第14話
王宮の謁見の間を思わせる豪壮な広間。
その中央に、私とイリアは拉致されていた。
——飛行船の中にこのような部屋があるとはな。
イリアから二間ほど離れた中空に、私は魔力で形成された球状のフィールドで固定されている。イリアにしても手足の拘束はないが、やはりドーム状のフィールドに閉じ込められ、移動を制限させられていた。
かなり強力な結界だ。主とリンクしていない今の状態では、破れそうにない。
「魔剣・フラガラッハだな?」
前方の王座から、アシェッドは言い放った。
両脇にはジャスパーとジュデの他に、西部森林地帯で遭遇した「キディ」がアシェッドの背中から抱きついていた。バーミリオンはいないようだ。
「ハロー」と、キディは私に向かって指先だけを動かした。今は裸ではなく、パールグレイのロングドレスに身を包んでいる。
「不躾な男だな。まずは自分から名乗ったらどうだ?」
私はいい加減、イライラしていた。
「失礼をした。私はアシェッド……」
「違う」
「なに……?」
「お前の中に『もう一人』いるだろう? そいつに訊いている」
アシェッドの表情が、ゼンマイ切れのからくり人形のようにピタリと止まった。メガネの奥に冷徹な炎を宿したその顔が、やがて悲壮に崩れて大量の汗を噴出し始める。
「すごいや……素晴らしい洞察力だね」
その男はアシェッドの体から脱皮するように現れた。
黄金色のロングヘアーに、均整のとれた甘いマスク。人外にもかかわらず、相手を魅了し、蕩けさせる憂いを帯びた瞳。
男を目にした瞬間、イリアが口元をキュッときつく結んだことがわかった。
「名乗ろう。僕の名はヘルティモ……僕たち『パグーレ』の、このあたりのリーダーと思ってくれていい」
ヘルティモはアシェッドの隣へ立つと、アシェッドの肩へ優しく手を添えた。
「待ってくれ……行かないでくれぇ……。頼む、もっとだ……もっと、私の中にいてほしい……」
「愛しき友よ。僕はどこにも行かないよ。僕らの宿敵と、少し話があるだけだ。僕ね、興奮しているんだよ。この魔剣には、ちゃんと顔を見せて話がしたかった。離れるのは辛いだろうけど、待っていてね」
ヘルティモの慈愛に満ちた微笑みに、アシェッドはへつらうようにその手を握り返した。
寄生者と中毒者——ヘルティモとアシェッドの関係には、その言葉がぴったりだった。
「パグーレ……古代語で『光を弱めるもの』という意味だな」
逆に、ザグーレは『光り輝くもの』を指す。
「言いにくいよねぇ。そうだな……人間の言い方をすれば、シンプルに『ウィザード』って呼んでくれるといいかな」
「魔物は人の肉を食らい、人は魔物のエーテルを食らい、お前たちパグーレは人の精神を食らう」
ヘルティモは嬉しそうに拍手をした。
「話が早くて助かるよ。僕らは人間の感情の掃き溜めから産まれた存在だ。いつもお腹が空いてる。人間とひとつになれば、それが満たされる。代わりに、僕らは体をくれた人間に快楽を与える。人間の幸福っていうのはさぁ、中枢神経系で生成されるセロトニン、エンドルフィンと、ドーパ……なんだっけ?」
まぁいいや——と、ヘルティモは子供のように無邪気にに笑った。他の連中もクスクスと笑い声を上げている。
この言葉と態度が、こいつらの全てだろう。人間は自分たちの食事や玩具であり、それ以上の意味も興味もないのだ。
「とにかく、同化する時に脳みその中をくちゅくちゅ刺激してあげるとさ、悦ぶんだよね、みんな。ね? いい関係だろ?」
「この人たちに私たちと同じ倫理観は通用しません」
イリアはヘルティモをきつく睨みつけた。
察するに、こいつらには『子孫を残す』という概念がない。人間の皮を被っているだけで、中身は魔物と同じだ。エーテルだけで構成された知的生命体と言い換えてもいい。
