ナイトクイーンとユリの花
マスク3枚重ね
月下美人と百合
けばけばしいピンクや青のネオンの光を酒気を帯びた男女がその光を受けて、千鳥足で行き交っている。頭にネクタイを巻いた赤い顔のサラリーマン、明らかに筋者の目つきの鋭いスーツの男、煌びやかなドレスを身にまとい男にくっつく女達、そんな人々が行き交うこの街は欲望が渦巻くネオン街。月の光もネオンの明かりにかき消され、僕の罪も一緒に包み隠す。
「おっと!ごめんよー」
そう言って被りのパーカーのフードを深く被り直し、目つきの鋭いスーツの男にぶつかった。
「気をつけろっ!ガキ!」
怒るスーツの男に後ろ手で手を振って人混みの中へと消えて行く。すると後ろから「財布をスられたっ!」と叫ぶ声がして、僕は人混みの中でニヤリと笑い走り出す。短パンから見える細い足にビーチサンダルを履いているとは思えない速さで人混みをすり抜けて行く。
「待てっ!クソガキが!」
スーツの男が人混みを押しのけながら、向かってやって来る。僕は走りながら被りのパーカーを脱ぎ、頭にネクタイを巻いた男に無理やり被せる。
「んっな!何すんだ嬢ちゃんっ!」
「おじさんにプレゼント!」
短い髪に褐色肌の短パン少女は素敵な笑顔と共にウインクを残して行ってしまう。残された男はパーカーの袖の匂いを嗅いだら、少女の汗の香りがして気持ち悪い笑顔を浮かべていると後ろから頭を掴まれる。
「捕まえたぞ?ガキかと思ったらいい歳こいたオヤジじゃないか!?」
「へ?」
後ろからギャァァァ!とネクタイを巻いた男の叫び声が聞こえてくる。それを聞いた少女は走りながらアハハと笑う。
「おじさんごめんね!そのパーカー返さなくていいからー」
聞こえるはずがない距離で少女は笑いながら駆けて行く。途中の細い道に入って行くと、そこは街灯もない暗い道。先程の喧騒は遠くに聞こえ、月明かりが少女を照らし出す。野外用の大きな鉄のゴミ箱に腰を下ろし息を整える。
「ふぅーさてと!今回の報酬は?オープンザプライス!!」
某番組の鑑定金額を発表する様にスった黒い革財布を取り出した。
「トゥルルルル、一、十、百、千、万、十万…」
厚みのあるその財布を開けて中を見る。そしてお札を数えて少女の顔が青くなる。
「120万…ヤバ…」
その黒い革財布の中には120万もの大金が入っていた。明らかにまずい人の財布に手を出した様だった。財布にはヤクザの大門が印字してあったのだ。
ゴミ箱から飛び降りて現金だけ抜き取り財布をゴミ箱に投げ入れる。不味い事になったのだ。ネオン街のヤクザに手を出せば、この街では生きてはいけない。それは周知の事実。その場を後にどうしたものかと爪を噛む。
「やっちまった…このままじゃマズイ!」
そうボヤきながらねぐらへと帰る。路地裏の片隅にダンボールとブルーシートで出できた粗末な家に這う様に狭い入口から入っていく。中は狭いが寝るだけなら十分な広さがあり、ボロ布を被り目をつぶる。
「これだけあるんだ。明日、朝一で考えよう」
そして少女は眠りに落ちていった。
ドカンッ!という音で少女は目を覚ます。一気に覚醒し飛び起きるが時すでに遅かった。黒スーツの男とヒョウ柄のスーツを着た強面の男達が3人、壊れたダンボールの上から覗いていた。次の瞬間に腹に衝撃が走る。ダンボールごと蹴られたのだ。
「痛っつ…」
「クソガキがぁ!誰の財布だと思ってんだ?光龍会の若頭の財布だぞ!?」
蹴りを入れてきたその男はヒョウ柄のスーツで前歯と眉のない男だった。後ろで鋭い目つきのスーツ男がタバコを吸い始め、紫煙を吹き出し指示を出す。
「そいつを引きずりだせ」
男2人に半壊したダンボールハウスから引きずり出され立たされる。そしてスーツの男はタバコを加えたまま寄ってくる。
