第2話 当然の疑問

「おいユウキ、大丈夫か?」

 我ながら、どう見ても大丈夫そうではない人間に対して余りにも情けない第一声だと思う。俺に気が付いたユウキは一度ぱちくりと瞬いて、俺を見上げて、もう一度瞼を閉じて、ゆっくりと時間を掛けて開ける。まるでそこにあるものが信じられずに、見間違えでないか確かめるようなそんな感じで。

「………………ハル?」

「ああ、お前の幼馴染みのハルだよ」

 安心させるように力強く俺は言った。その効果が出た、とまでは言わないけど虚ろだった紫紺の瞳は確かにはっきりと俺を捉えていたと思う。

「ハ、ハル……?」

「そうだ、お前と腐れ縁で長い付き合いのハルさんだよ」

「あっ、ハル! ど、どこか痛いとこはない⁉」

 といきなりユウキが俺の身体をペタペタ触ってきた。

「ひゃっ、あ、おまえいきなり何をするんだ!」

「い、いいからハルはじっとしてて! ねぇ、ハル。その、どこか怪我してたりするかな」

「いや、特に痛かったりはしないけど……その」

 結構な人が通る道のど真ん中でお互い向き合って片方がもう片方の身体を触りあっているもんだからさっきからめちゃくちゃ視線を集めてる。かぼちゃくらいの大きさでそのサイズになるともはや不気味に感じるピンクの何かを売っているもふもふしてる獣耳の人? は「昼間っからお熱いねぇお二人さん」とか言ってるし。

「その、何? ……ハル! お、大きなど、動物が喋ってる⁉」

「ああ、うん。喋ってるな」

「こ、ここはどこ⁉」

「全くわからん」

 あちこち答えを求めて見て、得られた情報に余計ユウキは混乱していく。特に話す動物が受け入れられなかったのか多分八百屋の店主ぽい人? を見る回数が多い。

「ねぇハル! どうしてそんな落ち着いてるのさ! いきなりこんな知らないところに来ちゃったのに!」

「これはあれだな。隣に自分よりあたふたしている人がいるから逆に冷静になる的なあれだ」

「ふざけないで!」

「お前が取り乱してたから、そっちの方が俺にはびっくりだっただけだ。もう落ち着いた?」

「落ち着けるわけないよ!」

 肩で息をしてユウキは怒鳴りつけるように言った。

「まぁ元気が戻ったならいいや。とりあえず人気がないところに行こ。ここじゃ目立つ」

 いまだに混乱の真っただ中にいるユウキの手を取って無理やり立ち上がらせて、そのまま目についた裏路地に入った。ここなら周囲の目線も余計な情報も入らなくて済むだろう。

「ハル……、ここどこだと思う? に、日本に二足歩行の喋る動物っていたっけ……あっ、もしかしてあのふわふわな人は着ぐるみだったとか」

 少し落ち着いてきたのか、ユウキがそんな推測を口にした。確かにあれがマスコットキャラクター的な着ぐるみだったのなら説明がつく。あの仮称八百屋の店主はご当地マスコットに似た格好だったし。

「残念だけどそれは無いよ。着ぐるみじゃあんな表情の変化は作れないし。それにここは日本じゃないと思う」

 悲しいかな、石造りの建物とか明らかにナーロッパだもの。

「で、でも長崎のハウステンボスとかこんな感じだったじゃん!」

 俺の中で一応の結論が出てから考えもしなかったことをユウキは思いついたらしい。確かに言われてみれば中学の修学旅行で行ったハウステンボスの園内に見えなくもない。と言うかそうか、この発想に至らなかった場合、普通はこんな風にこのあり得ない状況に説明を付けようとするのか。

 なんとなく、だけど。俺の考えを言ってもユウキは素直に信じてくれない気がしてきた。でもまぁ、この状況はもうこれしかないし。

「で、そのハウステンボスさんにどうやって急に来ちゃったりするんですか」

 サイコロを振り違えたってあり得ないだろう。

「じゃ、じゃあハルはここがどこだって思うのさ」

「ユウキ、よくぞ聞いてくれた」

「う、うん」

 俺の真剣な表情にユウキも真面目な顔をする。

 そんなユウキに俺は言った。

「ここは異世界だ」

「へっ?」

「だからだなユウキ、俺たちは異世界転生しちゃったんだよ」

「?」

「ユウキ、俺たちは異世界にだな――」

「それは聞いたからもういいよ! 異世界???」

 さっきから驚いてばっかりなユウキ。俺の肩を掴んでブンブン揺らしてくる様は大型犬にじゃれつかれるあれに似ていて悪い気はしなかった。

「異世界は異世界だユウキ。ほらアニメとかであるじゃん、異世界に転生しちゃう話がさ。心理学者が喜びそうな夢オチでも無いなら俺たちは今あれと同じ状況に陥っている」

「……、ハルと見たアニメに確かにそう言う話があった、かも」

「案外あれらのアニメも実話に基づいたFNDなのかもな。で、ユウキは納得できた?」

「出来るわけないよ。アニメと同じなんて余計にだよ。でも、前に言ったよね、ハルの言うことなら信じられるって。だから、納得はできないけど信じる」

「そっか、ありがとな」

 本当に大好きだよこの幼馴染み。いつの日か異世界の中心で愛を叫びたい。

「なんでそこで感謝なのか分からないけど……、ええっとハル、一つ聞きたいんだけど良い?」

「? 一つと言わず何個でもいいよ」

「あのさハル、私たちって元の世界に戻れるの?」

 当然の疑問だった。

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