人語を解する魔物。
だが、そんな単純なものでもなさそうだ。
「ひとつになりたい、と言ったな? 仲間や子孫を増やすのではなく。お前たちが最終的に行き着く先に、私とイリアが関係しているんだな?」
ヘルティモの拍手が続く。
「……唯一肉体を持った魔物、アングル」
ヘルティモだけでなく、キディとジャスパーも私に全神経を向けていた。言葉尻のひとつ見逃さないつもりのようだ。
「察しがついているだろ? フラガラッハ、君と勇者が討ち取り、封印した魔物が僕らの始祖だ。回帰願望だよ。始祖アングルの復活と同化こそが、僕らの悲願だ」
やはり、それか。
「アングルの復活など、できるはずがない。確かに骨格の一部は消滅することなく大陸各地に封印されているが、あれらはただの残骸に過ぎない」
「ところが、そうでもないんだ。神様って気まぐれだよねぇ。君たちみたいな武器や防具に意志を持たせてみたり、ただの人間に過度な魔法の力を与えてみたりさ。ねぇ、イリア姫?」
あぁ……と、ヘルティモはわざとらしく言い直した。
「ごめん、偽名だったね。ハルメリア第二王女、クリスティーナ・レナ・シュバルツ」
ヘルティモの横で、ジュデがいやらしく口角を歪める。顔はすでに再生されていたが、そこにはもう騎士団長としての厳格な面影は微塵もない。こいつもアシェッド同様、すでにウィザードたちに精神と肉体を侵蝕されていると見て間違いない。
「捨てた名です。その名で呼ぶのはおやめなさい」
威厳に満ちた声で、イリアは反抗した。
「怖いなぁ。でも、すごいんだよ、彼女? 彼女は神に選ばれた聖乙女なんだ」
「何が言いたい?」
「僕らは魔法が使える。森羅万象と接続し、自然現象に任意の形を与えることができる。でも、ひとつだけできないことがある」
「回復魔法、だな?」
「そうだ。神のいたずらなのかな? それとも彼女の国の研究の成果なのか、この世界で唯一、彼女だけが、物質の再生を可能にする『白魔法』を行使することができる」
私は、先日イリアと共に戦った時のことを思い出した。
彼女が剣撃に乗せて放った白い魔力。あれが唯一無二の特別な力であろうことはわかる。
「十六年間、一度も白魔法を使わなかっただろう? 苦労したんだよ、君を見つけるのにさぁ? おかげで何十人も間違えて殺しちゃったんだから」
背格好の似た女性を拉致しては、なぶり殺しにしていたと推測する。抵抗した際に白い魔力が使われれば「当たり」というわけだ。イリアが誘拐された時、たとえ私がいなかったとしても、彼女の正体がバレていた可能性は高い。
「ちょっと待て。お前たち、私の存在には気づかなかったのか?」
素朴な疑問が口をついて出た。
イリアが私を使った時、私の刃は大剣へと変貌していた。
「あぁ、あれね?」
ヘルティモたちはニヤニヤと私を見下した。
「寝ぼけてるの? 気づくわけないじゃん。今時魔力で変化する武器なんて珍しくもない。ジュデにあげた剣を見てみなよ? 使い手の魔力の総量を超えてブレードを肥大化できるんだ」
ジュデの腰の剣が唸り声のような音を出し、ビキビキと一段膨らんだように見えた。
「君は、ただ喋るだけの珍しいアンティークなんだよ」
かっちーん。
私は我慢して怒気を抑え込んだ。
まだか。
まだなのか?
「そんなロートルをこんなところまで招いて、何が聞きたい?」
ヘルティモの顔から薄ら笑いが消えた。
「カラカ遺跡にさ、アングルの遺骨がなかったんだよ」
「ほぅ……それは残念だったな」
「カラカ遺跡だけじゃない。この数年間、君と勇者が各地に隠した遺骨を大陸中探し回ったが、どれも封印されているはずの場所にはなかった」
ヘルティモの眼光が私に向かって煌めいた。
——む……?