「お前、財布は?」
「財布は捨てた…金ならそこ」
そう言って家の中を指さした。その瞬間、腹に鈍痛が走り、その場に崩れ落ち嘔吐する。若頭とか言われている男に腹を殴られた様だった。
「汚ぇな。財布はどこに捨てた?」
「うぅ…大きい…ゴミ箱に…」
そして顔に思い切り蹴りを入れられ、後ろのダンボールハウスに吹き飛ばされ、鼻から出血する。
「アニキ!金ありやした!このガキどうしやす?」
ヒョウ柄男が喋っている。
「そいつぁ女だ。ひん剥いて風呂屋にでも売ってこい」
「へい!」
意識が朦朧とする中で男に髪を捕まれ立たされる。
「やめ…」
「へっへへ…馬鹿なガキだぜ。いっちょ前に胸もあんじゃねぇか」
男が胸に手を伸ばしてきたその瞬間、生暖かい何かが顔に着く。男を見ると首から噴水のように真っ赤な血が吹き出していた。
「へ?」
もう1人のスーツの男が呆けた顔をしていると、白い何かがその男の前を横切った。そして真っ赤な花が咲いたようにその男の首が掻き切られる。
「お、お前っ!ナイ…」
後ずさる若頭が喋る前に首を誰かが掻き切った。赤い花の花弁が辺りに散っている。そして雲の切れ間から月光が女性を照らし出す。そして血に染まっている少女と目の前に立つシミひとつない真っ白いワンピースを着た女性。恐ろしい程に美しく、その瞳は氷のように冷たい視線を送っていた。白く長い髪は絹のようで手に握られた銀のナイフは対照的に真っ赤に染まっている。
「あなた、お名前は?」
少女は直感的に思う。答えなければいけないと。
「ユリ…」
震える口でそう言うと白い女性は亀裂の様な笑みを浮かべ言う。
「あら…そうなの?」
白い女性がこちらに背を向ける。ユリは震える唇で言葉を発する。
「殺さないの…?」
白い女性が振り返り、不思議そうな顔をする。
「そんな事しないわ。花は刈り取らない主義なのよ」
何を言っているのかわからない。わからないが本能的にこの人に着いて行かないといけない様な気がした。白い女性は路地の向こうに行ってしまう。ユリは彼女を追いかける。白い女性が直ぐに気が付き振り返る。
「あら、どうしたの?」
「私…さっきの人達に追われると思うから…」
微笑むように白い女性が真っ赤に染った手を差し出しユリの手を握る。
「そうなの?私と一緒!」
夜中の月光指す路地裏を白い女性がウキウキと歩き出すが、ユリの手を握ったまま離さない。ユリは後悔する。この女性について行くことが最悪な事になるのではないのかと。
ユリは朝の光で目を覚ます。カーテンの隙間から入る光が、お昼過ぎ頃であると告げている。昨日の夜を思い出し周りを警戒する様に見る。部屋の中は自分が寝ているベット以外の家具はなく、およそ生活に必要な物は何もない。ガランとしていて、赤の旅行用トランクがあるだけだった。すると扉が開き、人が入ってくる。黒いサングラスに黒いキャップ、手袋をして地味な服装の人物にユリは警戒する。
「よく眠れたかしら?」
「え…はい」
彼女は「ばあ!」とサングラスとマスクを外すと美人が顔を出す。昨日の白い女性だったのだ。
「驚かせてごめんなさいね?私、太陽の光に弱いのよ」
「あなたは…?」
女性がハッとした用に手を叩く。
「自己紹介がまだだったわね!私は月乃下 夜姫(つきのした やひめ)、変な名前でしょ?」
月乃下はニコリと笑い紙袋を渡してくる。ユリはうけとって中を見るとクロワッサンが入っていた。
「朝ごはん…には遅いけど、ご飯を買ってきたの。食べて」
昨日から何も食べてない事を思い出し、貪るようにクロワッサンにかぶりつく。それを月乃下がニコニコと微笑みながら眺める視線に気まずくなり質問する。
