第12話

「疾……」

 ゼウの連撃はあらゆる角度からバルトガに牙を剥いた。

 顔部の正中線、鼻下の人中から喉元に打ち込まれた掌打と、胸部・腹部にかけての打撃痕はほぼ同時に発生した。

「小賢しい……! アルトを殺ったのも貴様だな!」

「違う……! 話を聞いてくれ」

 揺れはするが、ダメージは浅い。

「ふんッ!」

 続くゼウの攻撃を意にも介さず、バルトガは両腕で戦斧の乱撃を見舞った。ヘビィ級の斬撃が縦に斜めにゼウへと襲い掛かり、ゼウはそれを紙一重で躱していく。

 獲物を仕留め損ねた極厚の刃の衝撃は、そのまま後方の壁を押し潰すように切り刻み、王の一室はいよいよ外部へ露出し始めた。

 ゼウの頬と左肩がわずかに裂け、ブシュリと血が噴出する。

 さらに大振りの一撃を回避した後、ゼウは戦斧の側面に強烈なソバットを叩き込んだ。だが、やはりぐらつく程度でそれ以上の戦果は出ない。

「甘いわ! 武器破壊など、ワシ相手に通用すると思うな!」

 硬い。

 ただでさえ分厚い肉体に加えて、最上位の硬度を誇る装備の上からコーティングされた魔力の壁が、ゼウの格闘術を阻害している。エーテルの流れを破壊する打撃のエネルギーが、完全には通らないのだ。

「ワシを倒したければ、大型のドラゴンでも呼んでこいやぁ……!」

 その時。

《団長コラあぁぁーッ! 返事しろって言ってんスよ、このボケナスッ!》

 バルトガの耳から、通信装置越しに誰かの怒鳴り声が響いた。

 女、か?

《報告入れろっス! さっきからバンバン揺れてんのなんなんスか! 王様大丈夫なんスかッ⁉︎》

「やかましいわ、ジーナ! 今戦闘中じゃあッ! 小言は後に……がはぁッ!」

 全力の中段突きに乗せた掌底が、バルトガの腹部を激震させた。砕けはしないが、ご自慢の鎧が掌打の形にベコリと凹む。

「なんと!」

 腰を入れた分、ゼウの反応がコンマ数秒のレベルで遅れた。飛び退くよりも速く、バルトガの巨大な左手がゼウの右腕を鷲掴みにし、空中へ持ち上げる。

「ふははは、捕まえたぞ……ぶぅッ!」

 浮かび上がった反動を利用したゼウの跳び膝蹴りがバルトガの顎を直撃し、ニタリと笑おうとした唇を強制的に閉口させた。

「おぅ……ッ!」

 顔面が反り返り、露出した喉仏へゼウの足先蹴りの先端がめり込んで、バルトガはたまらずゼウの右腕を手離した。

 だが、着地と同時に追撃に移ろうとしたゼウの左脚の爪先を、バルトガは強烈な右脚の四股で踏み抜いた。

「……ッ!」

 ゼウの表情に変化はないが、微かに全身が強張ったのがわかる。

「折れんとは、大したものだ。だが!」

 マズい。左脚を床に固定され、ゼウは回避行動がとれない。

「チェックメイトじゃあぁッ!」

 バルトガは引き絞ったバトルアックスを最大速度で真横へ薙ぎ払った。

「爆……!」

 渾身の一撃は、しかし戦斧の下方の側面から発生したエーテルの暴発に軌道をかち上げられ、ゼウの頭髪を掠めて空を切った。

 ゼウの術式は、魔力が内在されてさえいれば武器や防具であっても潜伏させられるらしい。

「! なんじゃあぁぁッ⁉︎」

 不測の事態に、バルトガの胴体ががら空きになる。ゼウはバルトガの右脚ごと踏み抜かれた爪先を蹴り上げると、巨体の内側へ跳び込んだ。

「色即是空……!」

 深く。

 深く踏み込んだゼウの脚部が、「ズンッ!」という破壊音と共にバルトガを中心に放射状の陥没を生んだ。振り向き様のゼウの背面がバルトガの胸部へ激しく食い込んだ瞬間、バルトガの全身に宿ったエーテルが、吸い寄せられるようにゼウが接触している背面部へ集中した。

 刹那——。

「破……ッ!」

「う…ぉ……ッ⁉︎」

 

 ドゴギャッ!


 一点に凝縮された魔力が爆ぜ、凄まじい破壊力でバルトガを後方へ吹き飛ばした。ヘビィアーマーの前面は粉々に砕け散り、バルトガの体は出入り口のドアの脇を粉砕しながら放物線を描いて大広間まで飛翔した。

 三度のバウンドの後、ドアの木片を撒き散らしながらゴロゴロと転がり、巨漢はようやく停止した。白目を剥いたまま、バルトガはピクリとも動かない。

 極端に魔力が集中した影響かもしれない。インパクトの瞬間、本来はコネクトできないはずのゼウの意識が流れ込み、私は走馬灯のようにゼウの過去を垣間見た。

〝だめだよ、おにいちゃん! そんなことしたら死んじゃうよぉ!〟

 その時、私は初めて、なぜイリアがゼウを好きになったのかを理解した。

「はぁ……」

 これだけの戦闘で、呼吸の乱れはほんの少し。

 ——この男、底が見えない。

「すまない……」

 ゼウはバルトガの傍らに戦斧を突き立てると、気まずそうに目線を逸らした。

「なんというか……足を踏まれた時、少し痛かったから、その……イラっとしてしまって……やりすぎた」

 手を合わせたお辞儀を済ませて、ゼウは吹き抜けのホールになっている大広間の壁面階段を駆け下りた。

 だが、二階の手前で足を止める。

「誰……?」

 アルトの胸に手を当てていた女が、立ち上がってゼウを見上げた。

 銀髪のミディアムヘアーに、冷淡ともとれるやや鋭い眼差し。背丈はイリアよりも少し高く、胸は控えめだが、その分足はすらりと長くしてある。

 もし私が生きていたら、こんな女性に成長していただろう——そんな容姿に設定しておいた。

「私はフィリア……フィリア・ラーチェル。イリアの姉です」

 ゼウの鼓動がわずかな動揺を見せた。

「助けてください、ゼウ・アンダーソン様」

 八人の化身を滴らせ、産み出す。

 それが聖魔神器としての私の能力である。

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