第3話 私が幽霊じゃなくなれる瞬間。

新宿の全ては私が書いている。


この街にある看板も標識もメニュー表もチラシも何もかも。


新宿にある劇場で行われる芝居の脚本、ライブハウスで行われるイベントの台本、音楽ライブのセットリストも私が書いている。


最近では、飲食店やアパレル店の接客マニュアル、キャバクラやホストクラブの接客対応の指南書も書かせて貰っている。


私は兎に角、筆が早い。


経営者同士というのは上で繋がっている。


私の書いたモノが良かったと経営者の間で評判が評判を呼んで、歌舞伎町の言葉や文字の仕事は私にここ数年で集約した。


私はいつからか歌舞伎町のゴーストになっていた。


歌舞伎町とは私の事だ。


そんなことは多かれ少なかれ、どの街でも、どの国でも起きている。誰かが街をつくっている。


嗚呼。


それにしても私がミスったのは、単価だ。


スタートで文字単価を安くしすぎた。


何で歌舞伎町全体の言葉という言葉を扱ってて生活ギリギリなんだよ。おかしいだろ。


でもなんか、今さら単価を上げてくださいと言うのも難しい。


単価を上げてくださいと言う面倒くささが勝ってしまって、もう生活が苦しくても良いか、私みたいな奴に仕事あるだけでも良いか…と、セルフやりがい搾取を成立させている。


トー横キッズ達や大久保公園の周りの雰囲気を確認する。私が書いた脚本通りに街はうるさく静かに回っている。


歌舞伎町を少し抜けたぐらいの西口大ガード、高架下に着いた。私はシートを敷いて座り準備する。


『あなたのためだけの言葉、心を込めて書きます千円』と書かれたプレートを前に出す。


私は時々、ここで千円で詩を書いている。


全然相手にされない。


気持ちが良い。


新宿に《売れない私の言葉》があるのがホッとする。


誰も見向きもしてくれないのがホッとする。


誰にも声を掛けられない間だけ私は私の言葉で詩を書ける…。


サンプル用の詩を筆ペンで色紙に書いている時、私は私でいられる。


誰かに頼まれた仕事としてでもなく、かといって自分の趣味というわけでもないアンニュイな感じが筆を走らせてくれる。


雨が降っていたから色紙に『雨ぽつり』と書いたけれど、筆がそこで止まった。


それが嬉しい。


ゴーストライターの私は筆がとても早いのに、ここで言葉を書こうとすると中々進まないのが心地よい。


私が幽霊じゃなくなれる瞬間。


そんなことを考えていると…


「あの…一枚書いてください」


真面目そうなサラリーマンの方が声をかけてくれた。


「あ…どうぞ」


小さな椅子を出す。


お話ししながら言葉を編む。


仕事があまりうまく行かなくて…時々ここにいらっしゃるのを見かけてたので、なんか今日声かけちゃいました…なんて彼は話してくれた。そうなんですね、あっありがとうございます…と私は返した。


不思議とココで、言葉を編みながらなら、私は人とお話しが出来る。


だから歌舞伎町のどんな言葉を書いている時より幸せだなと感じる瞬間。


雨が少し強くなってきた。


湿気も強く、髪型もどうしようもない感じになってしまっている。


「ありがとうございました。素敵な言葉ですね。部屋にこの色紙飾ります」といって、サラリーマンの男性は去っていった。


西武新宿線の方に歩いて行く彼の背中に「ありがとうございました。お気をつけて」と言ったけれど、私の言葉は雨に書き消されて彼に届かなかったかもしれない。


また座り直して、私の中の言葉を探す。


それがどうにも見当たらなくてなんだか焦る…この時間こそ、私はゴーストではない本当の私に会えるような気がして…大事にしたいと思うのです。

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歌舞伎町のゴースト たなしゅう @tanashu1013

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