第6話

「うわ、団長大暴れしてるな……」

 イリアの食材の買い出しに同行していたアルトは、街路に設置されたモニター中継を目にして呆れた様子で呟いた。

 討伐祭が始まってから半日が経過していた。北部平原は祭りに参加するならず者と魔物が入り乱れ、どの参加者がどこで何をしているのかまるで判別がつかない。唯一はっきりしているのがレオ師団長のバルトガ・フランクフルトで、巨漢の斧使いがモニター中央の魔物を根こそぎ薙ぎ倒しているのが見える。

《どうしたぁッ! もっと歯ごたえのある敵はおらんのかぁッ!》

 戦技も派手だが、それ以上に声が馬鹿でかい。中継にもかかわらず、あまりの声量に耳を塞ぎたくなる。

「団長さん、あんなところにいて大丈夫なんですか?」

 イリアは素朴な疑問を口にした。

「まぁ、あれは治安維持も兼ねてるんです。参加者が魔物に捕食された場合、同化した魔物のエーテルの総量が増して強くなってしまう。もしそれが平原の至る所で発生したら、収拾がつかなくなるでしょう? だから、脅威の抑止力になる意味でも、バルトガ団長は討伐祭に参加されてるんです。その証拠に、団長は外壁のベースキャンプ周辺より奥には行っていないでしょう?」

 アルトが得意げに人差し指を立てた直後、モニターからバルトガが吠える声が聞こえてきた。

《おぉぉらあぁーッ! わしがナンバーワンじゃあぁぁーッ!》

「あ、はは……」

 アルトの頬が引きつっている。

 イリアはショルダーバッグから取り出した携帯端末で、討伐祭参加者の現在の位置情報を確認した。ゼウ・アンダーソンは南西の森の辺りにいるようだ。

「わかっていますね、イリア?」

 骨伝導に近い小音で、私は囁いた。

「できるだけ早く、この国から離れなければなりません。討伐祭の熱狂が冷めないうちに姿を消さなくては。私たちの足取りは、誰にも悟られてはならないのです」

「わかってるよ、プニルお姉ちゃん」

「いいえ、あなたは何もわかっていません。いくら意中の男性ができたからといって、こんな時に食事の約束だなんて……」

「わかってるってばッ!」

 アルトは突然声を荒げたイリアを振り返った。

「何かありましたか?」

「いえ……なんでもないんです。ごめんなさい」

 イリアは俯きながら、震える声で呟いた。

「今夜だけ……今夜だけだから。そしたら、明日には全部、忘れるから」

「イリア……」

 私とイリアの口論は、甲高い悲鳴に遮られた。

「なに……?」

 イリアは両手を胸元に抱いてたじろいだ。アルトが自分を庇うように抜剣して、切先を前方へ向けていたからである。

 長く気味の悪い髪の奥に血のような赤い眼を備えた悪鬼が、街路を歩いていた女性の肩口に鋭利な爪を突き立てていた。

「いやあぁッ!」

 うつ伏せに押し倒された女性は命乞いをするように絶叫を続けたが、異様に背の低いその悪鬼は女性を素早く切り刻み、背中から噴出した大量の血液を啜り始めた。

 だめだ、すでに間に合わない。

「レッドキャップか! どうやって王都内に入り込んだ!」

「あ……が……!」

 レッドキャップが背面に爪を突き立てる度、女性の血肉が悪鬼の内側に取り込まれていく。やがて魔物は抱きつくように絶命した女性を完全に自分と同化させ、ボコリと体をひと回り大きくさせた。

 しかも、その残虐な光景はイリアとアルトの前だけで起こっているわけではなかった。城下街の至る所から悲鳴が聞こえ始めていたからだ。

「イリアさん! 離れないでください!」

「は、はい!」

 返り血で赤く染まった髪を逆立たせながら、眼前のレッドキャップがアルトに飛びかかった。

 体躯は五分、レッドキャップの爪による横殴りの一撃をアルトがロングソードでいなした瞬間、発生した衝撃と火花が互いを一歩後退りさせた。

 だが、軍配はアルトに上がった。踏みとどまったアルトの斜め上からの斬り落としは、レッドキャップに体勢を整える暇も与えずその体を斜めに真っ二つにした。

「なに? なんなの……?」

 何が起こっている……⁉︎

 私は自身を超振動させ、直径数キロに渡ってエコーを走らせた。

 ほんの数分前まで夜の祭りの準備に勤しんでいた城下街に、今は魔物や魔獣が溢れ返っていた。西門付近のフィールドに穴があるが、そこから魔物が侵入しただけでここまでの惨事が一瞬で起こるとは思えない。

 ——なんだ、あれは?

 完全に周囲の風景と同化して目には見えないが、王都上空に巨大な何かが浮かんでいる。

「もっと下がって!」

 イリアとアルトが大きく後退し、それで私のエコーは遮断された。

「こちら、西地区のアルト。状況報告」

 アルトは左耳に装着された極小の通信装置へ語りかけた。

 繁華街の一角から火の手が上がる。住民たちの悲鳴と呼応するように、数えきれないほどの魔物の群れが城下街を蹂躙し始めていた。

《何が起こっているんだ、アルト》

「大量の魔物の群れに侵入されている」

 アルトの頬を冷たい汗が伝って落ちた。

「緊急事態だ。団長を呼び戻してくれ」

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