第8話 矢の雨

 夜の帝都大広場。ウィリアムはその中心にいる。ビビも一緒だ。棺の下、火の勢いは次第に増しチロチロとウィリアムの前髪を炙ろうと伸びてくる。


 死んだはずの皇子の復活を目にして、観衆の内の一人が悲鳴をあげて逃げ出した。それを皮切りに広場は混沌の渦に飲み込まれる。


 それ幸いと、ウィリアムはビビを引っ張り起こした。呆然自失として口をぽっかり開けているビビのほっぺをぺちぺちと叩き、諭すように話す。


「混乱に乗じてひとまず逃げろ。ここは俺に任せてくれ」


「しかし……」


「いいから行け」


 ウィリアムはビビのお尻を押して送り出し、その感触があまりに愛おしかったので数回撫でて揉んだ後、彼女の背中を押した。


 ビビは言われるがまま走り出し、群衆の中に紛れ込み、見えなくなった。追うべき兵士たちはまだ衝撃から立ち直れていなかった。眼前で死者の蘇生を目にしたのだから、さもあらん。


「さあ、お前たち」


 ウィリアムは火葬台から飛び降り、燃え盛る業火を背負うようにして兵士たちの前に進み出た。兵士たちは気圧されて数歩ずつ後退する。


「いったい俺をどうしてくれるのか」


 ウィリアムに言われてようやく、女兵士たちは気を持ち直して隊列を組みなおす。葬儀を警護するように取り囲んでいた兵士はいまや、ウィリアムを逃すまいとする包囲網へと変貌していた。


 彼女らの先頭の女、兜にひときわ大きな羽飾りをつけた女が震える大声で叫ぶ。


「こ、ころせッ! 悪魔の術にちがいない!」


 女兵士たちは一斉に弓を構えた。数百の矢じりがウィリアムを向き、キリキリと弦が引き絞られる音が重なって響いた。


「お前らに俺を殺すことはできない」


 喧噪の中、なぜかウィリアムの声はよく通った。叫んでいるわけでもなく吠えているわけでもない。それでも静かに穏やかに大気を揺らし、女兵士たちを容赦なく責め立てる。


「なぜならば、俺は神の子だからだ。そしてお前たちも神の子だ。神は子同士で殺し合うのを許しはしない。それをお前たちも理解している。理解していないフリをしているが、心の奥底、魂ではよく理解している」


 ウィリアムの燃える眼差しが、女兵士長を捉えた。なぜか――なぜか突風が吹き、彼女の兜を奪い去っていく。鉄兜はころころ地面を転がって音を鳴らし、彼女の顔立ちが晒される。美しい顔だった。凛々しく力強く、しかし今は弱気になって眉を歪めていた。


