第3話 異世界転生講座!

 異世界転生ものの作品の多くは現地でまったりスローライフを送ったり、前世で思い残したことに取り組んだり、あるいは転生時に女神だとかの超越存在から何かしら受け取る転生特典――いわゆるチート能力を駆使して無双する展開が広げられる。

「へぇ、私とハルが見たのはえっとダンジョン? を探検する話だったけどそっか、別に異世界でゆっくり過ごすことも出来るんだね」

 スローライフって何? と首を傾げるユウキに俺がかいつまんで説明をするとそんなことを口にした。

「私たちっていきなりこっちの世界に来ちゃったからその転生特典、は受け取ってないのかな」

 ユウキが言った通り、俺たちには女神だとかの超越存在と会った覚えは一切無い。のだから必然的にチート能力も付与されていないことになる。

 つまりは、右も左も上も下も覚束ない異世界に素寒貧で放り出された訳だ。

「うーん、でも気が付いてないだけで私たちもしかしたら凄いことが出来るようになってるかもよ」

 いつだって前向きなのはユウキの好きなところだ。

 ユウキの言った可能性の話は、いざその能力が発現した時に狼狽えないよう意識の隅に置いておくべきだろう。

 ――検討すべき事柄は他にもいくつかある。そのうちの一つが俺たちをこの世界に呼び寄せた何某だ。

 作品によってはいきなり魔法陣の上に召喚されて目の前のなんちゃって見習い魔導士に罵倒を受ける展開もあるのだとか。

「異世界にいきなり来ちゃっただけでもびっくりなのにとんがり帽子を被った女の子に酷いこと言われちゃったらてんやわんやになっちゃいそう」

 特にユウキのあの狼狽ぶりにそんなことになっていては泣きっ面に蜂どころの話じゃないだろう。

 そう言えば、なんて前置きで話すことでもないが結局俺はユウキがどうしてあんな風になっていたのか聞けず仕舞いだった。ユウキもユウキで何がったにせよ今は立ち直っているみたいだし、今は掘り返す時じゃないと判断した。

「んー、ユウキは魔法陣? とか魔法使いの女の子とか見掛けた?」

 ていないのでこうして一つ一つ推理していくしかないのである。もし仮に魔法使いがいたのならそいつから聞き出せばいいのだから。

「じゃあやっぱり一個一個考えていかなきゃね」

 むん! と気合を入れるユウキ。

「ねね、ハル議長。どうしてみんな日本語が話せるのかな」

 続けて手を挙げてユウキが議題を提案する。

 異世界における言語問題――アニメでは日本語で進行しつつ、実際はこんな感じですよと異世界言語を流す手法が取られたりすることもあるが。

「もしかして私たちは日本語と思ってるだけでみんな違う言葉を話してるのかな」

 だとすればそれが転生特典の可能性もあるだろう。

「とにかく日本語が通じてよかったよね」

 それは間違いない。赤子からやり直せる転生形態で習得段階を踏みつつ一から学べるならともかく、辞書も手掛かりもない状態での第二言語の習得となればたぶん俺の心は既に折れていただろう。まぁでもその場合は要領の良いユウキが何とかして俺の手を無理やり引っ張っていくんだろうけど。

 そう言う意味では日本語が通じる分、ユウキの足を引っ張らずに済むのはありがたい話ではある。

 そして日本語が通じると言うのは現地の方々とコミュニケーションが取れると言うことであり、そうすると聞き取り調査が行えると言うことだ。

 俺は早速見回りの看守に話し掛けた。

「なぁアンタ、桃栗三年柿八年柚子の馬鹿野郎十八年って含蓄あることわざに聞き覚えはあるか?」

「妙なことを言うな! 私語は禁止されている」

 はっきりとさせたいことについて断定するには微妙なラインだが、少なくとも『桃栗三年柿八年柚子の馬鹿野郎十八年』と言うことわざが無いことは断言できるだろう。

「知らないだけかもよ?」

 後でもう一人ぐらい確かめておくか。

「私、桃栗三年柿八年ってことわざに続きがあるって初めて知ったよ」

 学校じゃ教えてくれませんからね。

 さて、このことわざが存在しないとして、その場合更に桃や栗、柿と柚子と言った植物も存在しないのかが次の論点となる。言語は同じだが文化が違う。バベルの塔の建設によって神の怒りに触れなかった世界ではあるいはこう言った悩みがあったのだろうか。

