8勝手目 禁忌は救うために冒すもの(1)

 沖田の神霊庁への入庁が決定し、彼女は晴れて就職を果たした。

 飲食店やコンビニのアルバイトが1日も続かなかった沖田が就職するのは、天地がひっくり返るような出来事だが、すでに諸々ひっくり返っている。

 

 今まで通りではいられない。沖田が1番わかっているはずだ。

 人と向き合う事が苦手な沖田が人を救う――ましてや目に見えない"死者"を救えというのだから無理難題。

 こればっかりはどんな天才や善人でも、気持ちだけではどうすることもできない。


 不可能とも言える難題を解決するべく、日中に沖田は晴太と共に行動し、呪いと向き合う方法を模索しているという。

 真面目に働かなければ金庫番の伊東から、「お支払いですね?」とウィンク付きで請求書を見せつけられるらしい。

 沖田は黙って働く他ないのだ。


 俺といえば、地震から2週間後に大学が再開した。

 沖田が学食に現れないのを望んでいたはずの昼時。

 いざ静かに昼食を取ると、旨みがないというか、とにかく味気なく感じるようになってしまった。

 八十禍津日神の顔を見てしまった後遺症かと疑ったが、あの人がそんな小さい嫌がらせをするとは考えにくい。

 

 ブラックコーヒーだけをちまちまと飲み、他の学生達の楽しそうな談笑をBGMにして図書館で借りた本のページを捲る。


「副長は今日もコーヒーだけ?」

「お疲れ、土方くん。一緒にご飯いい?」

「あ、あぁ」


 星が遅れて席につく。最近は星と一緒に数人の女子学生達が着いて来るようになった。

 女子生徒のトレーには大抵サラダか小盛りのパスタが乗っていて、それをちまちま食べながら会話を優先する。

 何を話されても名前と顔が一致しているくらいの相手なので、相槌しか打てない。

 彼女が動く度、ムスクの香りが鼻をつまみたくなった。


 あげく、話の内容はこうだ。

 沖田とは別れたのだとか、沖田はワガママ過ぎるとかそんな話ばかり。

 沖田の事を何も知らない、話したこともないくせによくベラベラも悪く言えるもんだ。

 言われる原因があるとしても、コイツは言っていい人間じゃない。

 不愉快で面白くもない会話に付き合わされるのが面倒で、本に目を落とした。


「本当にあの女の子の事を好きじゃないの?」 

「アイツとはそんな関係じゃないし、好意を持った事もない」

「なら好きなタイプは?」


 身を乗り出し、コップの中身を揺らしてまで聞きたいことだろうか。

 

「別にない」

「じゃあ好きな人がタイプな感じか! ねぇねぇ、合コンとかしない? 土方くん狙ってる子って沢山いるんだよ! ほら土方くんイケメンじゃん? お爺さんがドイツ人なんでしょ? 目もミステリアスな青い目が綺麗でさぁ、まつ毛長いよね! おまけに身長高いし頭もいいし、クールで頼り甲斐ありそうだし……将来は翻訳家になるんでしょ? 超高スペック! めっちゃモテると思うよ!」

「副長はなんでもこなせるし、確かに人気かもね」


 星の一言に、女子がと期待した顔で笑う。携帯を取り出し、スケジュールを確認する姿は哀れに見えた。

 誰かを見定める為に時間を費やすのか、と。


 それに、容姿を褒められても嬉しいと思わなかった。

 色素が薄いがために強い日差しが苦手で、夏場はサングラスがなければ外すら歩けない。白を反射させる日差しが目を眩ませるのだ。


 翻訳家だって、自分の意思でなりたいわけではない。

 沖田から「マルチリンガルってすごいのが世の中にはいるんだって。日本語とドイツ語話せるんだから、土方もなれば? リーチじゃん」と言われたのが始まりだ。何がリーチだ。それはトリリンガルだ。

 幼少の俺は特に夢も無かったため、ならそれでいいやと深く考えもせず決めた。要は流されたのだ。


 現在まで日本語とドイツ語の他に5ヶ国語を習得したが、その言語を選んだ理由も沖田だった。

 

 英語はわからないのはおかしいから覚えろ。

 イタリア語は料理が美味そうだから覚えろ。

 フランス語は美しいらしいから覚えろ。

 中国語は割り込みされた時言い返す為に覚えろ。

 スペイン語は色んなところで使えるから覚えろ。


 思い出せば晴太がイタコになった動機と変わらない。

 もしかして、自覚してなかっただけで沖田の一言に影響されているのか?

 今の今までアイツのいない生活をした事がない。

 ほぼ家族同然の認識だったが、周囲から見ればそうではないのだ。

 

 沖田に振り回されて来たと思って生きて来たが、アイツに人生を示されていたっていうのか。

 急に恥ずかしくなって、ページを捲る手から手汗が滲み出て来た。


 京都で無理矢理買わされた浅葱色のハンドタオルで手を拭きながら、アイツがいなかったらどんな人生を送っていたのかを考えた。

 どれだけ考えても、沖田が俺の名前を呼ぶ姿が頭に浮かぶ。

 コーヒーを飲み干しても、イフの想像は出来なかった。

 

 いや、沖田の事を考えるのは無理もないんだ。地震後からの非現実的な毎日、難解な出来事の繰り返し。

 八幡様での事は思い出すだけでカロリーが高く、胃もたれを起こす。


 が、沖田が1番そう思っている事だろう。


 沖田は呪われてから騒がなくなった。

 唐揚げをはじめ、何を奢れと言うこともない。

 ペン回しやルービックキューブを触りながら、壁や天井などを見つめ、冷めた表情をしている。

 今までは気に入らなければ大声を出して主張したり、感情を剥き出しにしていたが、そんなことはなくなった。


 これが"感情の欠落"の呪いだろうか。感情を持たないのに人を救えなど、矛盾でしかない。

 神と先祖の喧嘩に理不尽に巻き込まれている可哀想な子孫なのに、あまりにも呪いが多過ぎる。


 しかし今この時も、晴太と死者を救う方法を探しているに違いない。

 先祖に責められないように、夜ぐっすり眠れるように、大きな地震を起こさないように――


 俺も呪いを解く方法や死者の救い方を調べてはいるが、有力な情報はない。塩水、お祓い、お札などは試した。

 塩水はしょっぱいと唾を吐いて終わり。

 お祓いやお札は八幡宮内にて晴太に施してもらったが、沖田は首を傾げただけ。

 義理子も「私達がやって来た事が意味のないことと言われているようです」と、貧血を起こしたように体をふらつかせていた。

 それぞれが効果をなさないのは、先祖と八十禍津日神の呪いが強すぎるからだと信じたい。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る