「俺は抵抗などしないぞ。さあ、俺の元へ寄ってきて、その腰にあるナイフで喉をかき切るがいい。できるならな」


 女兵士長は唇をわなわな震わせて言う。


「……できないわけがないだろう」


 彼女の言葉を受け、ウィリアムは笑う。


「いいや、できるわけがない。お前に俺は殺せないぞ」


 そう語るウィリアムは美しかった。炎によって照らし出されるその姿、触れがたい神の気をまとい、この世のものとは思えない美しさだった。


「できるというのなら、お前が殺してみせるがいい。人任せにするのではなく、お前自身の手でやるのだ」


 女兵士長はしかし怯んで、声を張る。


「ッ――弓を構えよ!」


 すでに兵士はみな弓を構えていたが、再度の命令によって弦を引き絞った。女兵士長が振り上げた手、そこに視線が集中する。


 広場の中心、この場で最も落ち着いているのは他でもないウィリアムだった。全ての視線を受け止め跳ね返し自然体で立っている。小さくつぶやいた。


「俺は美しい。なぜならばオフィーリアがそう言ってくれたからだ」


 女兵士長が手を振り下ろした。


「放て――ッ!!」


 そして――


 しかし矢は一本たりとも飛んでいかなかった。兵士たちは凍りついてしまっている。


 女兵士長は部下たちを見渡して目を吊り上げ、唾を飛ばす勢いで叫んだ。


「放て! 放つのだ! なぜ放たないッ! あの男を――殺せッ!」


 ウィリアムは宥めるように話す。


「だから無理だと言っているだろう。人間はすべからく美しいものを愛する。傷付けることなどできはしない」


 女兵士長は言葉を受け取るのを拒否するかのごとく髪を振り乱す。


「殺せ! 誰か――殺してくれッ!」


 応えるものはいない。


 応えるものはいなかった。


 しかし――


 兵士のうちの一人。特段に若い女、きっと兵士となって日が浅いであろう彼女の腕が限界を迎えた。彼女は弓を引いた姿勢を保つことができなくなって、手を離してしまった。


「そ、そんなっ」


 図らず悪事をしてしまった子どものように声を上げ、その弓から矢が放たれる。


 ぴゅーんと空気を裂き、その一本はウィリアムに届くずっと手前で落ちた。ウィリアムは表情をピクリとも動かすこともなくそれを見守った。


 彼女の一矢が均衡を破り、兵士たちは自分の務めを思い出して次々に射る。


 矢の弾幕がウィリアムを襲う。三六〇度全周から雨のように矢が降り注いだ。ウィリアムはその只中で――


 笑っている。


 一本たりともウィリアムに当たりはしなかった。まるで何かに守られているかのように、矢はウィリアムを避けて彼の周囲に突き立つ。


「なぜだッ! なぜ当たらない!?」


 慄く女兵士長。兵士たちはつがえては射てつがえては射てを繰り返すが、何度試そうともウィリアムに命中することはない。


 ウィリアムが言う。


「俺を殺す罪を背負いたくない、隣の誰かが殺してくれればいいと、そう考えているからだ」


 兵士たちはなおも射かける。


「その手を血で汚す覚悟ができていない。俺を殺す覚悟ができていない。そんな女たちに俺を殺すことができるはずもない。そうだろう! 美しい女たちよ!」


 ウィリアムは兵士一人一人に語りかけていく。一音ごとに兵士は弓を捨て、膝をつき、目を伏せた。


「俺とお前たちは殺し合う定めにあるのではない。愛し合う定めにあるのだ。それを感じているはずだ!」


 ウィリアムの瞳は本気だった。この場にいる全ての女に対して愛情を注ぎ込んでいた。一度目が合えばその燃え盛る愛情に飲み込まれてしまい、殺意など抱けるはずもない。


「おっぱいの大きさなど関係ないぞ! すべてあるがままで美しい! そこにあるだけで――美しいのだから!!」


 矢の雨の中、星空に向かって叫ぶウィリアムに、兵士たちはついに攻撃をやめた。涙を流すものさえいた。


 痛くなるような静寂、女兵士長は膝を揺らしながら立つことさえおぼつかない。


 ウィリアムは呼ぶ。


「そなたよ。寄ってきてくれ」


 女兵士長は吸い寄せられるように歩き出した。ふらふらと、しかし一歩ずつ、真っ白な顔でウィリアムに近づいていく。


 なぜか――なぜか、まこと奇妙なことに鎧の紐が切れていき、女兵士長は鎧を地に落としながら歩いた。下に着込んでいた薄着のみとなりながら、ウィリアムを見つめている。


 乞うように伸ばされた手を――ウィリアムがそっと握った。


「名をなんと?」


「……リリーでございます」


「可愛らしいお前にぴったりな名前だ」


 女兵士長――リリーは恥ずかしそうにはにかむ。兵であることなど忘れて、今やただの乙女であった。


 ウィリアムが彼女の頬を指の背で柔らかく撫でていく。視線を交わらせるたびに愛が倍増するのだ。


 ウィリアムは腕を広げた。抱擁を待っているのだ。リリーはためらって、いじらしく髪の先を弄り、それでも覚悟を決めた顔で目を閉じて――


「ウィル様!!」


 ビビの絶叫が響いた。


 建物の陰から彼女が姿を現す。ビビはどこからか武器を手に入れて戻ってきた。腰には二振りの剣、そして手の中には大きな弓。


 ビビはすでに弓を構えていた。


「ウィル様から離れろ――ッ!」


 ビビは殺意をたぎらせてリリーを睨みつける。リリーは足をすくませてしまった。


 ウィリアムが叫ぶ。


「待て! ビビ!」


 しかしその声が届く前、ビビは矢を放っていた。国の暗部を担うリリムス家の女の一矢は正確無比にリリーの首へと向かう。


 リリーは動けなかった。


 しかし――ウィリアムは動いた。リリーを庇って射線を塞ぎその体を盾として守る。


 矢を放った姿勢のビビは目を見開いた。


「なぜ――」


 守られるリリーもまた声を漏らす。


「どうして――」


 ウィリアムは叫んだ。


「愛ゆえに!」


 ビビの放った矢は、ウィリアムの胸に深く突き刺さった。ウィリアムはまるでスローモーションのようにゆっくりと倒れていく。


「ウィル様!」


 ビビは弓を投げ捨て、驚きと悲しみと自責の念で表情をぐちゃぐちゃにしたまま、主人のもとへ猛然と駆けた。


「どうしてですか!」


 仰向けになって倒れ伏せたウィリアム。ビビがその側に寄り添い、矢を引き抜き、引きちぎった己の服を押し当てて血を止めようと試みる。


 ウィリアムのぼやけた視界の中で、泣いているビビの顔だけははっきりと映った。それが悲しくて言う。


「ビビ、泣くな」


「でも……っ」


「いいから抱きしめてくれ」


「血が止まりません……」


「ビビ」


 掠れた声で呼ぶ。ビビは涙を拭いながらウィリアムに体を寄り添わせた。ウィリアムは重症を思わせない力強さでビビを抱いた。柔らかくて温かい女の体、花のような匂いを思い切り吸い込み、尻を撫でる。


