ポトフはいかが?

 リオネルはアメリを背負い、ヴィレーム子爵邸まで帰った。

 丁度オノリーヌが庭園の花に水やりをしていたところだった。

「オノリーヌ、ただいま」

「お兄様、お帰りなさい。……そのお方は?」

 オノリーヌはリオネルに背負われているアメリを見て訝しげに首を傾げた。

「えっと、アメリ嬢、こちらは僕の妹オノリーヌです。オノリーヌ、こちらはリシュリュー公爵家のアメリ嬢だ」

「公爵家のご令嬢がどうして……!?」

 オノリーヌは驚愕してヘーゼルの目を見開いた。

 そしてゆっくりとカーテシーで礼をる。

「楽になさってください」

 アメリはリオネルに背負われたまま、オノリーヌに声をかけた。

「ありがとうございます。えっと、ヴィレーム子爵家長女、オノリーヌ・リュシー・ド・ヴィレームと申します。マナー面はまだあまり自信がありませんが……」

「あら、そうでしたの? 素晴らしいカーテシーでしたわ。改めまして、リシュリュー公爵家三女、アメリ・ファネット・ド・リシュリューでございます。わたくしこそ、このような形で申し訳ないですわ。実は足を捻ってしまいまして」

「アメリ嬢は昨晩からノアイユ伯爵領と隣接する森で迷っていてね。それに、足も捻挫しているんだ」

「まあ、それは大変ですわ。今すぐお医者様を呼んで治療の準備をいたします。いえ、昨晩からとなりますと……入浴を先になさいますか?」

 オノリーヌは少し考え、アメリに提案する。

「そうですわね。入浴させていただけますか?」

「それなら僕がお湯を準備しよう。アメリ嬢、そこのベンチまで運びます」

 リオネルはアメリを庭のベンチに座らせた。

「……使用人の方に入浴準備をしてもらわないのですか?」

 アメリはきょとんと首を傾げた。

「ヴィレーム子爵家では、自分達の身の回りの世話は自分達でする方針です。だから使用人も屋敷には最低限しかいません。アメリ嬢からしたら、驚くかもしれませんが」

 リオネルは説明しながら苦笑した。

「まあ、そうでしたの。面白い方針ですわね。ヴィレーム子爵家はずっとそういった方針ですの?」

 アメリは興味ありげにアメジストの目を輝かせた。

(……公爵令嬢なのだから、もっと驚いたり引くかと思った)

 リオネルはアメリの反応を見て、意外そうにヘーゼルの目を丸くした。

「祖父の代からです。それまでは、身の回りのことなど全て使用人任せだったそうです」

「あら、ではリオネル様達のお祖父じい様の代から使用人を減らしたということですのね。もしかして、その際に一斉解雇とかを……」

 アメリは少し複雑になった。

「いえ、解雇はせず、庭園の敷地内にある農園管理やオーベルジュ事業の方に回ってもらっています。祖父の代からオーベルジュ事業や観光事業にも力を入れ始めましたので」

 リオネルはそう説明する。


 ヴィレーム子爵家や子爵領は食糧供給だけでなく、観光事業もおこなっている。

 オーベルジュとは、宿泊施設を備えたレストランである。ヴィレーム子爵領に来て、領地で採れる食材を使った料理を楽しんでもらう為にこの事業を始めた。ヴィレーム子爵領に来てもらうことで、地元の経済を活性化ささることが目的である。


「確かに、王家の方々もお忍びでヴィレーム子爵領に訪れて料理を楽しんでいると聞いておりますわ」

 アメリは思い出したかのように微笑んだ。

「ところで、アメリ様は、ご自身でお着替えなどはなさったことありますか? ないのならば、私がお手伝いいたします」

「まあ、オノリーヌ様、ありがとうございます。助かりますわ。ごめんなさいね、貴女に侍女のような仕事をさせてしまって」

 アメリは申し訳なさそうに肩を落とす。

「いえ、自分のことは自分でやっているので、慣れております」

 オノリーヌは明るく笑った。

「では僕はお湯の準備をしに行きます」

 リオネルはその場を後にし、アメリの為に入浴用のお湯を沸かし始めるのであった。






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 入浴を終えたアメリはオノリーヌのドレスを着用していた。