私の中心に向かって全方位から凄まじい圧力がかかった。剣身や鍔がメキメキと音を立てる。
「魔骨を別の場所へ移してる奴がいる。そいつは僕らの存在に気づいてる。君さ、骨がどこに隠してあるか、知ってるんじゃない?」
「さぁ、知らんな」
残念ながら、これは私も初めて知った事実だ。このパグーレとかいう連中といい、私が眠っている間に世の中は色々動いていたようだ。
さらに圧縮が苛烈になる。
——図に乗るなよ、小僧。
「ッ!」
弾けたように縮小が収まり、私はプレッシャーから解放された。
「あらぁ、すごいわ。ヘルちゃんが介入できない相手がいるなんて」
「ザマァないぜ。剣ごときに押し負けるなんてよ」
「ち……」ヘルティモは小さく舌打ちをもらした。
「まぁ、いい。魔骨のいくつかはもう見つけてあるんだ。今日の主役は君じゃない、そこのクリスティーナ姫なんだからね」
イリアははっきりと軽蔑の表情を浮かべて、自分の両肩を抱いた。
「なぜ僕らがアシェッドとジュデに接触したかわかるかい? 僕たち〝純潔〟に近いウィザードは彼女が宿すエーテルに触れられないんだ。人間を取り込みすぎたウィザードや魔物は、白い魔力に嫌われるらしい」
わからない話ではない。
エーテルにも種類がある。魔物から採集する魔力の元は漆黒色だが、人間はそれを透過するまで濾過しなければ体に宿すことができない。
「だから、人間の肉体構造がまだ残っている個体なら、うまく取り込めるんじゃないかと思ってさ。魔法の構造を教えてあげる代わりに、手伝ってもらうことにしたんだよ」
それが王都のクーデターとイリアの拉致が同時に起こった背景か。
「さぁ、話はこれくらいにしておこう。……ジュデ? 出番だよ。欲しいんだろ? 彼女の身も心も」
ジュデはイリアの前へ歩み出ると、下劣な表情で舌舐めずりをした。
「愛し合いましょう、姫。二人溶け合えば、すぐに快楽の虜になる」
その時。
ふふ……と、俯いていたイリアの口から笑い声がもれた。
——イリア……。
「何がおかしい?」
「本当に、バカな人たち」
嘲るような声で、しかし楽しそうに笑みを浮かべながら、イリアはジュデを見上げた。
「何がおかしい!」
ジュデはイリアを囲うフィールドへ手をかけたが、中へ入るのを躊躇した。
「……どういうことだ?」
ジュデはヘルティモを振り返った。
「彼女から白の魔力を感じない。王都では、確かにあったはず……」
イリアは壊れた人形のように笑い続ける。
ジュデは穢れたものを見るような眼でイリアを睨みつけた。
「この女は、ただの人間だ」
◯
あたたかな光がアルトを包み込み、致命傷だったはずの胸の傷を完治させた。
白きエーテルは時と記憶を遡る。赤黒く横溢な血液はアルトの傷口へと戻り、損傷前の状態へと肉体を巻き戻した。
——ごめんなさい、イリア。
回復魔法は禁忌だ。自然の摂理を超越した力。しかもこの状況では、どこで探知されるかわからない。それを恐れて、あの日以来一度も使わなかった。
でも、アルトはいい人だった。彼はイリアを守ってくれた。
「あなたは、いったい……?」
すがりつくように、私はゼウの右手に両手を添えた。
私は、逃げなければならない。イリアが稼いでくれた時間で、再び姿をくらませなければ。
でも——。
「お願いです、ゼウ様」
私の声は、震えていた。
「妹を……イリアを助けて……!」
私は深く頭を下げた。
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