第17話
とはいえ、アシェッドを除いても状況は四対二。
「勢いは買うが、ここは私が預かるぞ」
「は、はい!」
私とイリアの意識がリンクし、肉体の主導権を私が譲り受けた。会話もイリアの声帯を拝借することになる。
私はイリアのロングスカートの両サイドを太もものあたりまで破いてスリットを入れた。
「あ、や!」
「む……?」
「あの……下着は見えないようにお願いします。今日は、その……ホントは、デートだったわけで……気合い入れてたから」
「? わかった」
頷いてはおくが、よくわからない。服や装飾品を見られるのとどこか違うのだろうか?
本当はこの前に張り出したバストも動きを制限されるので縮めたいのだが、人間にはサイズや形態を変化させる術がないので、諦めるしかなかった。
感覚が研ぎ澄まされ、馴染んでいく。
同時に、荒れ狂うイリアの魔力を制御しながら、私は刃をバスタードからアーミングソードのサイズまで抑え込んだ。
片手剣。ヒナにあわせてスピード重視でいく。
愛らしい見た目からは想像できないほど、この娘の素質は凶悪だが、コントロールに課題がある。前回のように魔力を全開にして垂れ流せば、戦闘は五分ももたないだろう。
「バーミリオン」
ヘルティモがこちらを警戒しながらマジック・パネルを呼び出す。
《なんです?》
ヘルティモは、アシェッドとジュデには聞こえないよう、口の動きだけでバーミリオンへ指示を出した。
いいや、もう。全部、壊しちゃって——。
《了解です》
通信が途切れる。
それが合図だった。
「さぁ、お前たち。今日は本気で遊ぶよ」
「フロントは私とイリアがやる。ヒナはバックアップ」
「いいけど、流れ弾でイリアさん怪我させたらゼウにぃに殺されるよ?」
「問題ない」
腰の真横に剣を引き絞り、腰を落とす。
「私はヒナの弾丸よりも速いからな」
即座に乱戦となった。
ヒナがジャスパーへ牽制射撃を行ないながら後退する。それをジャスパーは最小限の動きで半身をずらして回避した。
「もう覚えたぜ! その攻撃のスピードはよ!」
「キモっ!」
ヘルティモとキディはアシェッドを玉座に残して左右へ散開し、イリアへ向かって魔法攻撃の狙いを定める。ジュデがこちらへ踏み込み、ワンテンポ遅れたジャスパーもまた、かざした手の平に巨大な焔を灯した。
「ギ……!」
と、イリアが歯を食いしばる。
それで終わりだった。
イリアの首筋へ剣を振るったジュデが、私のグリップエンドで顔面を粉砕されながら壁面へ吹き飛んだ。残りの敵は六つ。ウィザードの三人と、それぞれが発射した超魔力の圧縮・闇・炎の波状攻撃。
「は……?」
斬撃の衝撃は遅れて走った。
ウィザードたちの形成した高密度の攻撃魔法は、イリアが放った稲妻のような三連撃でタイムラグなしに縦横へ斬り裂かれた。
「雷撃」
ゼウから学んだ肉体の合理的な稼働法にエーテルのバフを加えて発展させた、超直線的な立体機動。膨大な魔力は人間の限界速度を超え、イリアを全負荷で加速させた。
「バ……⁉︎」
鞭が空間を打つかの如く、地面を蹴る音が乾いてしなり、低空から上半身を捻りながら接近したイリアの疾風のような斬り上げは、ジャスパーの左腕を中空へ舞い上がらせた。
吹き飛ぶジャスパーの胸部を踏み抜く。ヘルティモがジャスパーへ眼光の狙いを定めた時にはもう、イリアは逆サイドにいたキディのバリアごと彼女の腹部を貫き、壁へと串刺しにしていた。
悲鳴と共に、キディの体が壁面へめり込む。
「カな……!」
遅い。
私とイリアは、すでにヘルティモの懐にいる。
「ファング」
時計回りの回転を加えたフルスロットルの逆袈裟斬りが、ヘルティモの脇腹へ沈み込む。
「がはッ!」と呻いたヘルティモは、しかし愉快そうに口を歪めた。
「なーんてねぇ」
「ギャアアぁぁぁーッ!」
絶叫したのはアシェッドだった。ヘルティモが攻撃を受けた箇所と同じ脇腹を押さえながら吐血している。
「サクリファイス!」
なるほど、ダメージを肩代わりさせる。そんな魔法もあるのか。
ヘルティモの両手がガッチリとイリアの肩を掴んだ。
「この距離ならさぁ!」
ヘルティモの圧縮魔法がイリアの顔を包み込む。
が、その座標は緩やかに天井へと向きを変えた。魔術の発動よりも先に、ヘルティモの首は神速剣で真一文字に両断され、頭部は支えを失っていたからだ。
「で?」
腰を落とす。
剣尖が縦に二筋。
ヘルティモの頭が玉座のカーペットへ落下するよりも前に、彼の両腕は本体から斬り離され、残った体はイリアの横蹴りでビチャビチャと魔力の血液を撒き散らしながら、アシェッドの足元まで吹き飛んだ。
「もう終わりか?」
「あ……! が……ッ!」
頭部だけの憐れな生き物へと変貌したヘルティモの額にビキビキと血管が浮かび上がった。
「その反応、ダメージの肩代わりは一度だけのようだな」
あるいは、ふたつの魔法を同時に発動することができないのか。
右眼を刺し貫き、床まで貫通させる。
フラガラッハは容赦しない。
「ギャアぁぁぁーッ!」
「カフェのウェイトレスに蹂躙される気分はどうだ?」
右方向へ捻ると、砕けた眼球から黒い血液が溢れ、醜く滴った。
「あぁ! ああぁァァァーッ!」
「首だけでも生きていてくれて安心したよ。魔物と同じように、脳に当たる部位が無事なら死なないということか? 面白い。あっちのキディとかいう女に訊こうかと思ったが、魔法に、アングルのこと、色々と話してもらおうか?」
私は横目でキディへ視線を走らせた。
壁際で腹部を抑えながら跪いているが、こちらへ向ける表情は畏怖ではなく、薄ら笑いの好奇心だ。
まだ何か隠しているな。
ヘルティモよりも、この女の方が厄介だ。
「フラちゃん、つっっよ……」
手持ち無沙汰になったヒナが、ジャスパーへ銃口を向けながら「ひぇ〜」と声をもらした。
ふん、とイリアの鼻を鳴らす。
私だって、好きで野菜ばかり切っていたわけではないのだ。
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