 アメリはオノリーヌより一つ上の十四歳で、背丈が同じくらいなのだ。

 アメリの月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪も艶を取り戻している。

「アメリ様、このようなドレスしかなくて申し訳ございません」

「いいえ。素敵なドレスですわ」

 少し恐縮してしまうオノリーヌに対し、アメリは屈託のない笑みだ。

「オノリーヌ様が今お召しのドレスも気になりますわ。とても動きやすそう」

 アメリはオノリーヌが着ているシンプルなパンツドレスを見てアメジストの目を輝かせていた。

「確かに動きやすいですが、社交の場には地味ですよ」

 オノリーヌは肩をすくめた。

「ですが、森へ出かけたりアクティブな活動にはピッタリですわ。ディアーヌ王太女殿下も、メラニー王女殿下も、王宮の敷地内で運動をする時はそのようなスタイルのドレスですわよ」


 リオネルはアメリとオノリーヌのやり取りを横目に見ながら手紙を書いていた。

 両親、リシュリュー公爵家、ノアイユ伯爵家宛てだ。

(とにかく、アメリ嬢を保護していることは伝えておかないと。落ち着いたら後でリシュリュー公爵家やノアイユ伯爵家宛に、アメリ嬢からも手紙を書いてもらおう)

 リオネルは手紙を書き終えると、執事に届けるよう頼むのであった。





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 その後医者を呼び、アメリの捻挫の治療も無事に終えた。

 しばらく安静にしていたら治るそうだ。

 そこで、アメリには一時的にヴィレーム子爵邸に滞在してもらうことになった。


 アメリの相手をオノリーヌに頼み、リオネルは厨房へ向かう。

 食材を取り出し、手際良く調理を始めた。


 ヴィレーム子爵邸の庭園で採れたにんじん、新じゃがいも、アスパラガス、玉ねぎが綺麗にカットされていく。

(エシャロットを入れても良いかも)

 リオネルはパッと思い付き、床下の保管庫からエシャロットを取り出す。


 エシャロットとは、玉ねぎに似た香味野菜だ。ガーリックのような香りと辛みが特徴である。


 あらかじめ煮込んで柔らかくしたヴィレーム子爵領産の牛肉に、少しの調味料とカットした野菜を加える。

 そしてコトコト煮込んだら本日の昼食、ポトフの完成だ。






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「これは……もしかして、リオネル様がお作りになったのですか?」

 アメリはテーブルの上に出されたポトフを見てアメジストの目を輝かせている。

「ええ。簡単な家庭料理ですので、アメリ嬢のお口に合うかは分かりませんが」

 リオネルは少し肩をすくめた。

「こう見えて、お兄様の料理は美味しいですよ」

 オノリーヌは柔らかな表情である。

 その時、丁度アメリのお腹がぐうっと鳴った。

 アメリは昨晩から何も食べておらず、空腹だった。

「いただきますわ」

 アメリはフォークとナイフを器用に使い、まずはじゃがいもを口に運ぶ。

 その動作は公爵令嬢らしく非常に洗練されており、絵になる。

 リオネルは思わずアメリに見惚れてしまった。


 すると、アメリのアメジストの目がキラリと輝く。

「これ……とても美味しいですわ……! お野菜が色々な旨味を吸収して、一口噛むごとに旨味が口の中に広がりますの。体に染み渡りますわ」

 うっとりとした表情で舌鼓を打ち、アメリはパクパクとポトフを食べる。

 非常に良い食べっぷりだが、やはりその動作は洗練されており、上級貴族らしさが滲み出ていた。

「……アメリ嬢のお口に合ったようで安心しました」

 真っ直ぐなアメリの言葉に、リオネルは思わず目を逸らしてしまう。

 リオネルは気を紛らわせる為に、自身もポトフを食べる。


 太陽とヴィレーム子爵領の土地の恵みをたっぷりと受けて育った野菜達。素材の旨味もたっぷりでいつも通り。しかし、不思議といつも以上に美味しく感じるリオネル。

(いつも通りのはずなのに、何故なぜいつもより美味しいと感じるのだろうか……?)

 リオネルはポトフを食べながらチラリとアメリを見る。

 アメリは幸せそうな表情をしていた。

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恋は美味しく穏やかに @ren-lotus

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