19勝手目 伊東秀喜はストレスが溜まっている(3)

 覚悟は決まっても、皮膚に針を勇気は出ないらしい。


「晴太、何人救って来た」

「……多分、5人以上かな。ごめん、今回は覚えられてない」

「そうか。今までの経験上、救えば救う程傷の治りが早いと思っている。一度体から離れてしまった物に関してはどうかわからんが、沖田の治癒力に賭けるしかない」


 守は祈の手から針を取ると、躊躇いなく耳にぷすりと刺した。


「死なないんだったら、せめてえげつない治癒力くらい携えてるだろ!」


 体と耳が縫合されていく。洋はタオルの中で痛みに踠き、痛みからのがれるように足をバタバタとさせた。

 どうにもならないのに足掻いて、もがく姿が愛おしい。そう感じるのは絶対に異常だ。


 守から祈に縫合者が代わると、祈は悲鳴に耐えられないと言った顔で素早く手を動かす。

 悲鳴の音量も上がる。創り物では見られない生々しい叫び声。


「伊東さん……なんで笑ってるんですか……?」


 近藤は不謹慎だと言いたそうな声色、そして表情だ。まさか楽しいとは言えない。

 

「恐ろしいんですよ」


 そう言うしかないだろう。近藤は変に疑いもせず、僕もそういう時ありますと顔を青くした。


 しかし、恐ろしいと怯えたふりをしつつ縫合が終わるまでの時間、瞬きを忘れてしまう程食い入るように見入った。


 糸で繋がれた耳は有り得ないスピードで顔に馴染み、糸がほろほろ取れていく。


「すごい! くっついた!」

「洋! 耳、聞こえる?」


 バスタオルから顔を出した洋の顔は疲れ切っていた。泣かないようにと噛んだ下唇が赤く腫れ上がって、とろんとした瞼と痛みに耐え抜いた息遣いに色気さえ感じる。


 胸がドキドキしている。唇についた血に欲情させられるんだから、オレはやっぱり異常だ。


 洋は縫合された耳を恐る恐る触った。手で撫でると、先程まで手の中にあった耳が傷ひとつなく嘘のように元に戻る。


「治った……? 治った……治った!」


 耳が治ったと大喜びする洋に3人はホッとした表情を浮かべた。

 顔の傷も大きな物は治癒し、祈が他の傷の手当ても行う。

 白い肌に赤い血があるのがよかったのに。見せないように隠されて行くのが嫌で嫌でたまらない。


「いやぁ、自分の治癒力に拍手だな! 耳が取れたアタシを見て土方、ビビったろ!」

「調子に乗んないの!」


 祈に小突かれると洋は舌を出して大人しくなる。守も本気で心配したんだぞ、と腕を組みながら厳しい顔したが、すぐに洋の笑顔に釣られて笑う。


 人間離れした治癒力。そして死なない体。いくら傷ついて死を纏っても、必ず生きている。


「伊東、アタシ頑張ったぞ! 旅行だ旅行! 明日から行こう! 祈も行こ! いいだろ!」

「禁忌後でよくそんなにはしゃげるねぇ。僕はクタクタだよ……」

「本当よ。こっちの気も知らないで我儘ばっかり言うんだから」


 祈も近藤も言葉は呆れているものの、柔らかく笑う。

 オレは明日はさすがに、と断ると嫌だと駄々を捏ねられた。洋斗とよく似た顔が近づいて来て、頬を膨らませている。

 ワイシャツが血で濡れ、体のラインぴったりに張り付いているのを見て体が熱くなった。


「じゃあいつなら空いてんだ! アタシに伊東の時間を寄越せ! 金だけ出されても嫌だかんな!」


 スーツのジャケットを掴み、体を揺らす。

 金を寄越せと言われた事はあれども、時間を寄越せと言われた事はない。旅行に行きたいからと言う理由であれば、遠回しに金をせびられているのも間違いではない。


 禁忌を犯す前に一緒来いとも言われ、そして今も一緒に過ごす時間をカツアゲされている。


 そして何より、オレに見せたいものを魅せてくれる。この人の禁忌に立ち会えば、人を殺してみたいという欲求は抑えられる気がする。

 実際、今は心が久々にスッとしていて晴れやかだ。


 自分の嗜好を見れたからなのか、それとも言葉に心が揺さぶられたから。


 金だけ出されても嫌、か――。


「守、近藤さん。今までの交通費や禁忌にかかった費用に纏わる領収書やそれを証明出来る物はありますか?」

「えっと、今なくて……多分、家に帰ればありますけど。守は持ってる?」

「一応」


 急になんだって顔してますね。


「祈。これから必要なものがあれば神霊庁の特別経理部に連絡してください。藤堂と原田という職員に申し伝えれば用意が出来るようにします」

「私、神霊庁辞めたのよ?」

「入り直せばいいじゃないですか。ごねられたら私に言ってください。禁忌に山南祈は必要だと伝えますから」


 神霊庁は騒ぎすぎだと思ったけど、かえってそれがいい。この禁忌が自分の欲求も満たせる物だとは思ってもいなかった。


「必要な金、物、人、時間は確保します。守は洋斗達と面識があるようですし、何かあれば連絡を」

「それって、経費で落としてくれるってことか?」


 世の中には金が無くてはどうにも出来ないことがあるが、金があっても得られない物もある。

 多分自分にはそれが欠けている。けれど彼らは金はないけどそれを持っている。


 もしも自分を偽らずに済むなら、または異常を別な何かに変えられるなら。

 非道い嗜好が本当の嗜好であれば諦める。

 

「禁忌は冒すためにある。協力しますよ」


 危険だからこそ踏み入れたくなる。

 あり得ないからこそ見ていたい。

 それを見せてくれるなら、喜んで金を払おうか。

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