過去の重み
リビングの空気は、気まずい沈黙で満たされていた。アレックスは向かいの桜を見つめながら、彼女が話すべきか黙るべきか迷っているのを感じ取った。やがて、彼女は深呼吸をして口を開いた。
「この一週間は簡単なものじゃなかったよね」
彼女の声は震えていたが、誠実さがにじみ出ていた。「クラブのことをどうにかできるなんて思っていないかもしれない。でも、どうしても君に伝えたいことがあるの」
アレックスは前のめりになり、その言葉に耳を傾けた。
「何の話だい?」
桜は視線を自分の手元に落とし、スカートの端を弄りながら続けた。
「麗華のこと…それと、私自身のことよ。」
その名前が出た瞬間、アレックスの表情は曇った。彼にとっては、まだ新しい傷のようなものだった。あの試合とその結果は、忘れたくても忘れられないものだ。それでも、彼は桜を遮ることなく続きを促した。
「数年前、私と麗華は…親友だったの。」
桜はどこか懐かしそうに微笑み、続けた。「中学で出会って、二人とも音楽が大好きだった。バンドを組むことを提案したのは麗華だった。私はベースを弾いていて、彼女は…ボーカルだった。」
アレックスは意外そうな表情を見せた。控えめな桜がバンドに所属していたこと、そして麗華との過去があったことは、彼にとって想像もつかないものだった。
「それで、何があったんだ?」
彼は慎重に尋ねた。
桜はため息をつき、視線を少し遠くに向けた。
「最初は、すべてが完璧だったの。麗華は謙虚で情熱的で、みんなのことをいつも気にかけていた。彼女のカリスマ性のおかげで、どんどん新しいメンバーが加わって、バンド『アストラ』が誕生したの。」
その声には懐かしさと苦しさが混ざり合っていた。
「でも、変わり始めたの。彼女が注目されるようになると、だんだんと自分以外の意見を聞かなくなった。それどころか、私たちを軽視するようになって…。メンバーは耐えきれなくなって次々と辞めていった。」
アレックスは言葉を失った。桜が語る麗華の姿は、彼が知る麗華とはまるで別人のようだった。
「結局、レイカと私だけになったんです。でも、レイカは以前のような女の子ではありません。彼女はもう私の親友ではなく、アシスタントのように扱われています。」
さくらは苦笑した。 「だから全部捨てたんです。バンドも音楽も…もうベースは弾かないと思ったんです」。
「それなのに、なぜまた音楽を?」
アレックスは興味津々で尋ねた。
桜はかすかな微笑みを浮かべた。
「明里先生が練習しているのを見つけてくれたの。最初はまた音楽に関わるなんて思ってもみなかったけど、先生がクラブに入るよう勧めてくれた。躊躇していたけど、音楽を避け続けることに疲れていたのかもしれない。」
桜は目を上げ、ついにアレックスと視線を交わした。
「それに、君が来てくれたおかげよ。」
彼女の声は穏やかで、何かを隠していた気持ちを打ち明けるようだった。「君がどうやって新しい環境に順応していくのかを見て、私も頑張らなくちゃって思えたの。」
アレックスは無言でその言葉を受け止めた。桜と麗華の関係、彼女が背負ってきたもの、そしてクラブへの想い――すべてがつながった気がした。
「話してくれてありがとう。」
ついにアレックスは口を開き、真剣な眼差しで言った。「でも、どうして今なんだ?」
桜は少し唇を噛み、答えた。
「麗華は、まだ変われると思うの。昔の彼女が完全に消えたわけじゃない。だから、誰かが彼女にそれを気づかせてあげられるなら…それは君だと思うの。」
アレックスは深いため息をついた。どう感じるべきか分からなかった。しかし、桜の言葉にはどこか希望が込められているように思えた。
「話してみるよ。」
アレックスは立ち上がり、決意を込めて言った。「でもその前に、クラブのみんなに感謝を伝えたいんだ。」
桜はほっとしたような顔で微笑み、少し誇らしげに見えた。
もしかしたら、麗華にもクラブにもまだ希望は残っているのかもしれない――そう信じたくなる瞬間だった。
チリコト Rexxs A. @Rexxs_A_1
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