荒野譚

 荒野を走る狼は、一人の娘を背中に乗せている。竪琴を持った娘は、語り部で、この荒野の物語を動物たちに聞かせるために、日夜、狼の背中に乗って走り続けているのである。

 夜になると、狼と娘は叢の特に深い場所へと潜り込む。月光が薄らと差し込む草の褥に転がると、狼の身体はみるみる内に純白の衣装を身に纏った踊り子へと変化する。

 語り部の娘は優しく踊り子に口付けをすると、その日に動物たちに語った荒野の物語を聞かせる。ここがかつては街であったこと、大地の女神の怒りを買い、街は地の底へと沈み、人々は皆、動物へと姿を変えたこと。踊り子は、最も美しい心を持っていたので、月光を浴びた時だけ人の姿に戻れること。

 踊り子は肩で息をしながら、尋ねる。

 それで、アンタは誰なんだ? 私の背中に乗り、この呪われた地の物語を語るアンタは? だが、踊り子がどれだけ尋ねても、語り部の娘は笑みを浮かべ、答えようとはしない。

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アルスファルム断片集 夏越カレン @karen_nagoshi

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