8勝手目 禁忌は救うために冒すもの(2)

 呪いは病気ではない。薬や治療じゃ治らない。解き方だって解らない。

 しかし先人が残した文献や書物に頼り、それを試すしか他ない。


 この2週間、大学の本や義理子の持つ本を昼夜問わず、手当たり次第に読み漁った。

 大学にもまだ手付かずの本は数冊ある。その中に縋れるものがあれば試す。


 例え、自分が呪われても――。


「すまない、今日は帰る」


 居ても立っても居られず、質問して来ていた女子生徒の声を遮って椅子を立った。使い慣れたボディバックを肩にかけ、コーヒーカップの乗ったトレーを持とうとした。


「今日も帰るの? 午後の講義は?」と星。

「休む。急ぐんだ」

「ねぇ! 合コンの返事は!?」


 女子生徒が食い気味に吠え、トレーを触る俺の右腕を掴むと、星はそれを叩くようにして振り払った。

 カップとソーサーが駒のようにぶつかり合い、トレーの上で転がる。

 それも気に留めず、いつもの穏やかな星のまま。

 あまりに衝撃で、女子生徒も言葉が出てこないと星の横顔を見つめたままだった。


「食器は片付けておくよ。沖田ちゃんでしょ?」

「ああ。悪いな、ありがとう」


 星の好意に甘え、食堂を足早に後にした。星には沖田の呪いのことは話していないが、沖田の親が行方不明である事は伝えてある。

 プラス、沖田は怪我をしている認識のままで、その世話をする為に帰宅するのだと信じているのだろう。


 星は沖田の事を下心なしで理解してくれるので仲良くなった。

 日中は晴太と沖田が一緒に居ると伝えた時は「保育園に子供を預けるお父さんみたいだね」と言われたっけ。


 その足ですぐに学校内にある図書館へ向かい、本棚につくや否や神道・仏教・都市伝説や日本神話、そして呪いにまつわる本を手に取っていく。

 あれじゃない、これじゃないとページを捲る手は止まらない。

 人の少ない昼時の図書閲覧席には、紙が捲れる音が響いていた。


 数冊読み終え、特に期待のしていない都市伝説の本で「過去へ戻る方法」と書いてあるページが目に止まる。

 

 【姿見2枚を北と南に合わせ鏡になるように置き、南側へ蝋燭を灯す。樹齢数百年の葉に自身の血で戻りたい日にちを書き、蝋燭で燃やす。過去へ戻りたいと願えば、鏡は答える】


 文章を人差し指でなぞる。イメージ図はない。

 だからこそ試す価値がある。今ならまじないだって信じてやれる。


 過去に戻れたら、沖田は救われるのか?

 のろいのかかっていない頃に戻れるなら、その方がいいに決まっている。


 上手く行くはずがないとわかっている。でも試さずにはいられない。俺はずっと、現実と非現実の間で揺れっぱなしなんだ。

 持ち出した本を全て棚に戻し、その一冊を借りた。

 するとたまたま居合わせた顔見知りの学生が「副長ってそんな本読むんだ」と声をかけて来た。

 物珍しそうな顔をしていたが、まじない全集なんて本を持ってればそんな顔もされる。


 実行は早い方がいい。図書館を後にし、早速鏡を用意してもらうために晴太へ連絡を入れようとすると、携帯には見知らぬ番号から電話がかかってきていた。


 ウェブで電話番号を調べると、思わず体が強張った。最近の非日常よりも確かで、誰しもが何故? と心当たりがあろうがなかろうが、肝を冷やす場所からの連絡。


「なんで警察から電話が……」


 警察から電話、というだけで人の心はザワザワとするものだ。

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