8勝手目 禁忌は救うために冒すもの(3)


「すいませんでした……」

「今は詐欺もあってそういうのに敏感なんだから。人を不安にさせる行為なんかしちゃダメだよ」


 電話で指定された警察署へ向かうと、沖田と晴太がパイプ椅子に座り、2人並んで警察官から怒られている。


「でも、あの、僕の職業イタコなんです! だからその、亡くなった方と話したい人いないかなぁって!」

「そういうのは恐山でやんなさい」

「ですよね……本当にすみませんです……」


 晴太だけがペコペコと平謝り。沖田は足を組んで、他人事と言わんばかりのすまし顔。

 不審者扱いされたコイツらの身元引受人になって欲しいとのことで呼ばれたが、呆れてものも言えない。


「お前ら、一体何したんだよ……」

「あ、ご家族の方?」


 中年の警察が俺を見て、やっと来たとため息をついた。


「家族……まあ似たようなもんです」

「この2人ねぇ、仙台市内のお宅にピンポンして

「死んだ人いません?」って聞いて周ったんだよ。不審人物がいるって何件も連絡があってね、こういうの迷惑だから辞めさせてよ?」

「……バカなのか?」

「い、一応イタコとして対応したお家もあったよ?」


 晴太は目を逸らしながら頬を掻いた。多分晴太の提案なのだろう。

 警察は直接訪問は詐欺だと疑われかねないと叱責しながら、俺に2人分の身柄請書への記入とサインを求めた。

 反省していると言いつつ、イタコだからと言い訳を続ける晴太はアホなのかもしれない。

 沖田も大概だが、晴太も多分バカだ。

 

 バカな2人が善良な市民の皆様にご迷惑をかけたことを謝り倒し、今後はこんなことがないようにすると保護者面をしつつ、バカ2人の首根っこを掴み、引きずりながら警察署を出た。

 晴太は半べそをかきながら情けない顔で弓袋を両手で握りしめ、沖田は相変わらず澄ましている。


 話は聞いてやろうと近くにある公園を目指し、到着してすぐに2人を並べて気をつけをさせた。


「お前らはバカなのか?」


 改めて問い掛ける。すると晴太は両手で頭を抱えながら、わーっとストレスを発散するような癇癪を上げた。

 こんな街中の公園で何してくれてんだ。


「だって! 洋ちゃんが人を救わなきゃって言うんだもん、イタコの僕が死んじゃった人の魂を降ろして話すしかないと思ったんだよぉ!」

「それが救いになる、と? 救ったんだな?」

「……遺言が曖昧だって遺産相続の話に巻き込まれたり、男女関係で揉めたり、亡くなった後にバレた趣味のせいで喧嘩になったりした所があったよ……」

「最悪だ……」

 

 晴太は都合が悪いとダラダラ冷や汗をかきながら、弓袋をがっしり掴んで斜め下に視線を逸らした。


「で、でも! 守に迷惑かげたのは、かになだなって思ってらす、もうやねって約束すます!」


「土方、蟹だって」と沖田は無表情のまま両手で蟹の真似をする。


「迷惑かけてごめんね! って言ったんだよぉ!」


 思わず故郷の言葉が出てしまう晴太の誠実さに免じて今回のことは許してやろう。

 沖田はそもそも「謝る」事を知らないのでスルーでいい。今は責めても仕方ない。


 晴太はイタコとして憑依させる能力が抜群に高いと義理子から聞いていた。

 その世界で最後の後継者として生きて来て、それが生活の一部として当たり前なのは理解できるが、一般的には浸透していない事を教えてやらねばならない。


 沖田といい晴太といい、世間の諸々と少し、いや、かなりズレている。

 そのズレがこの非日常にはかえっていいのかもしれない。


「今回のことは許す。沖田、晴太の口寄せで救えた実感はあるか?」

「ない。アタシは別に何もしてないし」

「そうか」


 やはり表情ひとつ変えない。パーカーのマフポケットに両手を入れ、反抗期を迎えた中学生が親との買い物が面倒くさそうに道端に転がる石を爪先で転がしていた。


 晴太が頑張ったところで沖田に影響はない。やはり沖田自身が何かしないとダメなのだろうか。

 それとも、アクションを起こしても特段変化はなく、救ったか救えないかわからない状態のままいれば良いのか。

 これに関して、神や先祖は答えを教えてはくれない。


「一個、試したい事がある」


 俺は2人に詳細を教えず、仙台駅前の商業ビルの中にある家具量販店へと連れ出した。

 平日ともあって然程混雑はしておらず、180センチサイズ、スタンド付きの姿見を2個と、拳一個分程のアロマキャンドルを1つ購入した。

 沖田には弓を持たせ、晴太と2人で一枚ずつ持つ。仙台駅前のペデストリアンデッキを歩く無数の人に気を遣いながら進む。


「何使うのさ。鏡なんて」

「土方が自分の全身眺めるんじゃない?」

「んなわけあるか!」


 普段ならバスプールから市営バスに乗って帰るのだが、デカい鏡を持って乗車したらどうなるか。

 歩いているだけで迷惑そうな顔をされるのに、自ら進んで冷ややかな視線を浴びようと思わない。自宅までは歩いて約2時間かかる距離だが、ここは徒歩を選択せざる得ない。

 仙台駅を後ろに北へと歩いていると、バスに乗らないのかと沖田は聞いて来た。

 答えれば弓を投げ捨てて1人だけバスで帰られてしまう可能性があるので、俺は聞こえないフリをする。

 

「歩いて帰るんだろう? それはわかったからさぁ、この鏡の使い道、教えてよ」


 晴太は息をはかはかと吐きながら、休憩しようよと付け加える。

 それもそうかと立ち止まり、近くの建物の壁に鏡を縦置いて息を整えた。晴太が壁に項垂れるようにして崩れ、疲れたと膝をついた。

 沖田は弓袋をを背負いながら近くの自販機で買い物をしている。

 自分の財布から小銭を出しているのがショックなのは、何故だろうか。


「買えってせがむかと思ったが……疲れてないのか」

「土方の大学に遊びに行ってた時、ここ歩いてたから」


 沖田は自販機で購入したレモンソーダのプルタブを開けながら答えた。


 家から大学までは酷く急な坂道も入れて2時間半以上かかる距離がある。

 それを毎日歩いて来ていたとは知らなかった。帰りは俺が金を出すからバスに乗っていたが、ニートで金がないから徒歩で通っていたのだろう。


 唐揚げ定食のためといえど、けなげな沖田に思わず可愛いところあるんだな、と思ってしまった。

 いや気のせいだ。寝不足で頭がおかしくなっているだけ。今まで奢った総額を計算してみろ。全然可愛くない。


 

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