四話

―――…


淡成たんじょうっていうやついる?」


 襟足を触りながら、教室に堂々と入ってきて問いかけたのは、村坂だった。村坂だと分かったのは顔を覚えていたわけではなく、男の側に女子がいて、教室にいた女子が黄色い声を上げたからだ。

 村坂はクラスが違うため、まじまじと見たことがない。シルバーアッシュのツンツン髪で、襟足は長めのウルフヘアにウニを交ぜた髪型だった。名付けるならウルウニヘアというところだろう。

 顔は噂通り綺麗で、モテそうだ。顔はあまり特徴的ではなく、ウルウニヘアが目立っていた。髪型で魅力が増したのかもしれない。制服は着崩れているが、指定のものを身につけている。校則違反になるとしたら、髪色ぐらいだ。思ったよりも真面目そうだった。


 観察している私をよそに、放課後でクラスに残っている十数名は、私に視線を向ける。その視線を辿り、村坂が私に気づいた。


「…お前?」


 村坂の表情が険しくなる。眉間に皺を寄せ、疑いの目を向けられている気がする。数秒黙り、何を言うかと思えば「マジかよ……ブッサ」と吐き捨てるように言われた。


 村坂に興味がある女子たちは、その言葉にくすくす笑い、それ以外の人は同情の目をしていた。私は、小さくため息をつき、教科書やノートをひとまとめにした。机のフックにかけていた鞄を取り、中へ詰めていく。


「ちょっと、そんなこと言ったら可哀想じゃん。八紘、正直すぎ!」


 村坂の左側をキープしている女子が、村坂の肩を軽く叩きながら笑う。その女子のゆるく巻かれた髪は、光の加減でピンクにも見えた。目はくりくりで鼻が高い。頬と唇が赤く色づいていて、可愛らしさが溢れていた。


「あれは水波みずなみなつめだね。村坂の取り巻きの古株で、中学からの付き合いらしい」


 背後から声が聞こえて振り返ると、瀬尾がいた。鼻先がぶつかりそうで、ダブルでびっくりして、心臓が飛び跳ねる。こいつは…神出鬼没なんだよな。


「あ。黒目に俺が映ってる」


 吐息が顔にかかり、ぶわっと顔に熱が集まった。瀬尾の柚子の香りが私を落ち着かせようとするけど、私の思考が瀬尾に占拠された。


「月奈が、俺しか見れなくなれば良いのに」


 ドキドキして顔が熱くて頭が真っ白で……限界を迎えた私は、右手でチョキを作り、突き出した。


「必殺! 目潰し!!」

「うおああぁぁぁ!!!」


 瀬尾が離れ、胸を撫で下ろす。瀬尾はというと目を押さえ、床に倒れ、足をジタバタさせていた。ゴ◯◯リみたい。黒くてカサカサ床を這いずり回ってるアレが、スプレーをかけられた後の苦しんでいる姿に似てる。


「おい」


 急に別の声が耳に入り、ビクッと肩を揺らした。恐る恐る前へ向き直ると、さっき黒板前にいた村坂が、私の机のすぐ向こうにいた。

 ブルーのカラコンを入れてたのか。肌が白いな。なんて考えていたら、バンッと机を強く両手で鳴らされる。


「無視してんじゃねーよ。ブスの分際で」


 机に手をつくような体勢のため、やつとの距離が縮まる。瀬尾とは違い、村坂の匂いに一瞬顔をしかめた。

 例えるならキツい香水に混ざり、異国の独特な匂いというか馴染みのない匂い。鼻から入った刺激が、そのまま頭へと侵入するかのような…本能…もしかしたら遺伝子レベルで、この匂いに対して拒否反応を示しているのかもしれない。軽いズキズキとした痛みを覚える。


「ブスって自覚ないから返事しないわけ? お前だよ、ブス」


 伸びてきた手を払う。肌と肌がぶつかる音が響いた。そして、私の行動に周りの生徒は息を呑み、ピリッとした緊張感に包まれる。


「ブスブスって語彙力なしかよ」


 ボソっと呟くと、机が飛んでいった。隣の机にぶつかる音が教室を支配し、目の前の男から黒いオーラが漂う。

 あ〜いるよな。自分は怒ってます、不機嫌ですオーラを出す人。そして、周りの人に機嫌を取ってもらわないといけない、赤ちゃん。自分じゃ、自分の機嫌を直せない人。


「…もう一回、言ってみろよ」


 すごめば、私が怯えると思っているのだろうか。それは大間違いだ。


「ブスブスって語彙力なしかよ!!」

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大好きな姉は殺し屋の許嫁 すみのもふ @smnmf114782

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