第16話

 殺気を感じて、私とゼウは吹き抜けの階下を振り返った。

「あんたら、誰っスか……?」

 青髪のロングヘアーがわなわなと震えている。

 背の低い女兵士が、怒気をはらんだ双眸を私とゼウへ向けていた。

 ともすれば少女と勘違いされそうなその容姿に、不釣り合いな両腰のミドルソードが二剣。

 二刀流のレオ師団副団長、ジーナ・フランクフルトで間違いなかった。

「アルトに……! アルトに何をしたっスかッ!」

 抜剣の構えを見せたジーナに、ゼウは叫んだ。

「やめてくれ! もうこれ以上、傷つけたくない」

「下劣な賊風情が世迷いごとを……!」

「彼は生きています」

 私の言葉に、ジーナの動きがぴたりと止まる。

「何を言って……」

「ジー……ナ……」

 呻いたアルトに、ジーナは私とゼウを突き飛ばして駆け寄った。

「アルト! よかった……死んじまったかと思ったっス!」

 ジーナの目尻に涙が浮かぶ。

「上の階の人たちも、まだちゃんと生きてる」

 ゼウはぼそりと伝えた。

「無傷……」胸当てを貫く刺突の跡に、ジーナは手を当てた。

「あんたらは、いったい何者なんスか……?」

「ごめんなさい、事情を話している時間はありません。でも、この事件の犯人は私たちではありません」

 私は諭すようにジーナを見つめた。

「勝手なことを言います。この場を見逃してほしいのです」

 ジーナは私とゼウをじっと見つめた。

 ジュデに斬られた時、アルトはジーナの名前を口にしていた。親密な者への幇助は、相手の態度を軟化させる——そんな打算が私になかったと言えば嘘になる。

「ぶおおォォォーッ! どこじゃあ小童ぁッ! ワシはまだ戦えるぞ!」

 上階からバルトガの怒声が響く。タフな男だ、もう目覚めたらしい。

「行くっス……」

 ジーナは私とゼウを睨みながら言った。

「オヤジはウチが止めておきます」

「ありがとう」

 ゼウに手を引かれて、一階へと降りる。

「こらあぁぁぁーッ! このクソオヤジぃッ! 王様たちまだ生きてるじゃないっスか!」

 大広間を後にする時、上階からジーナの怒鳴り声が聞こえてきた。

「う……まさか、そんなことは……⁉︎」

「団員集めて救護活動! ちんたらすんな、このクソ団長!」

 王宮前の広場を抜けて表通りへ出る。街道を塞いでいた魔物の群れを、ゼウは乱打と右の回し蹴りで一蹴し、塵芥と化した。

 レオ師団の活躍も虚しく、王都の被害はさらに拡大しつつあった。

 おかしい。

 魔物たちの襲撃範囲が西地区を超え、王都全土へ飛び火している。このままいけば王国自体が壊滅してしまう可能性がある。それは国の乗っ取りを考えるアシェッドとジュデの本意ではないはずだ。

 ——行方をくらませた飛行船で何かがあったのか?

「ゼウ様、急がなければ」

「イリアさんは必ず助けます」

「ですが、飛行船がどこに消えたのかも……」

「大丈夫。ヒナとフラガラッハがついてます」

 ゼウはバックパックから手の平大の金属製の板を取り出した。

 ヒナ・アンダーソンが使用していた、これが『機械』や『マシン』と呼ばれるものらしい。板状のマシンの表面にエーテルの通信端末と同じような表示パネルがあり、ゼウを中心としたダリア王国周辺の簡易地図が表示されている。

