の内部にいるとおっしゃいますの……?』
『ええ。そもそも、婆やが暫くお暇をいただいていたのは、近衛騎士団から呼び出しがあったからでございます。そしてその内容は、〈内部に見られる、怪しい動きの調査と報告〉』
『そ、そうだったんですの……』
『今、国の者を無条件で信じるのは危険です。三人の王子も、他三つの貴族家も、どこに裏切り者がわからない今、とっておきは隠しておいた方がよろしい』
考えたくはない。魔物達が何らかの族を形成しているのは明らかだった。だが、その大きさが、深さが、国内部まで侵食するほど巨大で根深いものだとは。
「アン?」
「え、えぇ!いただきましょうかお母様」
お母様の声に意識を戻し、コンポートに飾られ戻ってきた焼き菓子を一つ手にとる。
サクッと軽い食感と共に、優しい甘さが口の中に広がる。
砂糖を使いすぎない、卵の甘さ。
「お、美味しいですわ!」
「ふふふ、そうね、美味しいわ」
子供のように笑うお母様の顔を見て。こちらも釣られて笑う。
守りたいものはこんなにも近くにある。
後引かぬ甘さを堪能したのち、ティーカップを手に取る。
焼き菓子に合うよう濃さ甘さを調節されたそれは、やはり非常によく合う。
思わず頬が緩むと同時、お母様がこちらをじっと見ていることに気づいた。
「お母様?」
「ふふ、いえ、前に見た時よりも、アンの立ち振る舞いが綺麗になっているなと思ったの」
お母様も、静かに、流れるような動きでティーカップを摘むとその小さな口に持っていった。
「お茶を嗜む際の背筋、重心、指先一つまで、洗練された美しい所作だわ……」
「え、えへへ」
「もしかして、婆やに秘密の特訓でもしてもらったのかしら」
「え」
「え」
「あ、立ち振る舞いのお話ですわよね!そ、そーなんですの!実はここ一ヶ月ほど、婆やに毎日鍛えられているんですのよ!」
咄嗟に誤魔化すと、お母様はブワッと目に涙を溜め私を抱きしめる。
「アンー!自発的に学び育ち、優しい心を持つ自慢のアンー!」
「ぎゃあ!お母様痛いですわよ!」
「病も乗り越え、魔道具作りにも長け、婆やの特訓までこなす貴女は最強、最強よ!」
でもね、とお母様は抱擁を解き、私の目を見て言う。
「例え病に負けていようと、魔道具作りの際がなくとも、婆やの特訓を途中で逃げ出しても、貴女は私の自慢の娘。……どうか無理はしないで」
お母様は、何かを察していたのかもしれない。
あの誘拐事件の日から今日まで、私が何かを隠していることに気づいていたのかもしれない。
だがお母様はそれを追求せず、暴かず、「無理はするな」とだけ言ったのだ。
何と深い愛か。
何と優しい母か。
「ありがとう、お母様。私は、ぜーんぜん大丈夫でしてよ」
▽
「よく来てくださいましたわねッ!」
「よく俺を呼び出せたなぁ?えぇ?
