恋は美味しく穏やかに
蓮
その出会いは予想外
ナルフェック王国ヴィレーム子爵領は王都アーピスから離れた場所にある。のどかな田舎で時の流れがゆったりとした場所だ。肥沃な土地
ヴィレーム子爵領で採れる食材は王家御用達でもある。
ヴィレーム子爵家は、貴族としてはかなり変わった生活をしていた。
通常、貴族は使用人達に家の手入れや料理、自身の身支度などを任せているのが基本だ。しかし、ヴィレーム子爵家では屋敷に最低限の使用人しか置かず、自分の世話は自分でしている。
また、ヴィレーム子爵邸は平民が暮らす家よりは大きいのだが、他の貴族の屋敷や城と比べてかなり小さい。
そしてヴィレーム子爵邸の庭は大きな農園になっており、野菜や果物の栽培、更には牛、
この日も、ヴィレーム子爵家長男で次期当主のリオネル・ギオ・ド・ヴィレームは、朝から庭の農園で野菜の収穫を
(新じゃがいもがこんなにも収穫出来るとはな。もうそんな時期か。お、アスパラガスも食べごろだ。収穫しておこう)
リオネルは立派に育った野菜達を見て、ヘーゼルの目を輝かせる。
新じゃがいもがどっさり入ったバスケットを地面に置き、リオネルは額にかかった栗毛色の髪を拭う。額に土が付いてしまったが、後で洗えば良いので気にしない。
リオネルは丁寧にアスパラガスを収穫する。
その時、少し離れた場所から明るく溌剌とした声が聞こえた。
「リオネルお兄様! 少しよろしいでしょうか? こちらのにんじん、どのくらい収穫しましょう?」
リオネルの妹、オノリーヌだ。
リオネルと同じ、栗毛色の髪にヘーゼルの目。十五歳のリオネルより二つ下の十三歳だ。動きやすいよう、シンプルなパンツドレスを着用している。
リオネルはオノリーヌの元へ向かい、にんじんの様子を見る。
「そうだな……今日は採れる分全て収穫しておこう。地下室に保管だ」
「分かりましたわ」
リオネルの答えを聞き、オノリーヌは一つ一つ傷つけないよう丁寧ににんじんを収穫してバスケットに入れる。
その様子を見たリオネルは、安心したようにアスパラガス収穫に戻った。
両親達と共に丹精込めて作った野菜や果物達。リオネルにとって大切なものである。
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野菜などの収穫を終えた後は、貴族としてのマナーレッスンなどがある。そしてそれも終えると自由時間だ。
(今日は他領と隣接する森の様子を見るか。あの森の野生ハーブは父上と母上のお気に入りだし、二人が領地に戻るまでの間に補充しておこう)
リオネルは準備をして森へ出かける。
現在社交シーズン中なので、ヴィレーム子爵家の両親は王都に出向いて社交等で領地の食材を売り込み中だ。
ヴィレーム子爵領の食材は国内でも大人気なのでそこまで売り込まなくても相手からやって来るが、慢心せず謙虚になり領民が困らないよう努力を惜しまないようだ。
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初夏の風が吹き、青々とした葉がサラサラと音を鳴らす。
木々や草花、そして土壌が発する香りが混ざり合い、空気全体が森の香りとなる。
リオネルはそんな空気を吸い込み、ハーブを採集していた。
(このくらいあれば大丈夫か。採り過ぎるのも森にとって良くないだろうし)
リオネルはバスケットを見てそう判断した。
そのままヴィレーム子爵邸に帰ろうとした時、森の中で誰かが啜り泣く声が聞こえた。
(この森に誰かいるのか……!?)
リオネルは驚きつつも、声がする方へ向かう。
すると、そこにはリオネルと同い年くらいの少女がうずくまっていた。
彼女の長い髪は特徴的だ。月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪である。そして、汚れてはいるがかなり上質なドレスを着用している。確実にヴィレーム子爵家よりも家格が高い上級貴族の令嬢だろう。
「あの……大丈夫ですか……?」
リオネルはしゃがみ込み、恐る恐る少女に声をかける。
すると少女は驚いたように顔を上げた。
彼女のアメジストのような紫の目は大きく見開かれている。
それと同時に安堵したような表情だった。
「ようやく……ようやく人を見つけましたわ……!」
アメジストの目からは大粒の涙がポロポロと零れる。まるで透明な水晶のようだ。
「えっと……」
リオネルはいきなり泣き出した少女を見て戸惑う。
おまけに彼女の髪色と目の色はナルフェック王国を治めるロベール王家の特徴そのものである。
「
「昨日の夕方から……! それって一晩森の中にいたということですか!?」
リオネルは少女の言葉に驚愕し、ヘーゼルの目を大きく見開いた。
「はい。実はノアイユ伯爵領に遊びに来ておりまして、お兄様達やノアイユ伯爵家の方々とこの森を散策して遊んでおりましたの」
ヴィレーム子爵領とこの森を境界に隣接しているのがノアイユ伯爵領である。
少女はドレスの袖で涙を拭った。
「それで
「……助けは来なかったのですか?」
「少人数で遊んでおりましたので、恐らく探せる範囲が限られていたのかと存じます。それに、ノアイユ伯爵城からこの森は遠いですから……」
リオネルの問いに、少女はシュンと肩を落として答えた。
ノアイユ伯爵領はかなり広いのだ。
「申し遅れました。
「リシュリュー公爵家……!」
目の前の少女――アメリの家名を聞き、リオネルは思わず
「ということは、アメリ嬢のお父上は臣籍降下なさったアンドレ王弟殿下ですね? ガブリエル国王陛下の弟君であられる」
おずおずと、畏れ多いと言うかのようなリオネル。
「ええ、その通りですわ。リシュリュー公爵家当主はお母様ですが」
アメリは頷く。
月の光に染まったプラチナブロンドの髪とアメジストのような紫の目であることも納得がいく。アメリは現国王ガブリエルの姪なのだ。
「公爵令嬢相手にマナー違反ばかりで申し訳ありません。僕はヴィレーム子爵家長男、リオネル・ギオ・ド・ヴィレームと申します」
リオネルは自己紹介がまだだったことに気付き、慌てた様子だ。
「まあ、ヴィレーム子爵家。では、ここはノアイユ伯爵領ではないのですわね。確かに、ヴィレーム子爵領と隣接していますものね」
その時、ぐうっとアメリのお腹が鳴る。
アメリはハッとお腹を押さえ、恥ずかしそうに顔を赤く染めた。
「えっと……お昼時ですし、よろしければヴィレーム子爵邸にいらっしゃいます? 昼食も用意出来ますし、挫いた足の治療もよろしければ……」
リオネルは恐る恐る提案した。
「では……お願いしますわ、リオネル様」
アメリはホッとしたように頷いた。
こうして、リオネルはアメリを背負い、ヴィレーム子爵邸へ向かうのであった。
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