「ハル、難しい顔してる」

 むにゅっと頬をてのひらで挟まれた。

 ――この世界で見たもの、あのショッキングピンクな大きい果物はどうだろう。例えばあれが桃と呼ばれている可能性は考えられるのだろうか。いや、考えるだけならいくらでもできる。ただ否定も肯定も不機嫌な看守以外材料がないだけで。看守に「桃って知ってっか?」と聞いたところでこの期に及んでまともな反応を期待するのは前向きとかじゃなく、楽観的とか能天気とかその手の扱いに分類される。

「……ハル?」

 そもそもの話、植生の差異に拘らずとも、ある程度の共通項があるだけで結構な問題がある。どうしてこの世界では日本語が話されているのか。あるいは日本語が使われているのはこの世界のこの地域だけで、ほかのところじゃ全く未知の異世界言語が公用語になっていることも有りうる。

 ただまぁいずれにせよ、この世界の言語研究にあたれば良いだけの話ではある。もし大学のような高等教育機関に似たようなものがあればそこでは何かしらの研究が行われているだろうし、当然言語学もそこに含まれているだろう。この世界での日本語の分布、由来……、分かることは多い。

 ――さっきから仮定に推論ともしを重ねているのが気に食わないけれど、ここまでで特に穴はないはず。

 限られた情報から今現在考えられること、考えるべきことを検討出来ているはずだ。

 とまた断定できないのが心苦しいけどそれはそれ、答え合わせをする楽しみとしておこう――

「ハル!」

「うひゃっ! なっ、急に大きな声を耳元で出すなよ!」

「ほら、看守さんが呼んでるよ」

「?」

 こうむにっと頬を掌で押されて、恐らくは留置所の一種だろう鉄格子の牢の外に顔を向けさせられる。

 格子状の柵を挟んだ向うには確かに看守がいた。背丈は175㎝の俺より少し高いぐらい、制服の帽子から獣の耳が出ていて、鼻は先に黒点が付いている。目つきは鋭くどんな些細なことでも見逃さないからなとこちらを睨んでいる。それからスカートの方からもふさふさと触り心地の良さそうなしっぽが空中で弧を描いていた。

 今までの二人はたぶん、おそらく人間だったが、この看守は人間ではないだろう。

 異世界に来てから――獣人とでも言うべきなのだろう現地人を見掛けたけれど、彼らに共通するのは動物にある愛嬌と野生が共存した愛らしさだった。考えてみればユウキだったか、俺かが抱いたマスコットや着ぐるみと言う所感も、結局のところその可愛さから来るものだった。

 けれども、目の前の看守は違う。そんな愛嬌も愛らしさもマスコットも着ぐるみも可愛いも過去に置き去りにしていて、さりとて野生があるわけでもなく、彼女のきらりと光る双眸から伺えるのは、きわめて統率された知性と職務に忠実であろうことだけ。

「聴取の時間だ。ついてこい」

 牢の錠は元居た世界では見たことのないタイプだった。と言うか、看守の隙を見て錠を探った感じ鍵穴は存在していなかったはずだ。にもかかわらず、獣耳の看守は鍵を差し込んで錠を解いた。

 「来るのは男の方だけだ。お前はここにいろ」

 何て言われたらまぁ不安な顔をするよね。そしてそれは、この無機質で堅牢な留置所の一室に一人で乗り越されることに起因するものではなく、これから一人で聴取を受けることになる俺に対してのものなのだ。

「大丈夫だよ、こう言うのは慣れてるから」

「さっさと歩け」

 ユウキに言えたのはこれだけ。手枷はなく、拘束もされずに、逃げることを試みるのは容易だろうと思わされるほどかなりの自由があるけれど、背後にいる看守がどう考えてもそれら抑止力の代わりなのは明々白々。俺は大人しく、言われるがままに廊下を歩いていた。                                     

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