早朝に二人は顔を向き合わせた。
改めて見たガルマの顔は、想像よりもうんと老けていた。
50代のようにも見えるが、クマで老けて見えるだけで、実際は30後半から40前半というところだろう。
しかし、鍛え抜かれた肉体は衰えを知らず。
袖丈の短い服から伸びる筋骨隆々の両腕が、彼が真に格闘家であることを物語っている。
「ガルマ様、でしたわよね。お一つお聞かせくださいな。貴方はどうしてこんなことを?」
「どうして?どうして、か。ふ、フハハ!そうだな、復讐、と言っておこうか」
「復讐……?」
「このクソみたいな世界、クソみたいな人生に対する復讐さ。俺はそのために化け物になって、ガキのお使いを聞いてんだ」
「……もう一つ。貴方達は何ですの?」
「おいおい、言うと思うのか?……だが、まぁいい。せっかくの
「上等」
ガルマはポケットから黒い何かを取り出すと、ピンと弾いて口内に入れる。
噛み砕くと同時、黒い稲妻がガルマを刺し、その肉体を変異/巨大化させていく。
同時、
「ダイレイジョーッ!!!」
地面を砕き、ダイレイジョーが顕現する。
手のひらに乗って、コックピットへと飛び込む。
操縦桿を強く握って、息を大きく一つ吐いた。
──魔力解放。
操縦桿を通じて、ダイレイジョーを私の魔力が駆け巡る。
圧縮され、練り上げられ、血流のように循環する。
───── die rage ore ─────
コックピット内に外界の映像が出力される。
眼前で、まさに今魔物と化している
「ダイレイジョー、発進ッッ!」
「来イ!相手してやル!」
グッと操縦桿を押し込み、ガルマに肉薄。
こちらからインファイトに持ち込む。
「おいおイ、隙だらけだゼ!!」
しかしガルマの高く上げた膝がダイレイジョーの顔面にヒット。
「一ヶ月程度素人が特訓したところで、本物の格闘家には敵わねぇヨォ!」
「……もちろんそうですわ。しかしッ!」
ダイレイジョーは止まらない。
片脚を地面から離してしまったガルマが、バランスを崩し倒される。
「なニッ!」
「確かに、戦いの素人であるわたくしが多少努力したところで貴方に歯は立たないでしょう。ですが、ダイレイジョーは違う!」
倒れたガルマにすかさず追い討ち。
地面を転がるようにそれを回避したガルマは、勢いそのまま立ち上がり、バックステップで距離を取る。
「人が、自分と同じサイズの岩を殴ったらどうなると思います?そう、普通は腕の方が傷つきますわ。いくら鍛えた者であろうと
「だったラ、なぜ以前俺のパンチで簡単に沈んだんだヨォ!?」
「それは、わたくしの心が負けていたから」
「何ィ?」
「ダイレイジョーを駆るわたくしが、『パンチの痛みに負けていたから!!』」
続いてガルマが放った前蹴り。
怯むことなくダイレイジョーはそれを正面から受け止め、踏ん張る。
「一心同体であるダイレイジョーとわたくしは、受けた衝撃も共有しますわ。ダイレイジョーの顔を殴られれば痛く、腹を蹴られれば吐きそうになるっ……」
ですが、とガルマの前足を両腕で掴み、捻るように投げ飛ばす。
「ダイレイジョーに傷ひとつ付いていなかった。派手に転んだのは、吹っ飛ばされたのは、攻撃の痛みから逃れようと、私が無意識にダイレイジョーを動かしていたに過ぎない……!」
──優雅たれ。
いかなる疲労時でも、常に令嬢らしい高貴な立ち振る舞いをする方法。
一ヶ月でアンネローゼがたどり着いたこの方法が、最善策かはわからないが、
ただ戦場に立つ彼女が、引き出せていなかったダイレイジョーのポテンシャルを最短で引き出すには一つの最適解と言えるだろう。
痛みとは、身体が発するエラーメッセージ。
痛覚があるから人は自分の身体の不調に気づき、治すことができるのだ。
だが、ダイレイジョーは傷つかない。
コックピットでアンが受ける痛み、衝撃は、あくまでダイレイジョーが受けた衝撃のフィードバックでしかないのだ。
「喰らわぬなら、私が我慢すればいいじゃない……!」
我慢。それがルビー・アンネローゼが出した答え。
震える腕を、脚を、気合と根性で叩いて止める。
落ちる瞼を、指に爪を立てて覚醒させる。
顔に、腹にくる痛みを、奥歯を噛み締めて耐え切る。
なに、彼女の幼き頃からの愛読書にもこう書いてあるのだ。
《簡単に気品を纏う秘訣は、誰にも気づかれぬように全てを耐え切ること》
──『令嬢のすゝめ』 著:オブシディアン・エルノワール
「貴方の攻撃は、ダイレイジョーには通じないッ!さぁ!決着の時ですわよッ!」
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毎日 12:10 予定は変更される可能性があります
鉱機令嬢ダイレイジョーG 遠藤ぽてと @donot
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