 北部平原からさらに十キロほど北側に、ハートマークが赤く明滅していた。


   ◯


《してやられましたね》

 ヘルティモの前の空間にマジックパネルが出現し、バーミリオンの顔が映し出された。

「報告してよ」

《王宮内で白魔法のエーテルを観測。そっちの彼女、影武者みたいですよ》

「ふーん……やっぱり、そうなんだ」

 ヘルティモはつまらなそうに顔を顰める。

 嘲るように笑い続けるイリアを、ジュデは憎々しげに睨みつけた。

「笑うな! 下女の分際で、私を謀るなど!」

 やがてイリアの表情が、悟ったように穏やかになった。

「最後に、ゼウさんとデートしたかったなぁ……」

 イリアが口を閉じ、奥歯に仕込んである致死性の毒を噛み締めようとした。

 その時——。

《えー、テステステス。こちら『あなたのためならなんでもやります真心込めて』でお馴染みぃ、アンダーソン商会の天才美人アイドル兼副社長のヒナ・アンダーソンでーす!》

 私の鍔からヒナの声が響いて、その場の全員が私を注目した。

「ヒナ、ちゃん……?」

「なんだ、その天才美人アイドル兼副社長というのは?」

《おっ! よかった、初めて使うから心配だったけど、ちゃんと通信できてるじゃん》

「この声、ゼウ・アンダーソンの妹だね。なぜ船内で人間の魔道具が有効になってるの?」

「さぁ、ワタシ知ーらない」

 キディが楽しそうにお手上げのポーズをした。

《なんか一人増えてるみたいだけど。助かったよ、色々ベラベラ喋ってくれてさ。やっぱフラちゃん連れていってくれて正解だったわ》

 これなーんだ? というヒナの声の後、アシェッドとジュデの顔が険しくなった。

《〝ダリア王よ。もはやあなたに用はないのです。私はあなたとイリア姫の命と引き換えに、人類の次のステップを手に入れる。あなたは魔物を城内へ引き入れ、混乱に乗じて王宮へ忍び込んだヒルビリーの賊に命を奪われるのです……〟》

 録音機器、というものらしい。

「貴様ぁ……! 卑怯だぞ!」

 ジュデが叫んだが、いったいどの口が言うのだろう?