「ごめんなさい……ウィル様……死なないで……」


 ウィリアムの腕に包まれ、ビビはさめざめと泣いてしまった。ウィリアムはその額そっと口付けする。


「こんなので死ぬわけない」


「しかし、心臓に……」


 ウィリアムは首を振った。一度死んだからこそわかる、これでは死なない。


 ウィリアムはビビのツンとしたお尻をわしわし揉みしだき、そのむっちりとした肉に指を埋めた。ビビが子どものように泣きじゃくって胸に縋ってくるので、ウィリアムは苦笑しながらお尻をさする。


「大丈夫だ。俺を守ろうとしてくれたのだろう? 分かっているとも」


 彼女のお尻から力が伝わってくる。生きるための力だ。みるみるうちに意識が冴えわたり視界が澄んで晴れる。


 ウィリアムが目線をあげれば、リリーが口元を手で覆い突っ立っている。ウィリアムは重たい体に鞭うって大声を出した。


「リリー!」


「は、はい!」


「お尻を触らせてくれ!」


 その有無を言わさない口調に、すぐリリーは後ろを向いてお尻を差し出した。しかしウィリアムは眉を寄せる。


「そうではない。見つめ合いながらお尻を触りたいのだ」


「見つめ合いながら……」


 リリーは眉をハの字の困り顔になりながらもビビを真似て、ウィリアムに寄り添うように覆いかぶさる。


 ウィリアムはそっと彼女を抱き、お尻に触れた。彼女のお尻は緊張していた。きっと今までに愛を受けてきたことなどなかったのだろう。荒野に生きる野良犬のごとく、荒々しく猛々しく、しかし丹念に愛を伝えてやればすぐに懐く。


「リリー」


「はい……」


「伝わるか? この俺の思いが」


 リリーは羞恥で涙を浮かべながらも頷いた。


「愛は感じます。しかし……これは禁忌の愛でございます」


「リリー!」


 ウィリアムは彼女の服に手を突っ込み、直に揉んだ。リリーは小鳥のさえずりを鳴らして身を離そうとするが、ウィリアムは無理やりに抱きしめた。


「禁忌ではない。俺の傷を見てみる」


 命じられてウィリアムの胸の傷を確認したリリーが信じられないというように囁く。


「殿下、血が……止まっています……」


「そうだろう。これがお尻の力、愛の力だ」


 もはや痛みなどない。


「神のご意思だ。分かるな?」


 リリーは肯定も否定もできず、ただウィリアムにされるがまま尻を揉まれていた。両手で二人の尻を揉みまくる。ウィリアムは極楽愉悦の時間に浸った。


 だがいつまでもそうしているわけにはいかない。最後、ウィリアムはビビのお尻をひん剥き、舌でべろべろと舐めまわした。唇で吸い付き、甘噛みを繰り返し、無我夢中で愛を伝える。ビビは悶えて体をくねらせた。


「こんなところで……おやめを……ウィル様……ぁん」


 男と女がお尻で愛し合うその光景を見せられたリリーは、複雑な感情を瞳に映していた。だが一番に来るのは羨ましさのようである。それを察したウィリアムは呼んだ。


「リリー、次はお前の番だ」


「はい、殿下」


 皇子に命じられるまま、女兵士はお尻を差し出す。


 しかしウィリアムは鼻を鳴らした。


「違う。俺は兵士長であるお前に頼んでいるのではなく、リリーという美しい女に、一人の男ウィリアムとして頼んでいるのだ。お尻を舐めさせてくれ、と」


 リリーは悩むようにぎゅっと目をつぶった。


「頼む、傷の回復のためにお前のお尻が必要なんだ」


 ウィリアムは彼女の返事を待たず、溢れ出す衝動に身を任せて、そのぷりぷりなお尻をひん剥いた。リリーには抵抗などできるはずもなかった。彼女にできるのは、ただ愛情に溺れて生まれ変わるのみ。

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おっぱいのサイズで身分が決まる貞操逆転世界の皇子に転生したおしり派の俺、異端として殺されそうなので教祖になる 訳者ヒロト(おちんちんビンビン丸) @kainharst

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