第4話 聴取

 取調室に入ると、襟付きの服を着た男と目が合った。男は窓とは反対側の椅子に座っていて、不機嫌そうに、部屋に入ってきた俺を見ていた。

「ご苦労だったレイヴン」

「調書の作成は?」

「お願いするよ」

 してみると、俺の横にいる看守はレイヴンと言う名前らしい。それがファーストネームなのかまでは分からないけど。

「座れ」

 と、男が乱暴に吐き捨てると、顎で机を挟んだ向かいの椅子を指した。ちらと看守を見ても無反応だったので、大人しく椅子に座った。

 いざ男と向き合うと、この男もレイヴンに似たタイプであることが分かった。きちっとセットされた頭髪、理知的なたたずまい、刑事によくいる荒くれもの担当ではなくデスクワークがお似合いの手合い。それがこうして不法滞在者の聴取に駆り出されている辺りに機嫌が悪い理由がありそうだ。

 男は両肘を机に突いて、組んだ手に顎を乗せている。そこで初めて、俺は男が右手だけ手袋を嵌めていることに気が付いた。

「名前は?」

「ここに来る途中ぶん殴られたときに答えたけど」

「聞かれたことに答えるんだ」

「コノハナ・ハル」

「……」

 レイヴンが羽が付いたペンで調書に書き込んでいく。僅かに生まれた沈黙をペン先と紙のこすれる音が埋めていく。

「で出身は?」

「あんたの知らない遠い国だよ。なぁ、俺からも聞いていいか? あんたの知る限り見ず知らずの土地からいきなり異邦人が現れたって事例はあるか」

「質問をしているのはこちらだぞ」

「……」

 ある程度の確信をもって黙った。こちらが聞きたいことをこの男は無理のない範囲で答えるはずだと。

「キミが言っていることが転移魔法に関することなら知っている。もっとも、その魔法の伝承は失われているがね。さて君の聞きたいことにはきちんと答えた。次は僕の質問に答えてもらおう。出身は?」

「日本」

「? この国ではないな」

「地元の呼び方だからあんたが知っているのとは違うかもな」

「……本題に入ろう。どうして滞在許可証を持っていなかったんだ」

「受け取ってないから」

 無くしたと嘘をつくのは無意味だ。憲兵に連行されたときの反応からして許可証は紙やカードなどの携行するタイプじゃないのは察していた。

 刑事は黙秘する人間より嘘をつく人間を嫌う。

「なるほど。ではどうやって王都に入った?」

「入ったって認識はないな。故郷にいたはずなのに気が付いたらここにいた」

「気が付いたら、ねぇ。それは君の連れも同じか?」

「ユウキのことならそうだ。ただそれじゃ納得しないよな」

「よく分かっているじゃないか。……嘘をついているわけではない、か」

 男がそう言うとレイヴンと視線が交わる。そう言うことか、どうやらレイヴンはただ調書を取るためだけにこの場に居るわけでは無いらしい。

「この国の法律は詳しく知らないけど聴取で虚偽の発言をした場合はどうせペナルティがあるんだろ」

「その通りだよ。虚偽の発言があった時点で王都での在住権及び滞在許可証の即時失効がなされる。……滞在許可証の無い君の場合はペナルティにならないな」

「いや、あんたの心証が悪くなるのがペナルティだよ。嘘はつかない」

「そうしてもらえると有難い。君の置かれた状況を整理すると故郷の――日本に君の連れといたところ気が付くと王都にいたと」

「そういうことだ」

「今日ほど審議判定システムを疑った日はないよ」

「そういう日もある。これで聴取は終わりか?」

「君のはな。この後君の連れの聴取がある」

「……なあ、こっちも結構混乱してんのにきちんと答えたんだ。もうちょい聞きたいことがある」

「どうぞ」

「何が起こってるんだ?」

「何がとは」

「とぼけるなよ。行き詰ってる事件があるんだろ」

「……どうしてそう思う」

「俺とユウキを連行した憲兵の態度、直前まで利用されていた形跡のある留置所、恐らくは尋問担当ではないアンタが聴取に駆り出されている――これだけ揃えばある程度は予想がつく。憲兵がやけにピリピリしていたのは市民の不安を煽る出来事が起こっているかもしくはあんたらの信頼を損ねる事態に直面しているから。あの留置所は捜査に行き詰って手当たり次第に重要参考人ならず者を放り込んだんだろ。んで、そこまでするのはそうせざるを得ない何らかの理由があるから。例えばただ犯人が野放しになっているだけじゃなく、まだこれからも犯行が続く可能性が大いにある。そして、極めつけはあんただ。許可証の不所持何てちんけなことに近衛騎士団のあんたが直々に出向いている。そんなに証拠が不足しているか」

「どうして私が近衛騎士団の一人だと?」

「憲兵に伝えとけ、職務中の私語は慎むようにな。で、どうなんだよ」

 男は苦虫を嚙み潰したような顔で頷いた。

「君の言う通りだよ。……新聞を読むか市民に訊けばわかる話だから言うが、今王都では連続殺人が起こっている。証拠は少なく、足取りはまるで掴めず、と言った具合にね。確かに君の言った通り、捜査は行き詰っている」

「そんなときに許可証を持っていない俺たちが現れたわけか」

 疑うなと言う方が無理だろう。とは言えある種この状況は好機かもしれない。そもそもの話、転生場所がいるのか分からないが魔物の巣窟だったりだとか、異端者は即処刑な閉鎖国家でなかっただけ幸運なのだが、それでも説明役のいない現状でこうしてある程度身の安全を保障されながら、聞きたいことを聞けるのはラッキーに過ぎると言うものだ。

「けれども結果は別件、むしろ新たな災厄のタネかもしれない」

「言えてるな」

「さてと、今度こそ質問はないね?」

「まだ何か聞いてほしいことがあるなら質問するけど」

「それなら聴取は終了だ。レイヴン」

 留置室で待っていたユウキは笑顔で迎えてくれたけど、不安げな様子を隠せていなかった。だから俺の方も安心させるように笑った。

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