《〝なぜ僕らがアシェッドとジュデに接触したかわかるかい? 僕たち〝純潔〟に近いウィザードは彼女が宿すエーテルに触れられないんだ……〟》

 ヘルティモたちの表情もまた、わずかに固くなったのがわかった。

《人類の敵とか興味ないけどさぁ。クーデターだけでも儲けもんなのに、大陸中の国から謝礼貰えそうな状況になっちゃったぁ♪》

「部屋の外よ、ジャスパー」

 やはり索敵されていたな。

 キディが指差した先へ、ジャスパーが腕を伸ばす。指先から五つの業火球が高速で発射され、荘厳なドアを爆裂させた。

「あったりー!」

 炎の中から、ヒナが室内へ飛び込んでくる。

 ジャスパーの指先から、さらに赤い追撃が走った。

「ヒナちゃん、ゴー……ッ!」

 ヒナの動きは猫を思わせた。

 ツインテールが左右へ揺れる。不規則なステップで前進しながらジャスパーの魔法攻撃を回避し、瞬く間にミドルレンジまで距離を詰める。

 ヒナは、スピードスターだ。

「速い……!」

 ジャスパーが驚愕の声を上げた。

 キディがゆらりと動きを見せる。

 だが、キディの魔法発動よりも、ヒナの攻撃の方が素早かった。

「魔弾」

 右手の装備は、六連装のリボルバー・マグナム。

 獣の咆哮のような発砲音と共に、ヒナの右肘から先が跳ね上がる。音速を超える弾丸はキディたちの前面に展開するバリア・フィールドに激突し、放射状の亀裂を走らせた。

「あらあらぁ」

「あたしの弾丸はゼウにぃよりも速い」

「見慣れない武器ね」

「気をつけなよ。そいつはゼウにぃの術式を封じ込めた、魔力が大好物の特製バレット」

 爆ぜるぜ。

 食い込んだ弾丸はバリアを侵食するようにボコボコと膨らみ、エーテルを喰らいながら爆散した。

「この子、強いわ」

「屈んで、イリアさん!」

 間髪を入れず、ヒナは私とイリアを拘束しているフィールドへ一発ずつ弾丸を叩き込んだ。射線上にいたジュデがウィザードたちの方へ数歩後退する。

「く……! 小娘が!」

 ——うまい。

 ジュデがイリアから離れるよう、ヒナは弾道を計算して弾丸を放った。

 穿たれた二つの弾丸は黒い小爆発を生み、それぞれのフィールドを呑み込んで、消失させた。同時に、空中固定を解除された私はカーペットの上へ落下する。

「へぇ、やるじゃないの」

 ヘルティモの眼光が飛んで空間が圧縮された。だが、先読みでバク転を済ませたヒナはその場所にはいない。

 そのヒナの眼前で、ジャスパーが右の拳を振り絞っていた。

「ははッ!」

「陰式……」

 それでもヒナは動じず、すでにジャスパーの腹部へ押し当てていた左の掌に力を込めてニヤリと笑った。

「ボンッ!」

「なにッ⁉︎」

 ジャスパーは咄嗟に後方へのバックステップで回避を選択した。その頭部へ、ヒナのリボルバーの照準がセットされる。

「うっそー♪」

 この至近距離にもかかわらず、ジャスパーは上体を逸らして弾丸を回避した。

 だがヒナにとっては、それだけで充分だった。

「てめえぇぇーッ!」

「あんなデタラメな技、ゼウにぃと師匠以外できるかっちゅーのッ!」

 私のところまで滑り込んだヒナが、私をイリアに向かって放り投げる。

「受け止めろ、イリア!」

「は、はい!」

 うまく胸元でキャッチする。

 私の柄を握ると、イリアはウィザードたちに剣先を向けた。

 だが、グリップの握り方も引けた腰も、まるっきり素人だ。

「君さぁ、自分の弱点わかってる?」

 ヘルティモは口角を上げた。

「いくら君が無尽蔵に魔力を蓄えられても、使い手の魔力の総量までしか力を解放できないんだろ? その娘じゃあ宝の持ち腐れってやつじゃない? 旧式の聖魔神器風情がさぁ!」

 確かに、ドラウプニルを装備していない今のイリアの魔力値は並の人間程度しかない。

「私が今、何を考えているか教えてやろうか?」

「いいね。聞いてあげるから、講釈を垂れてみなよ」

「魔剣・フラガラッハは考える……『この私が、自分の主となるべき人間を見誤るわけがない』」

 ヒナ! と私は叫んだ。

「イリアさん、これ!」

 ヒナはポシェットから取り出したそれを人差し指と中指に挟んでイリアへ投げた。

「これは……⁉︎」

 受け取ったイリアの瞳がカッと大きく開かれる。

 それは、風呂上がりに全裸で佇むゼウの写真だった。

 濡れた髪の毛から雫が色っぽく滴り、日々の鍛錬とハンティングで引き締まった肉体を際立たせている。下半身の大事な部分は腰に巻いたタオルで隠されているが、湯煙の向こうにほんのり両の乳首が見えていた。

「ベストショット用意しろって言われて、こっちは大変だったんだからね」

 イリアの愛らしい鼻から、「ぶしゅり」と一筋、鮮血が溢れた。

「う……あ……ッ!」

 ドクン——と、イリアの鼓動が跳ねた。

 衝撃波が迸り、私のブレイドが大剣へと一気に変貌する。

 イリアの全身からエーテルの波動が凄まじい勢いで放出され、飛行船全体を激震させた。私の刃からよだれのように溢れた魔力がグジュグジュと滴り始める。

 ウィザードたちとジュデの口から笑みが消え、雰囲気が明らかに一変した。

「なんだ、この馬鹿げた魔力値は……!」

「貴様らにはわかるまい。これが人間の『愛』の力だ」

 多分違うと思う……と、ヒナはぼそりと呟いた。

「気に入ったぞ、イリア。カタログスペックだけでは語れない、やはり人間こうでなくてはな」

 イリアの隣へ並んだヒナが、リボルバーのリロードを完了させた。空の薬莢が地面を跳ねる。

「ヒナよ。この哀れな娘に、せめて思慕の成就を」

「わかってる。あたしの屋台の仇も残ってるしね」

 屋台を壊したのはフェイズ・スパイダーだったはずだが……私は何も言わなかった。

「さて……どうする、イリア? ゼウとの待ち合わせの時間はとうに過ぎている。デートをぶち壊したこいつらには、それ相応の罰が必要だと思うが……?」

「当然です。わたしの恋路を邪魔する奴は……」

 馬に蹴られて死んじまえ——と言うのかと思ったら、そうではなかった。

 手の甲で鼻血を拭ったイリアが、ウィザードたちを鋭く睨みつける。ドラゴンブレスのように殺気だった吐息が、イリアの口から溢れた。

「皆殺しです」

 およそヒロインとは思えない暴言は吐きながら、イリアは私の柄を強く握り締めた。

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