「あの…何で助けてくれたの?」
突然の質問に月乃下はキョトンとするが直ぐにニコニコと笑い答える。
「助けてないわよ?あの場にたまたまあなたがいただけ」
「なぜ殺したの…?あの人達、光龍会の人間で…危ないやつらで…」
「もちろん知ってるわよ。私は依頼されたから花を咲かせたの。綺麗だったでしょ?」
月乃下の言う花を咲かせたとはいわゆる殺しの事のようだ。つまりこの人は殺し屋の類なのだろう。
「なぜ、私を殺さなかったの…?」
月乃下が首を捻り、答える。
「昨日、言わなかったかしら?花は刈り取らない主義なのよ」
言ってる意味がわからないが取り敢えずは大丈夫らしい。殺しの現場を見られた事で私を監視下に置くつもりなのだろうか?でも、私があんな事言わなければ、そもそも行ってしまおうとしてた様な気もする。
「何でここに連れてきたの…?」
「あなたが私と同じで追われるから…なのかなぁ?」
この質問の答えは本人もよく分からないらしい。何となく連れて来たのだろう。
すると月乃下は手をパンッと叩き言う。
「はい!質問はお終い。それ食べたらお風呂に入りなさいな」
よくよく自分の格好を見ると身体中に血が固まり、赤黒くなっていた。改めて昨日の事を思い出し食べたばかりのパンが口から出そうになる。
「お湯貯めとくわね」
そう言って月乃下は部屋から出て行ってしまう。
「あの人、大丈夫かな…」
ユリはそう呟く。ユリは昔から直感で生きてきた。その直感を信じて行動すれば上手くいき、逆に直感を信じないと不幸な目に遭ってきたのだった。あの時、若頭の財布をスったのも、月乃下に着いてきたのもその直感を信じたからだ。それなのにどうだろう、あまりいい結果だとは言えない。それ所か恐らく、光龍会に追われる立場になった上、殺し屋の家に転がり込むという笑い話にもならない結果ではないか。
「ついてない…絶対についてない…」
それからしばらく居候させてもらってわかったことがある。彼女の寝ている姿を見た事がない。月乃下は必ず夜に家を空け、日が昇る前には帰ってきて真っ赤に染まった手を洗う。いつも白いワンピース姿で血の一滴も着いてない。素人のユリにも分かる。月乃下はプロの殺し屋だ。何故、殺しをしているのか、依頼主とは誰なのか、分からない事だらけだった。
月乃下が出ていってしばらくしてからだった。家の前の廊下を歩く音が微かに聞こえる。その音は扉の前で止まり静まり返る。月乃下は常に足音を立てない。ユリの直感が言っていた。直ぐに逃げろと。ベットから抜けて窓を開けようとすると玄関扉が破壊される音と男の怒号が聞こえてきた。
「White nightmare 《 ホワイト ナイトメア》 !!今夜こそ殺すっ!!」
ユリは窓から逃げる事が出来ずにベットの下に潜り込む。それと同時に部屋へ男達が入ってくる。
「ちっ…逃げられたか」
「ベットがまだ温かい。窓の外だ!追え!」
「外には居ないわ。ここよ」
部屋の中からだった。月乃下の声がそう聞こえた後にベットの下に真っ赤なドス黒い液体が流れてくる。次に白い手がユリを捕まえ、引きずり出される。
「ごめんなさい。ごめんなさいね。怖い思いをさせたわね」
そう言われながらユリは月乃下に抱かれ、頭を真っ赤な手で撫でられる。暖かい彼女の身体に抱かれ、ユリは何とも言えない安心感を感じる。ユリには母親はいない。産まれて直ぐに捨てられ施設に預けられたのだ。きっと母とはこんな感じなのだろうか。月乃下は血溜まりに膝を着いている。
「ワンピース…汚れてるよ…?」
「いいのよ…あなたが無事ならね」
