7勝手目 幸災楽禍洋は6つの呪いを受けている(1)

 震災から3日後。


 昨日、丸一日眠っていた沖田の額から傷が無くなったことを受け、沖田には東京にある神霊本庁からお呼びがかかった。


「なんでアタシが東京まで行かなきゃいけないの? 用事がある方が来いっつうの!」


 と、まあこんな調子で自己中なのは相変わらずだった。晴太が上を説得した結果、神霊庁の数名が仙台へ出向いてくれることになった。

 呪いを受けた沖田の我儘は見知らぬお偉いさんをも動かす強固なものとなった。恐ろしい。

 

 八幡様こと大崎八幡宮は修繕の目処が立たないため、集合場所は人の少ない仙台城跡地を指定された。


 かの有名な政宗像が俺たちの話に聞き耳を立てる様に鎮座する。

 本丸大広間跡と呼ばれる、礎石がポコポコと決められて置かれた城跡地が会場となった。


 北に沖田を真ん中に俺と晴太、南に義理子や八幡宮にいた複数の職員がずらりと横一列に並ぶ。

 神霊庁の職員らは皆スーツやモーニングを着用し、義理子だけが高貴な紫と金が眩しい着物姿で参列していた。私服なのは俺と沖田のみ。

 他の誰もいない観光名所は、一瞬にして神妙な空気に包まれた。


 晴天のもと、神霊庁職員の数名が名前と役職を名乗った。事務総長、要所の宮司・住職、権禰宜ごんねぎ……人数は10人に満たないが、役職を聞くごとに重圧を感じる。

 サラリーマンの役職とは違う、神や仏に近い人達と対峙するような神々しさ。

 神霊庁へ入庁して5年が経つ晴太は、錚々たるメンバーだよと耳打ちしてきた。


「そして、今から来る1名が……」

「あーもう別に名乗らなくていいよ。覚える気もないし、興味ないから。全員覚えてない」


 沖田の言葉に場が凍りつく。東京からわざわざ重役を呼びつけておきながら、この仕打ち。

 自己中なのは今に始まったことじゃないが、ここまで言うか?

 神霊庁の職員も皆、あんぐりと口を開けて固まっている。沖田の態度の悪さに呆気を取られているのだ。

 きっと、こんな奴のために仙台へ来たこともバカバカしく感じるだろう。


「何しに来たか、アタシにどうしてほしいかだけ言って。気が向けば乗る」


 沖田は苛立った口調でそう言う。そして八幡宮の宮司・義理子が「私が」と言って沖田の前に立った。


「顔を掴むのやめてよね」


 沖田は先日の一件を根に持っていて、2歩後ろに下がる。義理子は気まずそうにしたものの、鼻で大きく息を吸った。


「洋さんに選んでいただきたいことがございます。1つ目、神霊庁が身柄を保護させていただくこと。これは貴女が神からの呪いを受けているため、神聖な信仰対象として保護することを目的としております」

「はいはい。綺麗に言ってるけど、要は拘束ね」


 義理子を含め、神霊庁職員は俯いた。図星だ。

 呪われていて危険だから匿う。日本の伝説でも厄介なものは神社仏閣に封印されがちだ。沖田もその対象と言われれば納得がいく。


「2つ目、本と八十禍津日神の仰るところ、洋さんのご先祖は人を救うことに注力していたようです。神霊庁の管轄する神社仏閣では、日本全国で祈りや救いを求める人々が後を絶ちません。なので神事などを学んでいただき、祈祷を――」

「やだね。なんで神霊庁に縛られるのが前提なわけ? アタシがどう生きてくかなんて、アタシの勝手じゃん」

「洋ちゃん……」


 口調は猛々しいが、沖田は感情を剥き出しにしていない。感情のコントロールをしているのだろう。 

 今まで通りの沖田なら、喚いたり怒ったり、ワガママ放題だった。


「何もわかってないアンタらにアタシの呪いを教えてあげる。神にだけ呪われてると思ってるから、そんなこと言えんのよ」


 何をドヤっているのかはわからんが、両手を義理子に見せるようにして手のひらを広げる。


「邪神からの呪いは3つ! 死なない、感情の欠落、変な名前! 先祖からは死者を救え! アタシが泣いたら災害が起きる!けど他人のために泣けば救いになる!」

 

 沖田の右手の指が5本折られている。


 「先祖からの呪いは、アイツが神や仏の救いを信じてないからかけられたもの。じゃあ救わないって言えばどうなるか? それが6つ目! 夢でうなされて、眠らんない! 全部で6つ! わかった!?」


 昨日うなされていたのは先祖からの呪いを受けていたからなのか。水の中でもがき苦しむような唸り声、そして水面を目指すように手を伸ばしていた。

 手を握ったら唸りはやんだが、ひどく汗をかいていたのはそのせいだった。


 義理子たちも、沖田から明かされた呪いの多さに圧倒されている。

 1つでも大変なのに、6つもとなると神霊庁でも話が変わるかもしれない。

 

神霊庁あんたらといたら地震を起こしまくりそうだし、アタシは放っておいて。はい、話は終わり。遠路はるばるご苦労様でした」

「話はまだ終わっていませんよ!」


 義理子が呼び止めても、沖田は話すことがないと背を向け、この場を去ろうとした。


「洋ちゃん! 話くらい聞かないと」


 晴太も声をかけるが、一応首だけは振り向いた。沖田はベェと舌を出す。

 

「やだね! アタシは帰る! いだっ」


 前向いて歩かない沖田は何かにぶつかり、尻餅をついた。

 ブロンズの髪色、マッシュヘアにパーマをかけた会社員らしい男が沖田を見下ろす様に立ちはだかっていた。


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