月乃下がそう言うと強く抱き締めてくれた。何故こんなに焦って助けてくれたのだろうか。何故こんなに抱き締めてくれるのだろうか。ユリには分からなかったがユリは彼女の温もりと知らぬ母の面影を重ね強く抱き締め返した。
ネオン街を離れ、彼女と2人で電車に揺られる。相変わらず、地味な服装にサングラスとマスクな月乃下は楽しそうにどこに住もうかと話していた。
「ねぇ…住む場所もいいけど、何で私も連れてってくれるの?」
「あなたは私の家族だからよ」
「家族!?」
驚いて少し大きな声が出てしまった。隣のボックス席からおじいさんとおばさんが驚いておにぎりを落として居るのを見てしまい、声のボリュームを落とす。
「…何で家族なんだよ?!」
「私達、姉妹なんだから当たり前でしょ?」
「あんたと姉妹何て聞いた事ない!?」
月乃下はふふふと笑い話し出す。
「あそこの街の女の子はほとんどが姉妹なの。いわゆる試験管ベビーなのよ」
頭が追いつかない。試験管ベビー?確か母体なしに機械かなんかで産まれる子供がそんなだったはずだが…
「だから私達は姉妹!血だって繋がってるのよ?」
何故か誇らしげな月乃下にユリは頭を抱える。
「その話が本当だったとして、なんでそんな事をするの…?」
「最強の殺し屋を作るためよ」
そう言う月乃下の顔は酷く冷たく、瞳は氷の様だった。あの日の夜の様に…
「私は寝る事はしないし、飲み食いも月に1回で済むわ。でも、太陽が出てる間は機敏に動けない…失敗作なのよ」
「それって…」
月乃下が酷く真面目な顔になり、ユリが生唾を飲み込む。
「そう。一番の問題点…日焼けするとめっちゃ痛いのよ…」
「え?」
「だから…昼間はこんな格好にならざるおえない…不覚だわ…」
呆れて言葉も出なかった。確かに日焼け止めクリームをよく塗っているのは知ってたけど、そんな事が知りたいのではないし、聞きたいことが山のようにできた。
「まず、昼間は戦えるの?」
「戦えるわ。常人程にはね」
「僕は…僕には母さんはいないの?」
「ベースになった人間はいるでしょうけど、大昔の人らしいわ」
ユリは落胆する。ユリは施設を抜け出してあんな生活をしていたのは勘を頼りに母を探す為だったからだ。
「じゃあ…何で…こんな…」
月乃下は首を捻り、ユリが落ち込んでる理由を探してるようだった。
「そんなに母親が欲しいなら、私がなってあげようか?」
「え?」
顔をあげると月乃下はマスクとサングラスをづらし美しく、優しく、そして存在しない母親が微笑んでいた。
「私達、歳離れてるからその方が自然よね?」
「え…まぁそうかもだけど…」
すると月乃下がギュッと抱き締めてきた。暖かくそして細い彼女の腕、ただとても安心する甘い匂いと、力強さがそこにはあったように感じる。
しばらくの月日が流れた。足がつかないように月乃下は殺しをやめていた。隠れる気になったプロの殺し屋は誰も追うことは出来ないのだと彼女は言っていた。足でまといな僕は彼女から生きる為のいろはを教えられ、今では逃げる事に関してはプロレベルだった。
新聞を読む彼女が笑う。光龍会が内部抗争で瓦解、解散したとの事だった。僕が彼女に「何かしたの?」と聞いたら「何もしてないわ」と言っていた。
「さてと!花達を迎えに行きましょうか」
そう言って白いワンピースと白い髪をたなびかせ、月の下を優雅に歩くその姿はNight Queen《ナイトクイーン》月下美人の様だった。
「待ってよ、母さん!」
そうして追いかけるユリの花の直感は月の光の様に輝いている未来が見えたのだ。ふたつの花は夜闇に消える。
おわり
ナイトクイーンとユリの花 マスク3枚重ね @mskttt8
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